
写真①:「長崎街道と筑前六宿」の説明板
=福岡県直方市古町で、2011年4月23日午後1時35分撮影
〈直方・町歩きスポット〉 3
:長崎街道
23日午後の直方市の町歩き見学会は、「圓徳寺」を訪ねたあと、・古町商店街の旧「長崎街道」へ入りました。直方ロータリークラブの「長崎街道と筑前六宿」の説明板=写真①=が、立てられています。
長崎街道=写真②=は、長崎と筑豊、小倉を結ぶ江戸時代の重要な街道。江戸を目指した参勤交代の大名や、シーボルト、オランダ人の医者ケンペルなど外国人も通っていました。筑前の国には、黒崎、木屋瀬(以上北九州市)、飯塚、内野(以上飯塚市)、山家(筑紫野市)、原田(筑紫野市)の六つの宿場町があり、「筑前六宿」と呼ばれて賑わっていたという。

写真②:旧「長崎街道」を歩く見学会参加者たち(右は「長崎街道と筑前六宿」の説明板)
=直方市・古町商店街で、23日午後1時40分撮影
直方市内の歴史ボランティア・直方を語る会「とおれんじ」の方たちが、「直方西構え口跡」の説明板=写真③=の設置場所など街道筋の見所ごとに詳しく説明していただきました。なかでも興味深かったのは、当初、市内の「長崎街道」は遠賀川の東岸にあったが、旧直方藩が廃藩になる際、商人町の衰退を避けるため、町の中心部を通るように路線変更し、商店街としての発展につながったということでした。

写真③:旧「長崎街道」の「直方西構え口跡」説明板前でガイド解説を聞く人たち
=直方市・古町商店街で、23日午後1時50分撮影
「長崎街道と筑前六宿」の案内板位置図
(十字の所)