電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

審良静男・黒崎知博『新しい免疫入門』を読む

2021年07月10日 06時01分41秒 | -ノンフィクション
新型コロナウィルス禍への決め手となる mRNA ワクチンの接種を受けて、自分の体内でどのような免疫反応が起こっているのだろうと興味を持ち、手頃な一般向け入門書を探しました。図書館で見つけたのが講談社ブルーバックス中の一冊、審良静男・黒崎知博著『新しい免疫入門〜自然免疫から自然炎症まで』です。少し読んでみたところ、これは決して「易しい」入門書ではないと感じて、まずはNHK高校講座「生物基礎」のビデオ映像で、高校レベルの基礎知識を得て、こんどはなんとか理解できるようになりました。やはり、はじめに全体像をイメージできるということが大きいようです。

本書の構成は、次のようになっています。

プロローグ
1章 自然免疫の初期対応
2章 獲得免疫の始動
3章 B細胞による抗体産生
4章 キラーT細胞による感染細胞の破壊
5章 三つの免疫ストーリー
6章 遺伝子再構成と自己反応細胞の除去
7章 免疫反応の制御
8章 免疫記憶
9章 腸管免疫
10章 自然炎症
11章 がんと自己免疫疾患

内容のレベルとしては、高校「生物基礎」レベルをはるかに越えているのは当然としても、どうやら学部学生以上、生物学の素養のある読者を想定し、読者が免疫システムの全容を動的に把握しやすくするために、ぎゅっと圧縮して記述したような印象を受けました。文章はわかりやすく明快ですが、語られている内容は元理系爺さんにもかなりハードです。

以下、個人的に印象に残った点を書き留めておきましょう。

第1章:病原体(異物)が侵入すると、マクロファージなどの食細胞がこれを食べ、警報物質サイトカインを放出します。このとき、何でもかんでも無差別に食べるのではなく、TLR というセンサーで病原体を感知しているらしい。TLR も何種類かあって、ウィルスの2本鎖RNAは TLR3 が、1本鎖RNAは TLR7 が認識するそうです。

第2章:マクロファージ以外にも、リンパ節には樹状細胞という食細胞があり、これが病原体を食べると、抗原となるタンパク質断片のペプチドを細胞表面に掲げます(抗原提示)。警察で言えば、手配書でしょうか。この抗原提示した樹状細胞がリンパ節でナイーブT細胞に結合し、ヘルパーT細胞またはキラーT細胞として抗原提示が伝わります。手配書が警官から県警の刑事に渡るようなものか。

第3章:ヘルパーT細胞は、増殖して食細胞をさらに活性化すると共に、別途、病原体を食べて抗原提示しているB細胞と結合してこれを活性化させます。このときT細胞がもっている抗原提示(手配書)とB細胞がもっている抗原提示(手配書)とは、同じ病原体でもどうやら違うところを見ているようで、「敵」を見誤らないようになっているようです。そしてB細胞はさらに増殖して数を増やし、抗体産生細胞となって、病原体に対する抗体を放出する、というしくみです。

第4章:いっぽうキラーT細胞は、食細胞が手を出せない、感染してしまった細胞を殺しますので、こういう物騒な名前がついているらしい。なぜ病原体を殺すのではなく感染細胞をまるごと殺してしまうのか。それは、要するに病原体の増殖を止めるには、取り付いている感染細胞ごと消してしまったほうが良い、ということなのでしょう。まるごと禍根を立つ、というわけです。

第5章以降では、T細胞、B細胞ともに、免疫記憶細胞として少数がリンパ節に落ち着き、次に同じ「敵」がやってきたときには、すぐにハイレベルの出動ができるように準備される免疫記憶が印象的。また、免疫寛容や胸腺における「負の選択」、免疫反応の制御などの詳細は、実にうまくできていることに驚くものの、当面の新型コロナウィルス禍やmRNAワクチン接種と免疫反応などの関心からは少し焦点がずれますので、さらりと読みました。本当は、痛風など自己免疫疾患やがんの免疫による治療などは興味深いテーマではありますが。

いずれにしろ、「免疫力を高めればコロナも撃退!」みたいな言い方がかなり不正確というか、誤解を誘導する表現だと感じられます。怪しげな健康法や反ワクチン論が一定の影響力をもってしまうのは、国民のかなりの部分が、今まで免疫に関してきちんと習ったことがないということに素地があるのかもしれません。それは、大部分の政治家も役人も経営者もマスコミも同じことでしょう。願わくは、今の高校生など若い人たちが良識をもって社会の中心となる時代には、今よりも真っ当な政策が展開されていますように。



本書はレベルが高いけれども免疫に関する入門として良い本であると感じますので、図書館に返却後も自分の手元におきたいと考え、行きつけの書店に注文しました。12日(月)に入荷するそうです。


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3 コメント

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Unknown (さちこ)
2021-07-10 19:41:49
こんばんは。

>高校レベルの基礎知識を得て、こんどはなんとか理解できるようになりました
ふむふむ、なるほど。わかるわ~。

先日、書店で手にとってみました。ええっと・・・みたいな感じだった。(同じ並びの他の書籍にも目がいきますがそれはおいといて)
ご提示の高校講座、25回のみ見た。これはいい。
時間のある時に続けて見よう・・・とか思っていると満足して終わりかも(おいおい)。
ちなみに私は、高校の時に生物を選択しなかっため、大学に入ってちんぷんかんぷん。焦って高校の参考書を買いました。こんなにも書いてあるやん、って感じで問題解決。

脱線ですが、「はたらく細胞」というアニメをご存知ですか。細胞を擬人化したアニメでまあまあ面白いかも、ちょっと見ただけですか。
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さちこ さん、 (narkejp)
2021-07-10 20:34:18
コメントありがとうございます。NHKの高校講座「生物基礎」は、良かったですね。ほんとに免疫理解の基礎を教えてもらって、助かりました。第25回、良かったでしょ。
>ちなみに私は、高校の時に生物を選択しなかっため、大学に入ってちんぷんかんぷん。
今は、医歯薬系でも生物なしの物理化学で受験できるのですね。私の時代は、物価生地ぜんぶ必須だったので、否応無しでした。良いのか悪いのか、微妙ですね(^o^;)>poripori
免疫のメカニズムは、自分の細胞を攻撃しない厳重なチェックの仕組みがスゴイです。
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あらら、 (narkejp)
2021-07-12 15:53:19
誤変換。
×物価生地
◯物化生地
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