電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

マーク・トウェイン『アーサー王宮廷のヤンキー』を読む(1)

2010年08月01日 06時08分02秒 | -外国文学
タイムスリップものの嚆矢といえば、マーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』だと思いますが、龍口直太朗訳の創元推理文庫がしばらく品切れか絶版かになり、入手が困難でありました。ところが、このほど大久保博訳の角川文庫が再発売され、当方の書棚にはあわせて2冊になっておりました(*)。版が新しい分だけ図版も鮮明で、文字ポイントが少々小さめの点を除けば、申し分ない出来栄えです。

物語の始まりは異色です。第1章に入る前に「ちょっとばかり解説を」というのがあり、この中で英国の古いウォリック城で奇妙な男と出会ったこと、この男から再生羊皮紙に書かれた古い本を借りて読み始めたことが示され、不思議な物語の世界に入っていく、という仕掛けです。

米国コネチカット州ハートフォードで、2000人からの機械工を束ねる現場監督の親玉だった主人公のヤンキーが、仲間うちの喧嘩で頭を強打され、19世紀のアメリカから6世紀の英国、アーサー王宮廷の時代にぶっ飛ばされてしまいます。これが、元祖タイムスリップ小説というわけです。幸い、ネタをバラしたからといって、マーク・トウェインが文句を付けてくる心配はありませんので、たっぷりネタばらしをしながら、しばらく楽しむことといたしましょう。

第1章「キャメロット」、第2章「アーサー王の宮廷」、第3章「円卓の騎士たち」、第4章「ひょうきん者のサ・ディナダン」。要するに主人公のヤンキーが、たまたま出会った騎士サー・ケイの所有物にされてアーサー王の宮廷に入り込み、小姓のクラレンスと知り合います。円卓で話される内容のくだらなさは、嫌われ者の魔法使いマーリンの大嘘で眠気も最高潮。マーリンめ、なんと19世紀の洋服を魔法の服だといってヤンキー君の衣服を引き剥がし、土牢にぶちこんでしまいます。当然のことながら、ヤンキー君、おのれ、マーリンめ!とむっとしたことでしょう(^o^)/

第5章「インスピレーション」、第6章「日蝕」、第7章「マーリンの塔」、第8章「ザ・ボス」、第9章「トーナメント」、第10章「文明のはじまり」。小姓のクラレンスの言によれば、ヤンキー君、明日火あぶりの刑に処せられることになっているとのこと。それを避けるために急遽考え出した大ボラが、実は自分も魔法使いで、この国に大きな禍をもたらすだろう。その禍とは、太陽を消してしまうというものです。太陽を消してしまえるほどの魔法使いが、なぜ騎士に捕われ裸にされて土牢に入れられてしまっているのか、大変に疑問なのですが(^o^) とにかく火あぶりの刑がまさに執行されようとしているときに、日蝕が始まり、王も人々もビックリ仰天の右往左往。それにつけこんだヤンキー君、終身の大臣兼行政官の地位を獲得します。さらに、大魔術師であることのダメ押しで、こそこそ動き回るマーリンを牢にぶちこみ、マーリンの塔を爆薬でぶっ飛ばし、見物人の度肝を抜くのです。このあたり、いかにも派手好きなアメリカ人の感覚ですね。で、人々がヤンキー君に付けた尊称が「ザ・ボス」。一般名詞に定冠詞が付くと、唯一のもの(存在)を指すのだそうで、ボスの中のボス、という感じでしょうか。物語は、騎士たちのトーナメントが行われる陰で、ザ・ボスは人を集め育て、19世紀のいろいろなものを仕込み始めます。新聞、鉱山、電信電話、宮廷の歳費にかかる課税の公平化、などなど。それなのに、トンマな騎士が、侮辱されたと誤解してザ・ボスに決闘を申し込みます。数年後の今月今夜まで、修行の旅に出なきゃならんハメに陥るのです。ヤレヤレ。



このあたりから、マーク・トウェインの社会風刺が鋭くなってきます。こんな感じです。

アーサー王の治めるブリテンの国民は、その大部分が奴隷だった。純然たる奴隷であり、奴隷の名を担い、鉄の環を首にはめていた。そのほかの者だって事実上は奴隷だった。ただ、奴隷という名をもっていないだけのことだ。彼らは自分たちが人間であり自由民だと思っていた。またそのように称してもいた。しかし実際は、一集団としての国民は、この世では一つの目的のためにあるのであって、しかもその目的のためだけにしか存在しないのだ。つまり王や「教会」や貴族の前に平伏すること、彼らのために奴隷となり、彼らのために血と汗を流し、彼らを食わせるために飢え、彼らを遊ばせるために働き、彼らを幸福にしてやるために不幸を味わいつくし、彼らの身に絹や宝石を付けさせるために裸で暮らし、彼らが税金を払わなくてすむように重税を払い、彼らに意気揚々と闊歩させ、この世の神だとうぬぼれさせてやるために生涯死ぬまで卑下した言葉づかいや媚び諂いの物腰を習いおぼえるのだ。そしてそれでいながら頂戴するお礼といえば手錠や軽蔑だった。しかもすっかり卑屈になっているものだから、こうした種類の返礼さえ名誉だと思い込んでいたのだ。(p.86)

今のところは、辛辣な風刺のスパイスの利いた爆笑冒険もので、色恋沙汰やお涙ものの要素は皆無、まったくドライな物語となっていますが、なにせお話は始まったばかり。これからがおもしろいのです(^o^)/

(*):角川文庫にマーク・トウェインの『アーサー王宮廷のヤンキー』を発見~「電網郊外散歩道」2010年2月



写真は、某所で今が花盛りの古代蓮。実に見事です。
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