7時30分。国民宿舎「古岩屋荘」を出発する。
「古岩屋荘」は、古岩屋と呼ばれる景勝地の前にある。ここは、約4500万年前の地層が残る巨大な大岩壁で表面に無数の穴が空いていることから古岩屋と呼ばれるようになったという。紅葉の名所としても知られており、秋になると奇岩の岩壁との対比が美しいそうだ。
「古岩屋荘」からは、44番大寶寺方向に戻る。久万町役場から国道33号に入り、しばらく行くと道の駅「天空の郷さんさん」があり、そこでしばらく休憩する。
11時30分。国道の三坂峠への分岐から遍路道に入っていく。標高720mの三坂峠からの峠道は松山と高知と結ぶ主要陸路として土佐街道と呼ばれている。ここから久谷までの遍路道は、ほぼ昔のまま残っているそうだ。
森の中を進んでいくと、霧で真っ白となっていて幻想的だ。
晴れていれば、松山市内が一望できるそうだが、今日は真っ白で何も見えない。
12時ちょうど。休憩所があったので、道の駅で買ったパンなどを食べて一休みだ。
さらに下って行くと、棚田が広がっていた。きれいに耕してあったが、維持するのは大変だろうと思った。
大きな家が見えてきた。中から、「お接待するから寄っていって」という声が聞こえ、中に入っていく。「坂本屋」という休憩所で、昔は旅館を営んでいたそうだが、今は地元の有志で土日だけお接待をしていているという。おにぎりやおかずを頂く。その後、お汁粉までいただき大満足だ。
この地域でも、旧暦のひな祭りということでお雛様が飾られていた。
お接待のお父さんと一緒に写真を撮る。
坂本屋から15分ほど下ったところに「網掛石」があり、そこの太子堂にお参りをしていく事にした。
すると、そのすぐ近くの家でお花見会が開かれていて、お接待で寄って行ってくれという事で、断る訳にもいかず、少しお邪魔させてもらう。いとこ会ということで、お花見がてら楽しく宴会をされていたようだ。私も、その前でいろいろ食べていたので、あまりたくさん食べれなかったが、すしやビールまで頂き、帰りにはお土産まで持たされた。愛媛でも熱い接待に感激だ。しかも、このお宅の先代が、網掛石の太子堂を自費で建てられたという。
これが「網掛石」だ。昔、弘法大師が大きな石を網に入れて、オウク(担い棒)で担っていたころ、オウクが折れて山へ飛んで行き、石の1つは下の川に落ち、もう1つはこの石であるといわれている。この石は、表面に無数の網目がついているところから「網掛石」といわれている。
しばらく前は、桜が満開だったが、そろそろ散り始めている。
風が出て、桜の花びらが散っていくのが物悲しい。
14時15分。46番札所浄瑠璃寺に到着する。
14時35分。浄瑠璃寺前の民宿「長珍屋」に到着。今日は、曇りでほとんど雨にも降られず宿に着けて良かった。夜は、またしても雨が降るらしい。
今日の歩行距離:27.0キロ(通算810.7キロ)
明日の予定:51番札所まで
「古岩屋荘」は、古岩屋と呼ばれる景勝地の前にある。ここは、約4500万年前の地層が残る巨大な大岩壁で表面に無数の穴が空いていることから古岩屋と呼ばれるようになったという。紅葉の名所としても知られており、秋になると奇岩の岩壁との対比が美しいそうだ。
「古岩屋荘」からは、44番大寶寺方向に戻る。久万町役場から国道33号に入り、しばらく行くと道の駅「天空の郷さんさん」があり、そこでしばらく休憩する。
11時30分。国道の三坂峠への分岐から遍路道に入っていく。標高720mの三坂峠からの峠道は松山と高知と結ぶ主要陸路として土佐街道と呼ばれている。ここから久谷までの遍路道は、ほぼ昔のまま残っているそうだ。
森の中を進んでいくと、霧で真っ白となっていて幻想的だ。
晴れていれば、松山市内が一望できるそうだが、今日は真っ白で何も見えない。
12時ちょうど。休憩所があったので、道の駅で買ったパンなどを食べて一休みだ。
さらに下って行くと、棚田が広がっていた。きれいに耕してあったが、維持するのは大変だろうと思った。
大きな家が見えてきた。中から、「お接待するから寄っていって」という声が聞こえ、中に入っていく。「坂本屋」という休憩所で、昔は旅館を営んでいたそうだが、今は地元の有志で土日だけお接待をしていているという。おにぎりやおかずを頂く。その後、お汁粉までいただき大満足だ。
この地域でも、旧暦のひな祭りということでお雛様が飾られていた。
お接待のお父さんと一緒に写真を撮る。
坂本屋から15分ほど下ったところに「網掛石」があり、そこの太子堂にお参りをしていく事にした。
すると、そのすぐ近くの家でお花見会が開かれていて、お接待で寄って行ってくれという事で、断る訳にもいかず、少しお邪魔させてもらう。いとこ会ということで、お花見がてら楽しく宴会をされていたようだ。私も、その前でいろいろ食べていたので、あまりたくさん食べれなかったが、すしやビールまで頂き、帰りにはお土産まで持たされた。愛媛でも熱い接待に感激だ。しかも、このお宅の先代が、網掛石の太子堂を自費で建てられたという。
これが「網掛石」だ。昔、弘法大師が大きな石を網に入れて、オウク(担い棒)で担っていたころ、オウクが折れて山へ飛んで行き、石の1つは下の川に落ち、もう1つはこの石であるといわれている。この石は、表面に無数の網目がついているところから「網掛石」といわれている。
しばらく前は、桜が満開だったが、そろそろ散り始めている。
風が出て、桜の花びらが散っていくのが物悲しい。
14時15分。46番札所浄瑠璃寺に到着する。
14時35分。浄瑠璃寺前の民宿「長珍屋」に到着。今日は、曇りでほとんど雨にも降られず宿に着けて良かった。夜は、またしても雨が降るらしい。
今日の歩行距離:27.0キロ(通算810.7キロ)
明日の予定:51番札所まで