♪ラジオ放送・文字版「世の光」

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「世の光」を文字で 

■韓国の孤児の母 田内千鶴子 / 岩井基雄

2019年02月04日 | Weblog
2018/12/31放送

 世の光の時間です。お変わりありませんか? 岩井基雄です。

 世の光の時間です。お元気ですか? 岩井基雄です。今日で今年も終わりですねえ。みなさんにとってこの一年はどのような一年だったでしょうか。

 いつも最後の週の月曜日は歴史の中を歩んだクリスチャンの生涯から学んでいます。先月は日本からの最初の宣教師で、韓国にイエス・キリストの愛を伝えた乗松雅休(のりまつ・まさやす)について学びましたねえ。今日はその韓国で孤児たちの母として活躍した田内千鶴子(たうち・ちづこ)について学んでみましょう。

 田内千鶴子は大正元年の1912年、高知県高知市若松で生まれました。父は朝鮮総督府の官吏を務めるようになります。その頃、韓国の木浦(もっぽ)でキリスト教の伝道師であった尹致浩(ゆん・ちほ)が7人の孤児と共に生活を始めました。共に生きる孤児たちが増えていく中、千鶴子は尹致浩の活動に共鳴し、その共生園での奉仕をスタートさせます。そして千鶴子は尹致浩の献身的な愛の姿に感動を覚える中、自分の罪をも示され、聖書が語る神様を信じ、また神の御子イエス・キリストを自分の罪の救い主として信じ、キリスト教信者となったのです。やがて二人は神様の前に夫婦となり、孤児たちの父と母になりました。大変な日々の中、神様の愛を豊かに受け取り、子どもたちに惜しみなく注いでいったのです。

 しかしある時、食料を調達にいった夫が行方不明になり、ついに戻りませんでした。残された千鶴子は夫の意志を継ぎ、共生園にとどまり、56歳の生涯を閉じるまで、3000人を超える孤児たちの母として彼らを育てあげたのです。彼女が亡くなった時、木浦市は市民葬を行い、その葬儀には3万人近い人たちが駆けつけました。彼女はイエス・キリストの愛に生かされ、その愛と祝福を孤児たちだけではなく、その町の人々に届けていったのです。

 現在の共生園は彼らの長男・田内基(たうち・もとい)が園長をしているそうです。田内千鶴子の生涯は日韓合作の映画『愛の黙示録』で多くの人々にキリストの愛を届けています。私たちもまたイエス・キリストの豊かな愛を受け取り、新しい年も人々に惜しみなく注ぐものでありたいと願います。

 キリストのことば
 「わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。
     (新約聖書 ヨハネの福音書13章14節  新改訳2017)

  (PBA制作「世の光」 2018.12.31放送でのお話より )
 
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