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ブッキラによろしく

 「ブッキラによろしく」は、ストーリー漫画なんだけど、ギャグ漫画みたいにかなり誇張した表現で描く、コメディー調の不思議ミステリー漫画。主人公は二人、女優·タレントなんだけど、どうしようもないドジで間抜けで気の利かない、グズでノロマの女の娘、根沖トロ子と、もともと職業は三流雑誌のルポライターだが、裏稼業で金貸しやユスリ·タカリもやっている、胡散臭いチンピラみたいな間久部録郎。

 東西テレビでは何故か、局制作のドラマやバラエティーなどの番組に、ドジで間抜けで気の利かない、グズでノロマの女優·タレントの根沖トロ子を積極的に起用している。トロ子のあまりのひどさに番組がメチャメチャに壊されることもしばしば。局の番組プロデューサーにたくさんの記者たちが、どうしてあんな超ダメなタレントを各番組に使い続けるのか問うが、プロデューサーは切羽詰まった様子で、どうにもならない理由があるんだと答えるだけ。

 根沖トロ子の番組起用には、局のごく一部の番組制作陣幹部だけが知る極秘があるらしい。三流ルポライターの間久部録郎、通称ロックは、その秘密を解き明かそうとする。番組プロデューサーを脅し着けて“13号スタジオ”というヒントを得る。ロックは直接、喫茶店で根沖トロ子を問い詰めて“ブッキラ”という言葉を引き出す。

 間久部録郎とは手塚治虫作品スターシステムの常連、ロックですね。物語ではチンピラ然としてますが、サングラスに黒いスーツ姿でカッコ良いです。「バンパイヤ」他、手塚漫画によく出て来てますが、ロックはだいたい悪役で、ハンサムな都会派ワルですね。昔は良い役もやってたけど。

 ロックは東西テレビの13号スタジオを、使用してない無人のときに単身調べ、ついに“ブッキラ”に遭遇するが、その不思議な力によってロックはあえなくスタジオから追い払われる。

 実はブッキラとは妖怪で、東西テレビ13号スタジオに棲み着いており、ブッキラは中型犬程度のペット大の小さな妖怪だが超能力を持ち、いたずら好きで不思議な力で撮影の邪魔をする。テレビ局は番組制作の仕事にならなくてブッキラに手を焼いていたが、トロ子にブッキラがなつき、ブッキラはトロ子の言うことを聞いておとなしくなる。

 まるで恋人どおしのように仲の良いトロ子とブッキラの関係で、テレビ局側が根沖トロ子をぞんざいに扱うと、ブッキラが怒って不思議な力で撮影を妨害して番組制作の仕事ができなくしてしまう。だからテレビ局側は根沖トロ子を丁重に扱い、どうしようもなくダメな女優·タレントであっても、いろいろな番組に起用している。

 「ブッキラによろしく」は、秋田書店発行の週刊少年チャンピオン 1985年第20号から第33号まで連載されて、秋田·少年チャンピオンコミックスで全2巻で発行され、後に講談社の手塚治虫漫画全集で全2巻で刊行され、また手塚治虫文庫全集で文庫版全1巻で発行されました。

 現代日本漫画界の創設者と称しても過言でない“漫画の神様”手塚治虫先生が亡くなられたのが1989年2月ですから、後期も後期の作品ですね。僕は「ブッキラによろしく」を雑誌連載で読んだことはなく、読んだのはコミックス単行本で90年代に入ってからですね。

 手塚治虫先生は、ほとんど途切れることなく、週刊少年チャンピオンに創刊号からずっと連載を持ち続けてますね。チャンピオン創刊第1号の「ザ·クレーター」から、連載と連載の間をあんまり置かずに連載が続いている。月二回刊の少年チャンピオンが週刊誌になって直ぐ始まったのが「やけっぱちのマリア」。次が大長編の「ブラックジャック」。そして「ドン·ドラキュラ」から「七色いんこ」と続く。それから「ブッキラによろしく」で、何でも「ブッキラによろしく」は連載打ち切りだったという話ですね。手塚先生の都合だったのか読者人気が芳しくなく出版社側の判断だったのかよく解りませんが。チャンピオン連載最後の作品が「ミッドナイト」。これは86年から87年の連載ですから手塚先生の最晩期の作品の一つですね。

 調べたら「ブッキラによろしく」のチャンピオン連載打ち切りは、手塚先生がアニメの仕事が忙しくなったためらしいですね。でも翌年また直ぐ「ミッドナイト」の連載を始めてるんですが。

 小さな妖怪 ブッキラと恋人どおしのような仲良しになってる根沖トロ子ですが、トロ子は怪奇現象を呼び寄せる体質を持ってるようで、トロ子とロックはいつも不思議な怖い事件に捲き込まれる。トロ子は大事にしてる山羊の縫いぐるみに話し掛けて妖怪のブッキラを呼び出すことができる。たいていの奇怪な事件はブッキラの登場で何とか解決する。

