くじら図書館 いつかの読書日記

本の中 ふしぎな世界待っている

「11」津原泰水 その2

2013-03-01 20:32:59 | ミステリ・サスペンス・ホラー
 「11」で、もう一つ語りたい作品があります。巻末の「土の枕」です。
 大森さんがアンソロジーに採用した作品で、戦争もの。小作農の葦村寅次の名前で兵役についていたのは、地主の嫡男田仲喜代治だった。喜代治は大陸への憧憬から、寅次の身代わりを志願して戦地にやってきていた。飄々としていて、心は内地に残し、体だけが「別の人生を送っているらしい」と、同じ部隊にいる井手六助は感じます。
 行軍の途中で戦闘になり、井手は寅次の目前で亡くなるのですが、その耳に本当の自分について話をします。井手には目の不自由な妹がいて、眼科医を紹介してできるだけ鳥目を治したいとも告げました。
 しかし、戦後故郷に帰ったところ、もう田仲家に喜代治という息子はいないことを両親から話されて愕然とします。寅次として生きていくしか方法がない。それを知った喜代治は、名前も過去も捨てて寅次の住んだ家にうつるのでした。
 別の人間として生きる。そのことを喜代治は旅にたとえます。戦地では別の人生を送っているようだと言われた彼が、文字通り違う人間になる。弟に財産がいくようにする措置だったのですが、その手続きをした父が亡くなったあと、やはり家督として戻ってほしいと言われます。
「小作人がどうやって地主を嗣ぐ」
「今からでもお母さんの養子に入ってもらって」
「生みの親の養子に入る者がおるか」
 この台詞がラストで生きてくる。読み返したときに、父の影でなにもいえないお母さんの愛情が浮かんでくるのです。
 地主の嫡男に生まれながら、小作人として生きる息子の、うまくいかない農作物を母は高値で買い取ります。
 土とともに生きた彼を破滅に導く「怪物」は、復興と呼ばれ高度成長と呼ばれ、やがて土そのものが生活圏から消える。地主の家に生まれたということは、彼にとって強烈な自負だったのだと思います。
 彼は井手の妹と結婚しますが、これは寅次ではなく喜代治としての行動から派生した出会いだったからなのでしょう。
 それからですね、わたしは「キリノ」のこういうところが好きです。
「フラノ的衝動と戦い続けてこそ人間だろうと僕なんか思うんだけど、最初から負けてるうえに負けてることに気づかないやつがさ」
 フラノとはキリノを目の敵にする男子で、フラノ的衝動とは「たとえそれが事実であってもわざわざレッテル貼りしてそこに集団の目を引きつけ自分の身は安全圏に置こうとする情緒」だそうです。キリノ的っていうはうまく言えないんですが、これを読むとなんとなくわかる。背が高く潔くて他におもねらないキリノが持っている雰囲気を、「僕」(チマツリと呼ばれています。何故?)はキリノ的アトモスフィアといっているんですね。
 この作品、桐野夏生さんの特集号に掲載されたそうです。
 11作品、なんだかよくわからないままのものもあったのですが、でも、とても印象的でした。「土の枕」は短いし説明的になりがちでしょうに、ここまで描写できるのは驚きです。すごいなあ、津原さん。