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安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

公共交通と原発を中心に社会を幅広く考える。連帯を求めて孤立を恐れず、理想に近づくため毎日をより良く生きる。

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こんなにおかしい!ニッポンの鉄道政策
私たちは根室線をなくしてはならないと考えます
国は今こそ貨物列車迂回対策を!

2022年 新年目標について

2022-01-31 21:27:53 | 日記
1月は行く、2月は逃げる、3月は去るの例え通り、気がつけば1月も今日で終わり。2022年の新年目標をまだ発表していない。発表しなければ……と思いながらこの日を迎えた。

今年は新年早々、神恵内村長選への知人の立候補や甲状腺がん患者6人の東電提訴という当ブログ的には大ニュースが続き、原子力ムラとの全面戦争となりそうな気配が強まっている。個人的目標どころではないのが正直なところだ。

元日夜から2日にかけての初夢についてはすでに書いた。夢判断としては善悪両面があり、精神状態も一時期ほど悪くはないものの、依然として良いわけでもない。

ここまでずれ込んだのは、コロナ禍で先行き不透明のため、何を目標にすべきか考えが定まらなかったからである。そのような状態のまま、すでに適切な時期を逸してしまったとの思いも持っている。

残念だが今年も無理せず、新年目標は発表しないことにする。「目標なし」はこれで3年連続となり、人生としても漂流している感覚が強いが、コロナ禍という特殊事情だ。割り切り、自分の持ち場である公共交通問題、原子力問題を徹底的にやり切る1年にするしかないと思っている。

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またも、新年早々「夢」の話

2022-01-09 23:44:07 | 日記
例年、成人の日が絡んだ新年最初の3連休であるこの時期には、新年目標を発表するのが当ブログの恒例行事となっている。今年もそろそろ発表する時期と思うが、実は、新年早々、普段あまり見ない「夢」をまた見てしまった。それも元日夜から1月2日の朝にかけて。通常なら「初夢」と言われる日である。

昔から、一富士、二鷹、三茄子などといわれ、縁起がいい初夢の代表格とされるが、当ブログ管理人は幼少期からそんな縁起のいい夢なんてただの一度も見たことがない。

もしかすると、新年目標と関わることになるかもしれないので、記憶が鮮明なうちに、見た夢の内容を書き起こすとともに、夢判断サイトを参考にしながら、この夢に対し、自分なりの解釈を加えておきたいと考える。

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<以下、元日夜から1月2日の朝にかけて見た夢の内容>

バスに乗って険しく、曲がりくねった山道を、やや飛ばし気味に上っている。車内は立客が出るほど混んでいるわけでもなければ、空気を運んでいるだけというほど空いているわけでもなく、ほどよい混み具合だが、自分としてはやや少なく感じている。前方には私の知っている仲間たちがいて、運転手と談笑しながら和やかな雰囲気。窓の外を見ると、朝か夕方という感じであまり明るくはない。どこに向かっているかわからないが、前方の乗客が和やかな雰囲気なので、不思議に不安はあまり感じない。乗っているのは高速バスではなく一般路線バスだが、乗降客はもうかなり長い時間なく、同じ顔ぶれのまま走行を続けているように見えた。

前方の誰かが「おい、こんな調子で本当に着くのかよ」と運転手に言う。運転手が走りながら一瞬、客室のほうに振り向いたので、見ると女性。「私を誰だと思っているの」と彼女が言うと、文句を言った仲間とおぼしき男性客は「頼むぜ」と言い、それ以上は何も言わなかった。

運転手になっていた女性は、実名はあえて伏せるが政府与党に対し、批判的なスタンスをはっきり打ち出して著述活動をしている作家兼評論家の方で、ファンにもアンチにも広く知られた存在である。バッシングも日常的に受けているが、無教養で下品なヤフコメ民のバッシングごときでその社会的評価が揺らぐことはないだろうという程度には、実績を残した方である。