 お話途中からテレビ局にはブッキラとは別の妖怪が出現して荒らし捲って、誤解からトロ子は局を放り出されて女優·タレントの仕事がなくなり部屋に引き籠り状態となる。その内、小悪党のロックの奸計に嵌まり、ブッキラは窮地に陥るが、ロックが改心してトロ子と一緒にブッキラ救出に乗り出す……。

 といったところが「ブッキラによろしく」のおおまかなストーリーですかね。上記で書いてるように連載の途中打ち切りで一応この漫画は未完の作品な訳ですが。 

 僕も「ブッキラによろしく」をコミックス単行本で読んだのは90年代くらいのことですから、物語の後半がどういう内容だったのかはあんまりよく憶えてないですね。ただ物語が連作方式で一話一話、トロ子が怪奇現象を呼び込んで、ブッキラとは別の妖怪もイロイロ登場するのですが、トロ子とロックとが怪奇現象に見舞われて窮地に陥る中、ブッキラの超能力も使って何とか事件を解決するような話が続いたように思う。終盤はロックの悪だくみからブッキラが干物にされて実験材料にされかかったりするんですが…。

 まぁ、何しろ手塚先生が途中で描くの止めちゃった未完の漫画ですしね。

 「ブッキラによろしく」の中で印象深く覚えているお話が、「猿の手」が出て来るお話。「猿の手」をモチーフにしたお話。

 

 「ブッキラによろしく」のお話の中に、イギリスの小説家·ジェイコブズの20世紀初頭のホラー短編「猿の手」をモチーフにした漫画作品があります。評論家の呉智英さんがご自分のエッセイ集の中で書かれてたんですけど、文芸仲間たちと「古今東西一番怖いホラー小説は何か?」を話し合っていて結局、短編だがジェイコブズの「猿の手」が一番怖い、と落ち着いたという逸話のホラー作品が「猿の手」です。

 「猿の手」のおおまかなストーリーは、年老いたイギリス人夫婦の元に訪れたインド帰りの軍人が、会話の成り行きからインドから持ち帰ったいわくのある“猿の手”のミイラを、老夫婦に渡してしまう。

 この猿の手のミイラは、三つの願いごとを叶える妖力があるが、ただしその願いは叶うには叶うが何か代償を伴うものらしい。何とも怪しげで不気味な猿の手のミイラだが、老夫婦は興味津々だった。老夫婦には一人息子が居て、この息子が借金を抱えてた。

 息子の抱える借金といってもそんなに大きな借金じゃなくて、確か家のローンか何かだったかな?最後の一、二ヶ月分が残ってたんだっけか?忘れた。たいした額じゃないけど、猿の手の三つの願いの内一つを、このたいしたことない額が手に入って借金を終わらせたい、と猿の手のミイラに願いごとした。

 一人息子は工場で働いていて、ある日、仕事中に大きな機械に挟まれて死んでしまった。昔のことだから労災なんてなくて、工場の会社からわずかな見舞金というかお悔やみのお金というか、お金が出た。そのお悔やみ金の額が調度、家のローンの残りの金額全部だった。

 つまり猿の手への願いごとは叶った訳ですね。調度借金の額だけ会社から降りた訳だから。ただしとても大きな代償として一人息子の命を失ってしまった。

 一人息子を溺愛していた老母は気が狂わんばかりに嘆き悲しむ。老母は猿の手のミイラの三つの願いの内、まだ二つ残ってるから、その願いごとを使って死んだ息子を生き返らせようと言う。老亭主の方はそんなことをしてはいけない、と必死になって老妻を止める。だが半狂乱の妻は譲らない。亭主はとうとう妻の尋常じゃない熱意に負けて、猿の手に願いごとをするのを承諾する。つまり、猿の手に、死んだ息子を生き返らせて、と頼む。

 「猿の手」は映画にもなっていて、僕の見た作品は怪奇もののオムニバス映画で、つまり短編のホラー映画を四つくらい合わせて、一本の劇場用怪奇映画にしているものの中の一編が「猿の手」だった。この映画の中の他の短編作品はどんな内容だったか全く記憶してないけど、「猿の手」だけは覚えている。

 映画の中で、老夫婦のお婆さんの願いで、土に埋めた死体が土の中から出て来る。海外だし昔の話だから土葬なんですね。この映画では効果的に敢えて生き返る息子の姿を見せないんですね。墓石が倒れ、湿った地面に足跡が着いて行く。やがて家の玄関の開く音がする。老夫婦の居る二階まで階段を登って来る音がする。決して人の姿を映さず背景と音だけで描写する。これがメッチャ怖かった。

 映画の方は、確か、生き返った死人がドアに手を掛けてガチャリとやったトコで終わったと思う。後は想像にお任せします、で映画は終わった。と思う。小説の方は、墓場から家に入って来て階段登って来るトコロをどう描写してたのか記憶にないが、二階のドアをガチャガチャやるのか、ドアをノックするのか、とにかく二階への階段を登り詰めて、生き返った死体がドアを開けようとする寸前、老夫婦の親父の方がストップする。

