また・・・
さらに、人間の想念も波動である。
あなたの頭に浮かべるイメージ、記憶の再現、想像や思考は、
気付けば、まるでTV画像のように明確に意識<内面>に描かれるものであり、それが直接物質的でないというだけのことであって、まさしく「波動」ということに気付かなければならない。
また、それも、現象、物質形態の現れ方の鋳型、原因となる上位の、あるいは高次元の波動ということなのである。
それぞれの意識が、いわゆる精妙で緻密な振動帯域に同調可能となれば、普通に誰でも可視光が見えるがごとく、そういう精神波動も感知することが出来るのだ。
だから、 「わかる人にはわかるものだ・・・」 というような表現があるように、
意識の波動・振動レベルが高い者には、それが情報としてキャッチ、知覚されるということになる。
これが以心伝心、こころをもって・・こころが伝わること、直覚認識、簡単に言えばテレパシー等と言われているものである。
あなたやわたしのこころの全ては、要するに、意識波動に敏感な存在にとっては、まさに筒抜けであるということだ。
3次元的な認識、物理的現象結果だけに「意識」を集中している限りは、相変わらず潜在下のままであるわけだが、
想念が波動、意識の発露、表現形であると認識することが出来るならば、潜在意識でキャッチされるものが表層意識にも浮かび上がるということである。
全てが暴かれ、バレバレになり、明らかになるという世界の潮流は、そういう流れを意味しているわけで、
多分お分かりだろうが、これが次に出現しつつある、本来のユニティ・・和の世界ということである。
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従って、それに反して何かを秘密にしようとか、隠して保護しようとか、そういう方向は全くの見当違いというか、脱輪というか、転落というか、そういう動きなのだ。
今そういう愚かしい動きが、政治や支配層の間で慌てて出てきていることが見えるはずである。
それは世界的な陰謀や、資本家の策謀や、支配と隷属の国家関係という低いレベルのうごめきだけの話ではなく、
もっと本質的な2極化の現象に伴うものだ。
全てが一体という、より拡大されて精妙な意識周波数ともいえる方向と、
個我、エゴで固まろうとする、粗く、理解の不明な意識周波数の方向、
その進化のベクトルとも言うべき2つの道が・・・明確になりつつあるということなのである。
しかしながら、それは決して良いとか、悪いとかで語られるべきものではないことも事実である。
魂の経験と学習の周回数の違いのようなものであり、
また魂の経験の為の次元上昇と次元降下の違いのようなものである。
ところで、今この世界は次元上昇の時にあるのだが、なかなか我が強く、頑迷な存在もいるものである。
・・・
最も顕著にその嫌々な姿勢、駄々をこねるような現象が現れているのは、
政治や権力の世界、多くの人の欲望がが大なり小なり向かっている・・そういう場所であろう。
どこの国体であろうと、どういう組織であろうと、所詮は人の組織、人の想いの集会場であり、さらには税というお金の集まるところ、あるいは紙幣を発行できる権威に近いところであれば、
それが色濃く出てくるのだ。 そうではないか。
それにこの国も、どの国も、大なり小なりではあるが、よく見えない場所、自らを省みえないところに、
いわゆるエゴイズムが隠れ、潜み・・・指示を出している場合があるのだ。
自分のこころの中、あるいは日本の、世界の諸状況を見ればわかるはずである。
そこは、普通に習った教科書の理想形の世界ではないのである。
全く何も正当性のない、エゴ、欲の権化とも言えるものが姿を現しているともいえようか。
何かありそうで何もない、美しそうで実は醜悪な実態組織、平和そうでいて結局はそのためにお金を要求する仕組み、
・・・そういう表面(おもてずら)の裏にあるのは・・・自らで刈り取る気のないカルマのゴミの山、
金満や官能をことさらあおり、見映えする地位や権威を、鞭や餌にしつつ、騙しを続けようとして焦っている者たちが実にはっきりと見えてきたではないか。
かつてないこの時代の特殊性がもう見えるだろう。
難しそうな理屈や理論を前面に出し、無知で人の良い一般民衆にそれを意味もなく解読させている時間を使い、またぞろエゴと欲の隠れ家を作っているということなのである。
これは社会、組織、国家、あらゆるところに、今はもう崩壊すべきその心的パターンがあるのである。
それが見え見え、バレバレになってきてしまったのである。
それでもなお、隠し通し、嘘を貫き、騙しに終止するならば・・・、
まさしく、その隠れた姿通りに、闇に葬りさられるのが定めというものである。
引き返す時間、与えられたステージの踊りの引け時は、今はもう極めて少なくなった。
なるほど、欲望の中枢に巣食うそういう想念形は、それが希望であるからには、
行くところまで行って、そして今回の終わりである。
そして嫌々ながらも、残った宿題ならぬカルマをいつかどこかで果たすのだ。
この世でいかに人をだまして自己利益を計り、それをいかに誤魔化そうとも、
それぞれの本質、魂レベルでは、それが重要反省点になるわけなのだ。
いわゆるこの世で帳尻を合わさない限り、その負債は持ちこしになるだけの話である。
ハリウッド映画のような、何でもかんでも最後には爆発してすべて・・はい終わり、リセットということにはならないのである。
演劇での役は終わっても、役者さん自体は続くようなものである。
役者や演劇と言えば、今までの権力周辺の舞台劇は2足3文にもならないようなものであり、
そろそろ幕を引いた方が良い事にも気づいていないのだろうか。
しかしながら、今はまだ全てがすぐにグレンとひっくり還る時ではないようである。
舞台が転回して、新たな舞台が出現するには、
それ相応の演技者の登場を済まさなければならないわけだ。
それはまた・・・出来るだけ・・・多くの人々の中にある歪、存在宇宙と調和しないこころの波動が、清まるまでの猶予時間でもあることだろう。
嗚呼、それを、あくまでも自分とは違う外の世界のうごめきだと「想って」いるならば、
それは見当違いと言うほかはない。
<今>は・・・次元というオクターブの変換上昇時点である・・・・
といってもなかなかピンと来ないかもしれないだろうが、
実際・・・解る人にだけ分るような・・・魂達の、そういう特殊な時点に差し掛かっているのである。