ちなみに私自身はその人と面識はない。夢の中では「○○(その人の実名)さん、何であなたが運転してるんですか?」と尋ねたが、彼女はその質問には答えなかった。

私自身は前方の仲間たちと少し離れ、かといって一番後ろの席でもなく、真ん中よりやや後ろ付近の席に座っていたが、顔のわからない、知らない乗客が何か言ったので、自分の席から立ちあがり、その人のところに行って何か話しかけているところで、夢が終わった。途中、事故やトラブルはなかったが、悪路なのに飛ばしているため、バスはかなり揺れている印象があった。
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元日の夜から2日朝にかけて見た夢の概要はこんな感じである。

正直、放っておくことも考えたのだが、初夢の日でもあり、今年1年の私を何らかの形でテレパシー的に表現するものかもしれないと思ったので、夢判断サイトをいくつか回ってみた。

その結果、バスは生活に身近で日常的な公共交通機関なので、夢に見るケースは割合多いとのこと。目的や方向が同じ人たちが乗り合わせ、あらかじめ決められた時刻に従って運行されるものなので、バスに乗っている自分に関する夢は、ある一定の規律・ルール・方向性を共有している組織・集団の中での自分の役割や位置を表すものであるという点で、ほぼすべてのサイトの評価が一致していた。

ちなみに、ほぼすべてのサイトの評価が一致していた他の点を挙げておくと、運転手は集団のリーダーを、前方の席にいる人たちはリーダーの秘書や補佐役などリーダーに近い立場の人を、最後列の席に座る人は組織・集団の全体を見渡す立場にいる人を、それぞれ表現しているという。

私が見た夢は何を意味しているのだろうか。私自身は運転手ではないためリーダーではない。前方の席に座っているわけではないため秘書や補佐役(役員や執行部)などリーダーに近い立場にもなく、そことの間にも距離感がある。かといって最後部にも座っておらず、集団全体を見渡す立場になるのももう少し先のように思われる。

これらのどの席にも座っていないということは、私はまだ集団の中では一兵卒に過ぎないようにみえる。とはいえ、真ん中より後ろの席にいたということは、役員や執行部よりも「集団全体を見渡す立場」のほうにより近く、手が届きそうだという暗示的意味はあるかもしれない。顔の見えない乗客に対し、私がわざわざバスが揺れる中、座っていた席から立ち上がってまで何か話しかけているのは、新しく仲間に加わった人を説得しているように解釈できるかもしれない。

バスは険しい山道を、やや飛ばし気味に登っている。これに関しては、山道は先行きの困難さや目標の大きさを、上り坂/下り坂はそのままこの先(バスは近距離を走る交通機関なので、これが現れた場合は比較的短期スパン)の運気の上昇/下降を、飛ばしているのは目的地に向け急いでいることをそれぞれ表す。乗客数の多い/少ないはそのまま仲間の多寡を意味し、また車内の雰囲気が明るいか暗いかはそのまま自分の進んでいる道が正しいか間違っているかを示している、という点でもほとんどの夢判断サイトの見解が一致していた。

ちなみに、私が関わっている組織・集団で、女性がリーダーを務めているのは「福島原発告訴団」以外にない。もし、運転手が女性であることが重要な暗示的意味を持つとすれば、自分が関わっている東京電力旧経営陣の刑事訴訟と、反原発運動の今後の行方を示す夢なのかもしれない。

とりあえず、そういう方向の夢であるとして、夢判断サイトで得た判断に、夢判断サイトが示していない部分に関する自分なりの独自評価を加えた結果、当ブログ管理人はこの夢の意味を次のように解釈する。

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私が関わっている反原発運動は険しい道に直面し、脱原発の実現という目的地に到着するため先を急いでいる。いつになったら終点に着くのかわからないバスに揺られ続けることに疲れて、途中で下車する人も多く、乗客はずいぶん少なくなった。今も乗車を続けているのは、いつ終点に着くかわからなくても、降りてはならないのだという固い信念を抱いた人たちである。今後も少数派の立場は変えられそうにないが、自分と仲間が進んでいるのは、険しくても正しい道である。

