危機であるにもかかわらず、今の政治はその機能を果たしていない。誰が日本を救うことができるのだろうか。またもや11月25日の憂国忌がめぐってきた。三島由紀夫の死の意味を噛みしめるときではないだろうか▼三島の「『道義的革命』の論理」は、2・26事件で敗れた者たちの呪詛に満ちている。首謀者の一人であった磯部浅一のパトスに分け入った三島は、2・26事件の決起部隊は義軍であると断言する。農地改革が成就した可能性にも触れている。日本人が自らの力でもって、それを達成していたならば、もっと歴史は変わっていたというのだ▼磯部の魂が三島に憑依したかのような文章は、戦後日本を徹底的に断罪している。「昭和11年に居眠りし、昭和11年に出鱈目の限りをつくしていた連中の末裔は、昭和42年にも居眠りをし、昭和42年にも出鱈目の限りをつくしている。われわれのまわりは、鼾に埋まっていて。豚小屋のようである」▼堕落した戦後日本は、三島に言わせれば「あらゆる情熱が人に不快を与えるような時代」であったのだ。「『道義的革命』の論理」は昭和42年3月号の「文藝」3月号に掲載された。三島は「天命を奉じて暴動と化せ」という2・26事件のアジビラをわざわざ引用している。そこまでしなければ日本は救済されないと三島は思っていたのである。三島・森田の市ヶ谷義挙から半世紀近くが経とうとしているが、日本は未だに「豚小屋」のままなのである。
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