♪ラジオ放送・文字版「世の光」

   1952年以来、キリスト教会が協力して全国民放ラジオで放送して66年の
「世の光」を文字で 

■主の手は強い / 福井 誠

2019年02月06日 | Weblog
2019/1/2放送

世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。継続は力なり。聖書通読は進んでおられるでしょうか? 一日一章、読み進むごとに不思議にも自然と育っていくものがあるものですね。では今日も聖書を開いて参りましょう。
 今日はヨシュア記4章24節から「主の手は強い」と題してメッセージをお伝えいたします。
 「 それは、地のあらゆる民が主の手が強いことを知るためであり、あなたがたがいつも、自分たちの神、主を恐れるためである。」(新改訳2017)

 ヨシュア記は40年間の荒野の生活で育った新しい世代が、約束の地イスラエルを自分たちの土地とするための戦いに出ていき、その約束を実現させていくお話ですねえ。その戦いの初め、彼らはヨルダン川を東側から渡って約束の地へ侵入して行きました。

 その時に何と神はヨルダン川の水を奇跡的に堰止められて、イスラエルの民が乾いた川底を歩いて渡るようにされたのです。古い世代が神の力強い御手で葦の海の底を歩いて渡ったように、新しい世代も神の力強い御手による同じような奇跡を経験するのですね。そして彼らはヨルダンの乾いた川底から十二の石を持ち運び、それを宿営地に携えて、とこしえの記念としました。つまり神が昔も今も変わらず、そしてこれからもイスラエルと共にあり、助けとなることを教え励ましを与えるしるしとなったのです。そして同時にそれはイスラエルはもはや後戻りのできない歩みを進めたしるしでした。つまり、古い荒野の生活へ決別し、新しい約束の地の生活へと入っていく事を誰の目にもはっきりと記すものでした。

 大切なのは、そのようなしるしをもたらした神の強い手に注目することです。ヨシュアという指導者のリーダーシップが優れていたのではありません。彼はどんなにかんばっても川の水を堰止めることはできなかったことでしょう。イスラエルの民の勇気ある前進でもありません。彼らはどんなに頑張っても流れの速いヨルダン川を全員で渡るのは至難のわざでした。ただ彼らの行動を後押しされた神の力強い手があったのです。無力さを覚える時にこそ神のこの手を求め、よりすがることです。それが信仰ですね。

 では良き一週を祈ります。

 (PBA制作「世の光」2019.1.2放送でのお話より )

******

 さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。

******

このサイトは URL名として 
http://yonohikari.biblica.info 

が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。