リーダーは女性だが自信と実力を兼ね備え、仲間からの信頼は厚い。一方、私自身はリーダーや執行部と面識があり信頼はしているが、同時に距離感もある。リーダーになるよりも、むしろ原発問題に関する幅広い経験と知識を備え、どんな状況の仲間にも適切な助言ができる位置に、ゆっくり近づいている。

途中から乗ってきた知らない乗客の中には、このバスに今後も乗ったままでいいのか不安を感じる人がいるが、長い経験を積み、知識も蓄えてきた自分には、そうした乗客に対し、このままこのバスに乗り続けるよう説得するという重要な役割があることを自覚しており、人知れずそれを実行している。ただし、立場はあくまで一兵卒であり、経験と知識以外に頼れるものはない。

自分が疑うことなく、長い間乗っている「脱原発」行きのバスは、いずれ目的地に着くと信じており、今後も乗り続けることが正しい道だと考えている。山道を登っていることから、とりあえず脱原発という大目標に向かって進んではいるが、悪路であることから道のりはスムーズではなく、また目的地に到着するシーンは登場しなかったため、バスが目的地に到着できるかどうかは、この夢からは判断できない。
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今の自分が置かれた立場と合わせながら、この夢を判断していくと、こんな感じだろうか。反原発の立場からこのブログをもう10年以上書き続けられるほど知識量を持っているとの自負はある。その一方で、私は今、どこの反/脱原発運動団体でも役員などの指導的立場は一切務めていない。そのことを告げると、講演会に呼んでくれる運動団体の人から逆に驚かれることがあるが、紛れもない事実である。

だが、役員や指導的立場でなければ社会運動に関われないということではない。一兵卒の立場でもできることはたくさんあり、ブログを書くことや、新しく入ってきた人を励ます役割などはそうしたことのひとつである。私が見た初夢は、当面、自分の今の立ち位置に基本的な変化がないことを示すものといえるだろう。

今回の夢を見終わった後、不安はほとんど感じなかった。2年前の新年早々に見た絶望的な夢に比べれば、今回は少ないながらも信頼できる仲間がいるだけはるかに良い中身といえる。当ブログ管理人の精神状態は2年前よりは安定しており、自分の本業に関してはほとんど心配はしていない。

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管理人より新年のご挨拶を申し上げます

2022-01-01 11:23:33 | 日記
元日も昼前になりましたが、安全問題研究会より新年のご挨拶を申し上げます。

2022年は、1872(明治5)年に日本初の鉄道が新橋(現在の汐留付近)~横浜間で開業して150年の節目を迎えます。しかし、近年の災害多発を受け、地方を中心にもともと衰退の一途をたどっていた鉄道は、新型コロナ禍による打撃で満身創痍状態です。節目を喜ぶ状況とはほど遠いのが実態です。

こうしたことを背景に、海外では鉄道の運営形態を見直す動きが広がっています。英国ではサッチャー政権時代に分割・民営化された国鉄が、2000年のハットフィールド脱線事故後、線路の保有・維持管理部分のみを国営ネットワークレイル社に戻す「上下分離・『下』部分の再国有化」が行われました。

2021年の10大ニュース10位で取り上げましたが、今回のコロナ禍を受けて、上下分離の『上』部分、すなわち列車の運行についても国営に戻すとともに、1970年代に「赤字」を理由に廃止した地方鉄道を復活させることを、英国政府は昨年決定しました。

<参考記事>
●「脱炭素」「コロナ対策」で鉄道復権、英国が廃線復活へ(「オルタナ」2021.1.30付け)
●コロナ禍を経て「再国営化」に向かう英鉄道の事情 複雑な「フランチャイズ制度」見直し一元化へ(「東洋経済オンライン」2021.6.19付け)

