2015/7/9放送
世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「万軍の主のもとから出る」 です。それではイザヤ書28章29節からお読みしましょう。
「これもまた、万軍の主のもとから出ることで、そのはかりごとは奇しく、そのおもんぱかりはすばらしい。」
イザヤ書を読む一つのコツは独特の表現を理解していくことです。「逃げ惑う蛇レビヤタン」・・・面白い表現がありました。今回は「エフライムの酔いどれの誇りとする冠」という表現がありますが、これまた面白い表現ですねえ。これは北イスラエル王国の首都サマリヤの町を指しています。サマリヤの町が谷の真ん中の小高い丘に立られて、文字通り「冠」のように見え、更にその町が歓楽的に酒に酔いしれ自分たちの災いに気づかない状態であることを、そのように語ったのです。
北イスラエル王国がアッシリヤの脅威のもとに滅ぼされようとしているのはもはや秒読みでした。そしてイザヤはその町の行く末に悟るようにと、南ユダ王国に対して警告を発しているのです。しかしユダの政治的な指導者たちはイザヤの声に耳をかさず、イザヤの警告を嘲りました。そして神のことばを退けて、むしろエジプトと同盟を結んでアッシリヤの脅威に対抗しようとしました。そんな彼らにイザヤは嘲りのことばをそのまま返して言います。今サマリヤを襲っている嵐は収束することはない。むしろユダにも襲いかかって、ユダは捕虜とされ、頼りとするエジプトとの契約や同盟も死との契約、陰府(よみ)との同盟になるだろう、と。真に頼るべきお方を認めないならばその報いを受けるのだという訳です。
いつも言うことですが、神のさばきは恐ろしい気がしますが、神様は気まぐれに怒りの鉄槌を下すお方ではありませんね。イザヤは農夫の喩えを使って説明しています。農夫が土地を耕し種を蒔くのは、それ自体が目的なのではなく収穫を目指すためです。同様に神が全地を裁かれるのはそれ自体が目的なのではありません。正義と公平を回復し、主に忠実な神の民を興すためです。神はこの世界に真実さ・正しさを取り戻そうとしているのです。神を認めて歩むところにこそ真の人間の平和と祝福があることを覚えたいものですね。
(PBA制作「世の光」2015.7.9放送でのお話より )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。
世の光の時間です。いかがお過ごしでしょうか、福井 誠です。今日のバイブル・メッセージは「万軍の主のもとから出る」 です。それではイザヤ書28章29節からお読みしましょう。
「これもまた、万軍の主のもとから出ることで、そのはかりごとは奇しく、そのおもんぱかりはすばらしい。」
イザヤ書を読む一つのコツは独特の表現を理解していくことです。「逃げ惑う蛇レビヤタン」・・・面白い表現がありました。今回は「エフライムの酔いどれの誇りとする冠」という表現がありますが、これまた面白い表現ですねえ。これは北イスラエル王国の首都サマリヤの町を指しています。サマリヤの町が谷の真ん中の小高い丘に立られて、文字通り「冠」のように見え、更にその町が歓楽的に酒に酔いしれ自分たちの災いに気づかない状態であることを、そのように語ったのです。
北イスラエル王国がアッシリヤの脅威のもとに滅ぼされようとしているのはもはや秒読みでした。そしてイザヤはその町の行く末に悟るようにと、南ユダ王国に対して警告を発しているのです。しかしユダの政治的な指導者たちはイザヤの声に耳をかさず、イザヤの警告を嘲りました。そして神のことばを退けて、むしろエジプトと同盟を結んでアッシリヤの脅威に対抗しようとしました。そんな彼らにイザヤは嘲りのことばをそのまま返して言います。今サマリヤを襲っている嵐は収束することはない。むしろユダにも襲いかかって、ユダは捕虜とされ、頼りとするエジプトとの契約や同盟も死との契約、陰府(よみ)との同盟になるだろう、と。真に頼るべきお方を認めないならばその報いを受けるのだという訳です。
いつも言うことですが、神のさばきは恐ろしい気がしますが、神様は気まぐれに怒りの鉄槌を下すお方ではありませんね。イザヤは農夫の喩えを使って説明しています。農夫が土地を耕し種を蒔くのは、それ自体が目的なのではなく収穫を目指すためです。同様に神が全地を裁かれるのはそれ自体が目的なのではありません。正義と公平を回復し、主に忠実な神の民を興すためです。神はこの世界に真実さ・正しさを取り戻そうとしているのです。神を認めて歩むところにこそ真の人間の平和と祝福があることを覚えたいものですね。
(PBA制作「世の光」2015.7.9放送でのお話より )
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。事前の連絡なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。