中浦和“ふうるふうる”のたらです。
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“憲法と社会問題を考えるオピニオンウェブマガジン”「マガジン9」に掲載された谷口さんへのインタビューをほんのちょっと抜粋します。
実は、こういう場を立ち上げたのには、私たち女性の側の自戒の念もあったんですよ。これだけ男性中心の「オッサン政治」の世の中になってしまったのは、もちろん彼らだけが悪いわけじゃない。おばちゃんも「私ら難しいことわからへん」とオッサンに任せきりにしてきたことに対しては反省しないとあかんと思うんです。
だから、「おばちゃんの"底上げ"がしたい」というのもおばちゃん党の狙いの一つなんですね。知識的な底上げもそうやし、議論の仕方とかもそう。「なんで私、書き込んでもあんまり『いいね!』してもらわれへんねんやろ」とか考えるだけでも、いろんな気づきがあると思います。
今までのフェミニズムとかジェンダーとかを掲げた運動は、あまりにも一部のエリート、そしてキャリア女性のための運動であったなあ、という気がするんですね。それ以外の女性たちにはその概念が伝わらなくて、むしろ敵対するような感じさえあった。その女性同士の対立構造の陰で、ほくそ笑んでるのはやっぱりオッサン、というばかばかしい状況があったわけです。
もちろん、そういう「エリートの運動」の形が必要だった時代もあったと思うんですが、これから先はやっぱりそうではなくて、「フツーの女性」の問題、という方向に持っていけたらいいなという思いがあって。あえてフツーの女性=「おばちゃん」を自称するのは、そういう理由もあります。
(でも、「おばちゃん」という言葉に抵抗のある人もいませんか。)
そこはやっぱり、オッサンの「ロリコン文化」に汚染されてますよね(笑)。「女性は若くなければ価値はない」とか、かつてならクリスマスケーキ、今は年越し蕎麦とか、平気で言ったりするわけじゃないですか。
でも、考えてみたらなんで、単に中年女性を表す言葉である「おばちゃん」を名乗ることが、恥ずかしいことになってしまうのか。なんで目尻にできた皺が、自分の人生の豊かさやと思えないのか。女性たちも「マダム」と呼ばれるなら抵抗がないとか言いますが、フランス語のマダムは「おばちゃん」でしょう。それ以外の日本語訳は思いつかない(笑)。
私は「3歳からおばちゃんでした」ってよく言うんですけど(笑)、年を若く言いたいとか思ったことは1回もないです。「女性に年を聞くなんて失礼ですよね」と言われたりもするけど、なんで失礼なのか全然わからない。
家事――家の中をマネジメントするって、ありとあらゆる職種をこなせないとやれないことなんです。それを担っている多くの女性――というかおばちゃんを軽んじて見ること自体がおかしいと思いますね。
結局、女性が生きづらい社会というのは、社会全体が行き詰まっているということでもあるんですよね。だから、本来的には「女性」というカテゴリにこだわるのでもなく、私らがみんな楽しく毎日、仲良く暮らしていける社会にどうしたらしていけるのかを考えたい。「おばちゃん」というネーミングはそこを包括できるものでもあるのかな、と。「党員」は今のところ女性のみですが、おばちゃんマインドを持った男性には、「オッサン」ではなく「おっちゃん」として党の「サポーター」になってもらっているんですよ(おっちゃんサポーターサイト)。
3年後に大阪で「全世界おばちゃんサミット」を開こうと思っていて。そのときはヒラリー・クリントンにもぜひ来てもらおう、という話を仲間としています。もともと、おばちゃん党を立ち上げたときも、海外メディアからの取材がかなり多かったんですよ。そうやって世界的な認知度を高めて、いつか英語の辞書に、「MOTTAINAI」と同じように「OBACHAN」を載せたい、と言っているところです(笑)。
「全日本おばちゃん党」は、「シャレと勢いが良いところである全日本おばちゃん党。これからも楽しくやってまいります!」と“今からすぐしよ「10のこと」”も掲げています。
●今からすぐしよ「10のこと」
1.ながら仕事大切
2.いらっときたら共有
3.うちの子もよその子も戦争に出さん!
4.息子をおっさんにしない
5.後進を大切に
6.「おばちゃん」を増やす
7.自分を下げてもひとをバカにしない
8.マダムを「おばちゃん」と呼ぶのだ
9.おせっかいは大切に
10.私のことは政治のこと…だから考える!
私には、3、4、5、10が特に大切に思えるなあ。
ユーモアとおもしろがり精神って大切だぁ。![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hiyob_en.gif)