こうした世界の動きから、ここでも日本だけが大きく取り残されています。さらに驚かされるのは、この大きな政策転換を主導したのが労働党政権ではなく、国鉄民営化を主導してきた保守党政権であるという事実です。日本でも、過去に固執することなく、みずから民営化を決定した自民党政権「だからこそ」再国有化への政策転換を主導してほしいと当研究会は考えます。

岸田政権発足後、森昌文・元国土交通事務次官が首相補佐官を務めています。森氏は、国土交通次官時代の2018年、「文春オンライン」上で次のように語っています(該当記事)。

『(JR北海道問題で)いちばん大事なのは、公共交通って何なのかということだと思うんです。“公共”交通というからには、どこまでいってもプライベートではなくてパブリックなんですよ。でも、現状ではパブリックをどこまで支えていくのか、その視点での議論が充分されているとは言い難い。世界的に見れば、公共交通は国あるいは自治体がサポートして生き残らせていくものというのが当たり前。その点、日本ではどうしても採算が重視されます。海外の政策担当者に、こうした日本の実情を話すとみなさん不思議そうにします。「だってパブリックだろ?」って。』

『道路に税金を使って鉄道には使わない。それはおかしいと思いますよ。そもそも道路と鉄道、どっちを取るのかみたいな議論自体が違うんじゃないか。交通手段としても車と鉄道の二択じゃないでしょう。役割が違うんだから、棲み分けが成り立つはずなんです。』

『実際に上下分離を採用しているケースもちらほら出てきていますし、JR北海道にしても「上」の部分は観光列車に特化するとか、あるいはJR北海道に代わる運営母体が使用することだって考えられます。ただ大きな趨勢ではまだないので、大々的な規模でできるかどうかという議論も必要です。ただ、大前提にあるのは「公共交通とはなんぞや」という議論ですから、いよいよこの問題を国として詰めなければならないのではと考えています。』

鉄道開業150年を迎える今年は、良くも悪くも多くの注目が鉄道界に集まると思います。ここで、長年続いた新自由主義的鉄道政策~「商売としての鉄道」から公共交通としての鉄道~「公共の福祉のために走る鉄道」への再転換ができるかどうかが今後100年の鉄道の行方を決めることになるでしょう。2022年をそのための転換の年にすることが、当研究会の最大の目標となります。

今年もよろしくお願いします。

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【年末ご挨拶】今年も1年、お世話になりました

2021-12-31 19:21:39 | 日記
鉄道全線完乗実績まとめ、10大ニュースの発表も終わり、ようやく年末という気分になってきました。

2021年もあと5時間足らずになりましたので、少し早いですが、ここで年末のご挨拶を申し上げます。2021年が当研究会にとってどのような年だったかに関しては、10大ニュースの末尾で述べていますので繰り返しませんが、充実した1年であったことは確かです。

なお、昨年に引き続き、コロナ禍で新年を祝う気分にはとてもなれず、結局、年賀状を書きそびれました。年賀状が欠礼となりますことをご容赦ください。テレワークの拡大などの影響で、企業でも年賀状を取りやめる動きが拡大しています。これを機会に今後の年賀状の扱いを再検討したいとも考えています。

間もなく新しい年となります。みなさま、よいお年をお迎えください。

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2021年、別れと決意の秋のようで……

2021-10-04 23:13:54 | 日記
読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋。秋にはいろいろな修飾語が施される。それだけ何をするにもいい季節ということなのだが、2021年、当ブログ管理人にとっては思いがけない「別れの秋」となってしまったようだ。

すでに、当ブログの2大メインテーマである公共交通や原子力分野で、自分にとって身近な存在だった組織に奉職していた人(元国労本部書記)や家族以上に関係の深かった人(「やいちゃん」こと人見やよいさん)との別れが続いた。そのせいか最近は比較的問題なく推移してきた管理人の精神状態はまた落ち込んでおり、睡眠導入剤を2倍にして服用している(医師からは「眠れないなら2倍までにはしても良い」と言われている)。

