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小夜中山夜啼碑4 身重の十六夜、一人小夜の中山へ

(庭のレンギョウの花)

小夜中山夜啼碑の解読を続けよう。

身重の十六夜が伊勢の知るべを頼って、五百両もの大金を持って、一人、旅に出る。物語の筋廻しでは、必要なことは判るが、武士の妻が身重の身で、従者も連れないで長旅に出るのは、無理な設定である。当時、そういうことはあり得なかった。しかも五百両の大金を持ってである。小判一枚18グラムとして、500枚なら9キロある。お遍路の時、リュックの重さが7、8キロで、重くて辛かったことを覚えている。かように、無理な筋立てもあるが、解読を続ける。

さても隼人が妻、十六夜は、夫がこたびの不慮の死に、悲しむこと大かたならず。腹腑(はらわた)を絶つばかりなりしが、せめては君命の、かたじけなさを心頼みに、死骸を引きとり、菩提所にあって葬り、七日/\の仏事供養を果して後、家財残らず売代なして、
※ 売代(うりしろ)- 物を売って得た代金。売り上げ。

さて、おのれが旧地といえるは、その家絶えて、ある事なければ、勢州のしるべを頼り、懐胎の重身をかゝえ、君より給わりたる三百金の余に、家財の売代、貯えまで、肌につけたる五百両、女の身にて大枚の路用を、たづさう危うさに、西国順礼の姿にやつし、心細くもたゞ一人、東海道を心ざし、住みも慣れたる古郷をば、おぼつかなくも立ち出でて、
※ 旧地(きゅうち)- 以前の領地。
※ 勢州(せしゅう)- 伊勢の国。
※ 大枚の路用(たいまいのろよう)- 多額の旅費。


なまよみの甲斐路に出、嶮岨をよぎる九折(つゞらをり)、なれぬ旅路に足曳の、山また山をたどりつゝ、かろうじて遠州なる、日坂、金谷に程近き、小夜の中山のほとりまで、来たりにけり。
※ なまよみの - 国名「甲斐(かい)」にかかる枕詞。
※ 足曳の(あしびきの)-「山」および「山」を含む語「山田」「山鳥」などにかかる枕詞。


さらぬだに、女の旅の道、はかどらず、殊さら産み月の折りなれば、いとゞその身も重やりに、日数ほど経て、この地に来つれば、今少しにて駅路に出んは、難きことならず。しばしが間、休(いこ)わんと、かたえの岩を仰ぎ見るに、松柏を交えて繁茂し、美水、山の腰を伝うて、幾千丈の谷に下り、俗塵放れし風景に、
※ 俗塵(ぞくじん)- 浮世のちり。俗世間の煩わしい事柄。

十六夜は一人うなづき、これなん、音に聞こえたる中山寺の霊場にて、かしこは峰の観音ならん。夫の菩提、胎内の孤子(みなしご)のため、救世円通の大悲の応験たのまばやと、杖にすがり谷を越え、霊山に登りて拝礼なし、麓に下りの中山の、元の処に至るころ、冬の日いと短かく、はやくも黄昏に及びしかば、駅に至りて宿とらんと、立ちあがる。
※ 救世円通(くぜえんつう)- 観世音菩薩の異称。衆生済度のため、さまざまな姿をとって世に現れ、その救いの働きが融通無礙であるところからいう。
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