ふうるふうる・たらのあんなことこんなこと

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その人のアイデンティティとは

2012-12-17 19:53:25 | 本や言葉の紹介

中浦和“ふうるふうる”のたらです。
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  『くらしと教育をつなぐWe 181号』(フェミックス)で、どきりとする言葉に出合いました。

  「誰ともわかり合えないものがその人のアイデンティティ」

 これは、向井承子さんと木村榮さんの「往復書簡・16 病む生」での木村榮さんの言葉です(木村さんはガン治療中でそのほかにも心身にいろいろな不調を抱えています)。その部分を抜粋します。

  不安のパニックに陥ったときなど、処方された安定剤を飲みながら、いつまで「自分」を維持できるだろうかと血のひくような恐怖を感じることがあります。健康な友人たちは、私の、時に過剰な反応を「繊細過ぎて扱いにくい」という以上にはわかってくれません。
 壊れかけた心を笑い合える相手がいない。
 これはきついです。
 でも向井さんは言いましたよね。誰ともわかり合えないものがその人のアイデンティティだと。その一言が私の「わかって欲しい病」の目を覚ましてくれました。そうと腹を括ることが、老いて「病む生」を生きる覚悟なのだと肝に銘じています。


 「わかって欲しい病」って、言い得て妙だなぁ。
 「察してちゃん」「言わなくてもわかってくれて当然」って思ってる人って多い。でも自分とほかの人はびっくりするほど違っていることが当たり前だから、同じことを体験しても感じたり考えたりすることは違うのよ。
 だから、自分と意見が違うと、自分が否定されたように感じたり、馬鹿にされてるんじゃないかなんて思っちゃう。
 で、「みんな同じ」がいちばん安全ということで、あたりさわりがないようにやり過ごしていながら、「友達がいない」「親友ができない」なんて悩む。
 ごく普通の生を生きるにおいても、「誰ともわかり合えないものが自分のアイデンティティ」と腹を括って、「わかって欲しい病」にかからないようにしたほうがいいなあと思ったのでした。


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3 コメント

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Unknown (ケイ)
2012-12-18 00:15:09
「わかってくれない」「わかって欲しい⇔どうしてわかってくれないの?」

これってボーダー(境界性人格障害の別名)の匂いがぷんぷんする。

でも向井さんのケースはボーダーのせいじゃなく、
重い病気を抱えてしまったら、どんな人でも心が弱くなってつい、誰かにこの孤独や苦しみを「わかって欲しい」って、頼ったり甘えたくなるのは自然なことだと思いますがー。

が世間には、そういう風にいったり考える、ボーダー予備軍みたいな人たち(主に女性)が少なくない気がします。

「わかって欲しい」はもしかすると、女性特有なもので誰もに思い当たることかもしれないし、最悪の場合はボーダーになりやすいと思います。

『境界性パーソナリティ障害 (幻冬舎新書) 岡田尊司著』、実例を使ってとてもわかりやすく説明してて、心からお勧めです。

それから下のサイトでは、この本の中身を要約して書いてくれてます。
http://心理学.biz/archives/182

長々ごめんなさいm(_ _)m
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間違えた。 (ケイ)
2012-12-18 00:29:01
たびたびごめんなさい。

上の言葉は向井さんという方ではなくて、「木村さん」のものでしたね。
訂正です^^;

それから「わかって欲しい」という想いの裏に、孤独を嫌うさみしさがあるのなら、人に嫌わない程度なら(笑)、そういう甘えかたもありと思います。

極論ですけど、孤独(さみしさ)を感じなくなって、それで誰かと一緒に行動したい気持ちがなくなったら、助け合ったり喜びを共有する機会も減り、バラバラになってしまうような気が。。

さみしくて人恋しい気持ちになることが、お互いにくっついて生きていくことのきっかけや動機になってる関係も少なくない気がしまふ。

持ちつ持たれつ。
人づきあいを円満にしたり関係を深めていくには、「甘え」っていう多少の色気(お互いに迷惑かけあう行為? 笑)もありなんじゃないかと私は思いま~す。
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ありがとう (たら)
2012-12-19 16:02:16
けいちゃん、コメントをありがとうございます。

「過剰」はいかんのよ。
ケイちゃんの言うように、ほどほどでいきたいね。
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