そして、大切な「人」以外のことに関しても、この秋は今まで惰性でだらだらと続けてきたいろいろなものを見直し、不要と判定したものとは別れを告げている。

1.みずほ銀行との別れ

就職した年に開設し、さまざま使い倒してきたみずほ銀行の口座の使用をやめることにした。きっかけは言うまでもなく、今年に入ってからだけで8回も起きたシステムトラブルだ。

1994年(平成6年)4月、私は1年の就職浪人を経験した後、今の職場に拾ってもらった。その際、なぜか「給与は郵便局への振込でいいけれど、それ以外(出張旅費など)の経費精算に郵便局は使えないので、郵便局以外に口座を何か作ってほしい」と経理担当に言われた。全国に支所・出張所のある職場で全国転勤になることは就職段階でわかっていたので、転勤のたびに切り替えを繰り返さなければならない地方金融機関の口座では面倒と思ったのと、職場から徒歩圏内に支店を置いている唯一の大手都市銀行が富士銀行だから選んだに過ぎない。そういう経緯もあって私のキャッシュカードはいまだに富士銀行のままである。「今だったらキャンペーン期間中なので、ヒロ・ヤマガタさんの限定デザインのカードにできますよ」と行員に勧められ、何でもよかったので適当にそれにしてもらったことを覚えている。

旧富士時代は立派な銀行だったのに、おかしくなったのはやはり第一勧業銀行、日本興業銀行との3行合併でみずほとなってからだ。富士と興銀が名目上は「解散」し、第一勧銀が存続するという形になった。第一勧銀を存続会社としたのは、この銀行が大蔵省(当時)から宝くじの発行委託を受けていて、その権利を手放したくなかったからだろう。第一勧銀自身も元は第一銀行と日本勧業銀行が合併してできた銀行で、合併前の第一銀行はあの渋沢栄一が設立した。由緒ある銀行なのである。

このときに「第一勧銀さんは他の2行とは違う、特別の由緒ある歴史と宝くじの発行権をお持ちですから」と他の2行が譲歩して、システムも第一勧銀のものに一本化しておけば今日の事態にはならなかった。しかし3行それぞれが「一本化はしましょう、ただしうちのシステムは残してね」という姿勢でどこも譲歩しなかったため、旧3行のシステムをそのまま接続するという最もやってはならない「悪手」を使ってしまう。みずほの悪夢はこれが原因で始まったのである。

合併から19年も経った2019年になって、みずほ銀行は「MINORI」という新システムにようやく移行した。旧システムを稼働させながら、5千億円という巨費を投じて改修したシステムだ。当ブログ管理人はこのとき、旧3行のシステムを廃棄して、まったく新しいシステム「MINORI」に旧3行が統合されるものと思っていたが、どうやらそれは壮大な思い違いだったようだ。巷間、漏れ聞くところによると「MINORI」も結局、旧3行のつぎはぎシステムという根幹部分には手を付けられなかったらしい。移行直前の半年は3連休のたびにメンテナンスでATMが止まるという大改修までしながら、あの苦労は何だったのか。

私も、ネットワークやシステムに関する知識は「一般人より少し詳しい程度」でしかないが、それでもネットワークの最大の弱点が接続部分にあることくらいは理解している。例えば、自宅のWi-Fiが突然つながらなくなったら、NTTの外部回線と自宅内LANの接続部分であるルーターをまず疑うべきであることは常識だろう。異なるシステム、異なるネットワーク同士の接続部分という「弱点」をできる限り少なくすることがシステムと通信の安定に不可欠なことくらい、素人でもわかる。それなのに、お金をもらってシステムやネットワーク構築に携わっているシステム技術者が、「接続部分(=弱点)」の数を直接減らすために最も有効な行為である「一本化」をしないとは、プロが聞いて呆れるというものだ。

