僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

“最強台風“ に恐怖の大阪

2018年09月05日 | 日常のいろいろなこと

一昨日の9月3日から、テレビでは、四国や近畿へ「今世紀最強」の台風21号が上陸という大げさとも思える天気予報が流れていました。だいたい大阪は、四国・和歌山・奈良などよりも大きな台風や大雨の被害があまりない。そんなこともあって、僕らも「大したことはないやろ」と、どこか高を括っていたようです。でもその反面、今回はテレビなどであまりにしつこく「避難の準備を早いうちに」などと言い続けていたので、ホンマにすごいのかな? という不安な気持も少しはありました。

その日の夜には、モミィの学校からメールで「台風21号のため明日4日は休校とします」という通知が来ました。

そして9月4日を迎えたわけですが

朝は穏やかな天候でしたが、テレビで「大阪では午前11時から午後5時まで、十分な注意が必要です」と言っていたとおり、11時になった頃に雨が降り始め、11時半前後からそろそろ風も出てきて、1時を過ぎると本格的な台風の荒れ模様になってきました。

そして、午後1時半頃から2時半頃までの約1時間。

それはもう、恐ろしかったです!

ものすごい嵐。雨交じりの強風。そして何もかも吹き飛ばしそうな突風。何と表現すればいいのか。風の音ってこんな天地がひっくり返るような轟音だったのかって。

正直な話、生まれてから一度も聞いたこともないし、想像したこともない。

グァー ゴー バリバリー ビョーン ガガガガガー!

繰り返します。こんな恐ろしい風の音を聞いたのは、生まれて初めてです。家全体も、突風の瞬間にはグラグラっと揺れました。僕と妻は、顔を見合わせながら、あまりの恐怖に息を飲み、言葉も交わせませんでした。

別の部屋に行き、そっと窓を開けて外を見てみると、向かいの家の植木鉢やごみ箱や物干しざおが転がったり吹き飛ばされたりしている。あぁ、うちは昨日のうちにベランダの物干しざおを家の中に入れておいてよかったわ~

見ていると、ちょっと遠くの家のベランダの屋根のトタン板やプラスチック板が大きく揺れ、今にも剥がれて飛んで行きそうな勢いである。あぁ、こわ!

僕たち3人は一カ所にかたまって時を過ごした。しかしモミィはマンガを夢中になって読んでおり、台風には無関心な様子。ま、子供って、こんなもんでしょうかね~。

3時頃になって、やっと少し収まり「普通の台風の音」に変わってきました。それまでは全く普通じゃなく、生まれてから今まで聞いたことがなかったような滅茶苦茶な暴風雨でしたからね~

あぁ、やれやれ。

日が暮れかけた頃は、雨も止み、風も収まりました。お陰さまで、わが家は特に被害というようなものはありませんでした。

モミィの学校からは昨日の夕方にまたメールが来て、「今回の台風の影響で、学内整備の必要が出ました。明日(9月5日)は、休校とします。学校へは登校しないようにしてください」という内容でした。そんなことで、モミィにとっては思わぬ2連休でした。

今回の台風は大阪市内を中心に甚大な被害が出ましたね。こんなことって、昭和36年の第二室戸台風以来だということでした。あのとき僕は小学生で、父母にすがりついて、近所の人たちとどこかの建物に避難したような記憶があります。

さて、今回一番大きく報じられているのが関西空港ですね。滑走路が高潮で冠水したうえ、タンカーが空港への連絡橋に衝突して橋の一部が壊れ、今は開港以来初めての閉鎖状態になっており、復旧の見通しはたっていない、とのことです。

この関西空港は1994年(平成6年)の9月に開港しました。開港の数日後に僕たちは家族旅行で関空から北京へ向けて飛び立ったので、開港時のことはよく覚えています。その開港日が9月4日でした。で、昨日の災害も9月4日。偶然ですが24年前に開港したのとまったく同じ日に、こんな悲惨な事態が起きてしまったんですよね。

6月には大阪が震源地の大きな地震が起きてビックリ仰天しましたが、今回はまた「最強台風」が大阪を直撃しました。今年はどうも大阪にとっては厄災の年のようです。

う~ん。それにしても、昨日の台風は、本当に怖かったですね。

 

 

 

 

コメント (4)
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