電網郊外散歩道

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杉森久英『天皇の料理番』を読む~新聞報道をきっかけに

2015年04月23日 06時01分03秒 | -ノンフィクション
過日、新聞で興味深い記事を眼にしました。2015/03/17付けの山形新聞の記事です。

宮中の献立1200枚公開、「天皇の料理番」秋山徳蔵が収集

記事によれば、日本の近代化の中では様々な変化があったことと思いますが、その一つ、宮中の料理のメニューの変遷を裏付ける基礎データとなる資料が、元「天皇の料理番」の手によって収集整理されていたものを、このたび公開の運びとなった、ということです。

そういえば、『天皇の料理番』というのは、たしか同名の本が刊行されていたのではなかったか。興味を持って、図書館から借りてきました。昭和54年、読売新聞社から刊行された単行本です。本書は、次のような構成になっています。

  1. 胸に燃える火
  2. 天まであがれ
  3. 負けじ魂
  4. フランス熱
  5. 堪忍袋
  6. 新ジャガ
  7. セーヌ川のほとり
  8. 雲の上
  9. 戦争のあとさき

第1章:「胸に燃える火」。福井県の旧家・高浜家の次男の篤蔵は、はじめは坊さんになりたいと小僧として禅寺に入りますが、歴代住職の墓を倒すなどのイタズラで寺を追い出されます。次男なので料理屋の養子になり、得意先の鯖江の連隊の田辺軍曹にカツレツを食べさせてもらい、西洋料理に憧れます。軍曹に基礎だけはひととおり習うものの、養家の借金問題を契機に、妻を置いて一人で東京に出奔します。
第2章:「天まであがれ」。長男で優秀な兄は、学問好きで東京の法律学校に遊学中でした。兄の紹介で、フランス帰りの桐塚弁護士から華族会館に推薦してもらいます。
第3章:「負けじ魂」。華族会館での新米修行は、同時に料理人の世界における人間関係というか力関係というものに対する洞察を養う期間でもあったのでしょうか。寺の小僧時代の経験が役立った面もあるようです。
第4章:「フランス熱」。西洋料理を勉強したい熱がこうじて、フランス語の勉強を始め、その上に仮病を使って休みを取り、英国公使館にもぐりで出入りするようになります。
第5章:「堪忍袋」。そんな事情を知られてしまい、直属の上司にことあるごとにいびられるハメになります。しかし、逆に喧嘩でこてんぱんにやっつけてしまい、華族会館を飛び出します。
第6章:市井の食堂で働いた後に、上野の精養軒で働けることになります。ここでは、フランス帰りのグラン・シェフ西尾のノートをこっそり盗み写すなど、フランス熱は高まるばかりです。
第7章:「セーヌ川のほとり」。徴兵検査の後、父親に頼み込み、フランスに料理修行に行けることになります。このあたり、次男坊とはいえ、さすがは旧家・資産家の息子です。パリに到着し、ホテル・マジェスティックに住み込みの下働きの見習いとして入ります。小遣銭ほどの給料で懸命に働き、やがてキャフェ・ド・パリという高級レストランに移って、給料もぐんと上がります。別れた奥さんに似たフランソワーズという娼婦と仲良くなった頃、パリの日本大使館参事官の安達峰一郎(*1)から手紙が届き、宮内省に推薦しているとのこと。
第8章:「雲の上」。帰国してロシア大使館のシェフをしている秋沢重次の娘・敏子と結婚し、エスコフィエの『料理全書』の翻訳を出版するうちに、宮内省の厨司に任命されます。要するに、篤蔵は「天皇の料理番」になったわけです。
第一次大戦が終わって、昭和天皇がまだ皇太子の時代に、ヨーロッパ親善旅行に出かけます。このときは、秋沢となった篤蔵も随行し、英国での歓迎のメニューや厨房の様子などを見学、克明に記録を取ります。バッキンガム宮殿に保存された80年分の正宴のメニュー集を借り出して写せたことは、実に幸いでした。答礼の宴では、篤蔵が腕をふるい、客たちは感心します。昭和天皇の即位~戦争前の時代が、篤蔵の最も脂の乗った時代でしょう。
第9章:「戦争のあとさき」。妻の敏子を亡くし、終戦によって進駐軍に気を使うこととなり、乏しい材料でやりくりしなければならない現実の中で、篤蔵は知恵をしぼります。それなのに、晩年、何十年も献身した現場の人間が皇室の行事には招かれず、少し前に就任したばかりのナントカいう課長や部長が招かれる。このあたりは、日本の官僚制の典型的な姿でしょう。篤蔵の最期は、いかにも気骨ある職人のものです。



新聞では、「秋山徳蔵」となっていましたが、本書は実在の人物をモデルにした小説ということで、「秋沢篤蔵」という名前にしたのだそうです。たいへんおもしろい作品です。
なお、備忘のために関連情報をいくつかリストアップしておきましょう。

  1. 2015年4月26日から、TBS系「日曜劇場」でドラマ化・放送されるそうです。佐藤健主演、初回は21:00~22:48のスペシャル版。
  2. 本書は、集英社文庫から2015年3月20日に上下2巻で発刊されているそうです。


(*1):安達峰一郎:現在の山形県山辺町出身の外交官・国際法学者で、国際司法裁判所の判事・所長をつとめた人です。小村寿太郎の下でポーツマス講和条約の草案を作ったことでも知られています。1897年にフランス大使館に勤務していますが、このエピソードは1908(明治41)年にフランス大使館参事官となっていたときのものらしい。「天皇の料理番」の推薦者が山形県出身者であったことに驚きます。
(*2):安達峰一郎~Wikipediaの解説
(*3):世界の良心・安達峰一郎~生家・記念館のWEBサイト


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