もっとも、システムのプロが、素人でもわかるその程度のことがわからないとは思えない。問題は、技術者たちにそのような当たり前のことすら許さない腐った旧3行意識が合併後20年近く経ってもまったく消えていないことだ。今はシステムトラブルとしてしか顕在化していないが、問題のある組織は一事が万事、ほかもすべてこんな状態だから、いずれシステム以外の部分でも組織の悪弊が問題として噴出してくるだろう。

今回、金融庁はみずほに対し、システムトラブルの原因究明とその対策の報告を求めたが、結局みずほは期限までに原因究明ができなかった。原因がわからなければ対策もできないから、システムトラブルは今後もことあるごとに続くとみなければならないだろう。金融庁は、みずほのシステムを直接国の管理下に置く意向を表明しているが、事がシステムだけで終わる保障はない。むしろシステムは金融庁による介入の「端緒」に過ぎず、いずれ業務運営全般に及んでくるだろう。福島第1原発で大事故を起こし、半国有化状態となった東京電力のように、事故やトラブルに乗じて「統治能力なし」とみなした企業に政府が介入する典型的なケースである。

当ブログ管理人が、みずほからの預金引き揚げをこのタイミングで決めたのは、金融庁の動きを見てまずいと思ったからである。システムがトラブルで飛んでしまっても、預金通帳に残高が記録されていればそれは権利の証明になり、預金は保護されるだろう。焦って預金を引き出す必要までは現状ではないと思う。だが、業務を全面管理下に置いた後、システムトラブルを口実に金融庁がみずほの預金の凍結(自由な出し入れを禁止)などの措置に出てくる可能性がゼロではないとみたからである。もちろんその可能性は現状では低いし、口座が凍結されても権利は残るであろうから心配ないが、使いたいときに自由に使えなくなるような金融機関では意味がないと考え、引き揚げを決めたのである。

行き先は、郵便局でも良かったが、色々考えた末、地元の農協に口座を作ってそこに移した。農協は、意外と思われるかもしれないが組合員でなくても口座を持つことができる。員外利用と呼ばれるものだが、今の農協は員外利用が組合員の利用を上回るまでになっている。地域の弱小農協が経営破綻しても、農協貯金は大部分が都道府県信連に、さらに農林中金に預けられ、全国の農協が互いに助け合うシステムになっている。農水産業協同組合貯金保険法という法律もあり、ここに定める範囲で貯金はちゃんと保護される。

みずほ銀行の口座残高は完全にゼロにしてしまった。自分たちのシステムの全容も、それゆえにトラブルの原因も特定できない金融機関に未来があるとはとても思えない。みずほとはこれが永遠の別れになると思う。

当ブログ管理人が口座を開設しているのは郵便局のほか、労働金庫、農協だけになった。主務官庁が金融庁でない金融機関ばかりである(郵便局は総務省、労金は厚労省、農協は農水省が主務官庁)。ついでに言うと、労働金庫もATMは全国で一本化されている上、労働組合員はATM手数料を払わされても、後で戻ってくるという特典もある。手数料実質無料なので、「組合費だけ取られて相談にも乗ってくれない」とお嘆きの向きは、せめて組合員としてのメリットを労金口座開設という形で活かしてみる手もなくはない。

2.北海道新聞との別れ

そして、転勤で北海道に引っ越してきてから、1日も欠かすことなく購読し続けてきた北海道新聞をやめた。最近の記事の急速な質の低下に失望したからだ。

特に、10月1日付の記事には失望を通り越し、怒りを感じた。福島の甲状腺がんと原発事故との因果関係を否定するだけならまだしも、がん発生率の増加は「過剰診断」が原因だという。実際には甲状腺がんの悪化が原因で手術をしなければならないケースが何例もあり、そのことが原因で清水一雄・福島県民健康調査検討委・甲状腺評価部会長が辞任する騒動まで過去には起きた。それでは記事を執筆した関口裕士記者に聞きたいが、見つける必要もないがんを過剰診断で多く見つけただけだと言うなら、彼らはなぜ手術をしたのか。よもや「そんな手術は必要なかったのに、彼らが誤診して勝手に手術しただけだ」というなら、医師法違反でなぜ彼らを訴えないのか。手術が必要だから執刀したのであり、手術が必要ながんを見つけたのが検査なのであれば、それは過剰検査ではない。関口くん、キミの言っていることは矛盾だらけであり、ふざけているだけである。

