鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

足元を見るメガネ屋

2006-04-07 | Weblog
 先日、かみさんがメガネの度があわない、というので、東京・渋谷の行き着けのメガネ屋さんに二人で行った。たまたま就いたのがイケメン風の若い男だったが、腕は良さそうな感じがして、そのまま「メガネの具合いをみてもらいたい」と言ったら、上に上げられ、かみさんだけ視力を測る部屋へ連れていかれた。その部屋の前の椅子に荷物を持って、本を読みながら待っていた。買い物帰りで、エトロの赤い格子のブルーの高そうなシャツを着ていたのがどうも失敗だったかもしれない。
 かみさんがいまの老眼鏡を作ったのはもう4、5年前で、主人ばかりが高い眼鏡を作っていては可哀想ということで、同じメガネ屋で誂えた。以来、新聞を読んだり、手紙を書いたりする時に愛用していたが、どうもこのところ、合わないと言い出して、自由が丘に芸能人が客とあんっているおしゃれメガネ屋を友達が紹介してくれ、割引もしてくれる、と聞き込んできたが、引き続き同じ店のがいいだろう、と赴いた次第。
 検眼室から出てきて、「いまのメガネのフレームだけをそのまま使うのは難しい」というようなことを言う。当初は安く仕上げよう、と思っていたが、向こうは商売だから当然そう言ってくるだろう、と思い、妥協したのもまずかった。下の階へ下りて、フレームを選択し出し、2,3のものをかけたり、外したりしていて、どうも木製の斬新な6万円近くの赤いものが気に入ったようだった。少し、高いかな、と思ったが、本人が気に入っているなら、仕様がないか、と思って「いい」と言ってしまったのが跡で考えれば大間違いだった。ここで、予算からいって「半分くらいのものしかダメ」としておけばよかった、と後悔した。
 で、次いで、さらに下の階に下りて、今度はレンズの選択で、これもかみさんに任せ切りにしていたら、明るいとか、紫外線カットとかなんとかで、結局1枚2万7千円のレンズとたかが老眼鏡で、総額12万円近くになってしまった。こう、順番にきてしまうと、いまさら「高い」といえなくなってしまった。かみさんが気持ちよくなればいいか、とも、高いメガネをかけることで若干の優越感に浸れればいいか、とも思って、クレジットカードでサインしてしまった。
 このメガネ屋は昔、取材したことがある会社で、もう亡くなってしまった社長とも面識があった。だが、贔屓にしていたのだが、こういう商法を展開するのではちょっと不安だ。昔はメガネ屋の粗利益率は50%を超え、他の業種に比べ断トツに高利益を誇っていた。技術を売り物にしているので、客は値切れない雰囲気があり、店側の言いなりの価格が通ってしまうことが高利益を生んでいた。だから、メガネの高利益体質をついて、メガネドラッグはじめ安売り店が続出し、いまだに価格戦争を展開している。この店は価格戦争に巻き込まれずに相変わらずの技術を売り物にしてきたが、どうもそうはいかなくなってきたのが、今回のやり方に表れている。以前は任せておけば、暴利を貪るようなことはなかったのに。世の中、それだけせち辛くなっているということか。まあ、当方がきちんと予算を提示しなかった甘さに半分の責がある。反省!、反省!である。
コメント
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