 小説の方は、死人を生き返らせるなんてこんなことをしてはいけない、と強く思った親父さんが、猿の手に三つ目の願いを言う。最後の三つ目の願いごとは、息子を墓に戻せか何か、二つ目の願いの取り消しだった。恐怖心でいっぱいのお父さんが慌てて、死体を元に戻せ、と三つ目の願いごとを叫ぶと、ドアをガチャガチャやってたのがピタリと止む。ここで物語は終わる。これがメチャメチャ怖い。階段登って来るところが本当に怖い。

 昔々のホラー短編「猿の手」はこういうお話ですね。手塚治虫先生の「ブッキラによろしく」の中の「猿の手」はだいぶアレンジされたお話になってる。「猿の手」を題材に使ったホラー風のダークファンタジー·コメディの妖怪アクションの短編漫画みたいな感じかな。

 「ブッキラによろしく」の中での「猿の手」は、猿の手のミイラが願いごとを三つ叶えてくれて、その代償に悲惨なことが起きるとこは同じですが、原作小説と違うのは、一度自分のものにした猿の手を手放すと、その人は死んでしまうということになっています。

 中国人の肥満した醜い富豪のオバハンが、ムリムリ猿の手のミイラを根沖トロ子に渡した。ボーッとしてるトロ子は何も考えずにミイラを受け取る。この時点で根沖トロ子は落ちぶれてアパートの狭い部屋で暮らしてるのかな?

 富豪のオバハンは猿の手に願いごとをして巨万の富を得たが、代償として容姿が醜くなった。そしてオバハンは猿の手を根沖トロ子に渡すことで、猿の手のミイラを手放し、東京で不慮の死を迎える。このことを知ったロックが事件に乗り出す。

 トロ子がどんなに猿の手のミイラを手放そうとしても、猿の手は必ずトロ子の元へ戻って来る。ロックはトロ子を救おうと考えるがどうにもならない。猿の手のミイラは強い妖力を持っている。ロックは小妖怪であるブッキラを猿の手にぶつけることを考えた。

 ロックによってトロ子のアパートの部屋へ招き入れられたブッキラは、猿の手のミイラと対峙する。ブッキラ対猿の手のミイラの妖力合戦が始まった。猿の手の妖力はもの凄く強い。確かトロ子の部屋での戦いではブッキラは負けるんじゃなかったかな?どうだったろう?

 僕は確かにコミックスで「ブッキラによろしく」は全編読んでるんですが、もうだいぶ前のことなんで細かい内容は忘れてますね。押し入れの段ボール箱漁ったらコミックスが出て来るかも知れないけど、背骨悪くしてから足腰悪くて、重たい本の詰まった箱々をあれこれ動かして捜すのが大変で。以前はこのブログ書くときも持ってる漫画本や資料の本を出して来て調べて書いてたんですけどね。

 ごめんなさい、「ブッキラによろしく」の第6話になる「猿の手」のお話の終盤、難問題の猿の手のミイラの呪いというか、何処に捨てても戻って来てしまって手放してしまうと死が訪れるという恐怖の掟を、いったいどう解決したのか?すっかり忘れてて解りません。妖怪対決で結局ブッキラが勝ったのか?解りません、済みません。終盤の成り行きを記憶してない。

◆ブッキラによろしく! (手塚治虫文庫全集) 文庫手塚 治虫  (著)

 

 手塚治虫漫画作品で妖怪の登場する作品というと有名なもので時代劇の「どろろ」がありますが、短編作品でも妖怪の出て来る短編漫画は時代劇·現代劇けっこうありますね。もともと手塚治虫作品にはホラー漫画も多いですからね。特にホラー漫画の短編は多い。

 手塚治虫作品に出て来る妖怪は、化け猫など有名なものの他は、キツネが化けるものもありますが、手塚治虫が考えたというか手塚治虫が創造した妖怪が多い。このあたりは妖怪漫画の大家·水木しげると違うところですね。

 水木しげるの漫画に出る妖怪たちは、昔からの地方地方に伝わる伝承のような、昔の時代の地方の田舎の伝説のような妖怪ばかりじゃないですか。民俗学的というか、各地方の民間伝承の妖怪を登場させてる。

 手塚治虫のホラー系の漫画に出て来る妖怪は、猫やキツネが化けて超自然的な力を使う以外は、手塚治虫の作った妖怪ですね。妖怪を扱った代表作の「どろろ」でもそうです。民俗学的な民間伝承の妖怪とかは使わない。

 手塚治虫のホラー系漫画には怖いばかりのものでなくて、泣かせるような感動的なお話も多いですけどね。

 手塚治虫の怪奇漫画の内、中国古来の怪談を集めて短編小説集に編んだ、17世紀頃·清代の怪奇短編集「聊斎志異」を題材に扱った、手塚治虫のホラー漫画シリーズもありますが、あれには中国の昔々の怪談だから昔の中国の妖怪話もあったかも。

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