ふうるふうる・たらのあんなことこんなこと

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胸を揺さぶられた記事

2005-11-21 23:01:50 | 本や言葉の紹介
 朝日新聞11月15日夕刊の「心の風景」で、作家の小檜山博さんが書かれたエッセイです。これを読んだとき、涙があふれました。このような慈悲、慈愛が自分にあるだろうかと反省……。


 ぼくは実家から遠く離れた高校へ入り、寮生活をしていた。朝晩は小丼一つきりの少ない飯と昼は牛乳一本とコッペパン一個だけで、僕らは腹がへって気が狂いそうだった。
 カネもなかった。それで僕ら六十八人の寮生は夏から秋の夜中、近くの農家へ忍んで行っては、カボチャやトウモロコシやジャガイモを盗んできて食べた。飢えた僕らは農家のつらさなどまったく考えず、毎年毎年盗みつづけて腹を満たした。
 それから四十九年がたち、ぼくは小説を書く人間になっていた。ある日、小都市での講演が終わったあと二十人ほどの会食に招かれた。その席にいた六十二歳の女性が、ぼくがいた高校の寮の近くの農家の娘で、当時中学二年生だったと言った。ぼくはびっくりして息が詰まった。
 彼女はゆったりした笑みを浮かべると「当時、父は作物を盗むのが寮生だと知って、ある日、校長や舎監のところに怒鳴り込むため出掛けようとしたとき、母がとめたんです。父ちゃん、あの子たち腹をすかせてるんだから盗まれてもいいように、もっとたくさん作ったらいいでしょと言ったんです。そして父母は次の年から作物を多く作り出したんです」と言った。
 彼女の話を聞き終え、ぼくは天をあおいで呻いた。なんということだ、と声になった。四十九年前、あの農家はぼくらが盗むぶんまで作ってくれていたのだ。