関口記者には以前、取材を受け名刺交換したことがある。個人携帯に電話して抗議したが「他のがんと甲状腺がんは違う」「必要のない検査、手術を受け首に一生の痕がつく不幸のほうが福島の子どもにとって良くないのだ」の一点張りで行く耳を持たない。その発言を聞いた瞬間、頭の中からブチッと言う音が聞こえ、「関口、お前、ふざけてんのか!」と電話口で怒鳴りつけた。

それどころか「あなたたちがそういう主張をするからかえって脱原発から遠ざかるんだ」というよもやの「脱原発運動敵視」発言まで飛び出した。電通の手先・開沼博と同じく「反・反原発」ヒーローとしての自分にコイツは酔っているんだろう。

「ああわかったよ、もういい。関口、お前は敵だ。徹底的に打倒し、潰してやるからな!」とお前呼ばわりで関口打倒を宣言し電話を終えた。実は、関口との会話の内容にかかわらず、北海道新聞の購読を打ち切ろうかという考えはオリパラの頃からあって、この間ずっと迷っていた。札幌が東京五輪のマラソン会場となったせいか、全国の地方紙で唯一、公式スポンサーになるほど堕落し、大会期間中はどこをめくってもオリパラ以外の記事はほとんど載っていなかった。「戦時中も、戦争とオリパラが違うだけでこんな紙面だったんだろうな」と恐怖を抱くほど、オリパラ期間中、それ以外は何も伝えなかった北海道新聞。それでもオリパラが終われば通常モードに戻るかもしれないから10月くらいまで様子を見ようと我慢して耐えてきたが、オリパラによって蹂躙された紙面に元の輝きが戻ってくることはついになかった。それどころか、オリパラ前は毎日のように載っていた寿都町・神恵内村での核のごみ誘致への動きですら、大会後はぱったり載らなくなった。

そろそろ道新のやめ時かな、と決意が固まりかけたタイミングで飛び出したこの記事で決意は完全に固まった。販売店にはすでに解約の電話をしてから関口との最後の闘いに臨んだ。関口との電話の後だと冷静さを保っていられるかわからず、何の罪もない販売店の人に八つ当たりして迷惑をかけてしまうかもしれないと思ったからだ。自慢ではないが、50年も生きていると、自分のことは自分が一番よく知っている。販売店に先に電話をしておいてから、関口との最後の闘いに臨むと決めた自分の考えが正しかったと、このとき思った。

北海道新聞の購読をやめた後、何に切り替えるかはかなり悩んだ。朝日、毎日は原発に関しては割といい報道を続けているが、中央の5大紙はすべて東京オリパラの公式スポンサーになっており、そんな新聞に切り替えるのでは道新をやめたことと整合性がつかない。悩んだあげく、これまで日曜版のみ購読していた「しんぶん赤旗」を日刊紙に切り替えることにした。

知り合いの日本共産党員に電話してそれを伝えると「嬉しいですね。今後ともよろしく」と言われた。九州の実家で、同じ町内会に献身的な共産党員がいて、両親が断り切れずに日曜版だけは購読していた時期があり、その存在は子供の頃から知ってはいたが、まさかこうして赤旗の日刊紙まで購読するようになる日が来るとは思わなかった。早速、届いた紙面を読んでみたが、まったく違和感がないことにも驚いた。

正直、公共交通や原発問題で何度も講演会をこなし、鉄道に関しては共著とはいえ自著まで出版するような立場になると、もう情報はあくせく集めに行かなくても各地の住民団体や市民を通じてメールでバンバン入ってくる。ナマの一次情報の提供を受けられる当ブログ管理人にとって、商業媒体が一般市民向けに「薄めた」二次情報なんてすでに必要ではないのである。もう商業新聞は要らないな、なくてもやっていけると確信した。これからしばらくは「赤旗」1本でやってみようと思っている。

半世紀も人生を続けているといろいろな出会い、別れがある。「論語」では50歳は「天命を知る」とされ、知命と呼ばれる。今回の一連の出会い、別れの中で、これが天命だと当ブログ管理人は思い知らされた。もう自分はいわゆる「一般市民」ではないのだろう。良くて「プロ市民」、場合によっては「活動家」と呼ばれても仕方がない位置にいる。初めは公共交通、鉄道に詳しいオタクとして市民運動周辺をうろちょろするだけだった自分が、ついに押し出されてここまで来たということだ。今さら運命に抗っても仕方がないと悟った。残る人生は活動家と自覚して生きることになろう。

この際だから告白してしまうが、当ブログ管理人はマルクス主義者である。鉄道再国有化の立場はこれまでもはっきり表明してきたが、電力、郵便、医療・福祉・介護、金融機関、主要製造業などの重要産業に至るまで社会的所有・経営形態の下に置くべきだと考えている。社会主義経済は資本主義経済より優れた経済体制であり、資本主義が人類を滅ぼす前に世界を救う道があるなら、それは社会主義以外にないと思っている。10月と言えばちょうどロシア革命の月でもある。どうしたら世界変革が実現するのか、今年の秋はじっくり考えてみたい。

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2021年 新年目標について

2021-01-11 16:07:24 | 日記
当ブログでは、毎年、新年から1週間経った頃にその年の新年目標を発表するのが恒例になっている。だが昨年は、精神状態が新年から最悪で目標を立てられる状態になかったから、目標を公表しない異例の年となった。

今年の新年目標についても、昨年末からずっと考えてきたが、新型コロナで首都圏に再び緊急事態宣言が出され、他地域にも拡大しようという流れの中で、目標を立てたとして、それを実行に移せるかは極めて不透明な状態だ。

そういうわけで、今年も昨年に引き続き、目標は公表しないことにする。実現不可能なことを掲げても仕方ないと思うからだ。

40歳を迎えたとき、当ブログで「50歳までには全線完乗達成」を目標としていたように記憶している。だが当ブログ管理人は今年50歳を迎える。10年前に起きた東日本大震災と、昨年の新型コロナのダブルパンチにより、目標はあえなく潰えた。

特に、東日本大震災の影響は大きかった。以下、未達成として残っているJR線を久しぶりに挙げておくが、〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕と付記している路線のうち、吾妻線以外はすべて一度は完乗を達成しながら、震災による線路付け替えで営業キロが変わったため、当ブログのルールにより乗り直しが必要になったものである。吾妻線の線路付け替えは八ッ場ダム工事の影響である。

東海道本線 鶴見~羽沢横浜国大 8.8km 〔新規開業線〕
東北本線 松島~高城町 0.3km 〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕
常磐線 浜吉田~駒ヶ嶺 18.8km 〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕
仙石線 陸前大塚~陸前小野 5.2km 〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕
石巻線 浦宿~女川 2.3km 〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕
中央本線 岡谷~塩尻(みどり湖経由)11.7km
吾妻線 岩島~長野原草津口 11.5km 〔線路付け替えに伴う再乗車対象〕
北陸新幹線 長野~金沢 228.1km
予讃線・内子線 向井原~内子~新谷~伊予大須 34.7km
肥薩線 人吉~隼人 72.4km
吉都線 吉松~都城 61.6km
日南線 南宮崎~志布志 86.9km
指宿枕崎線 鹿児島中央~枕崎 87.8km

合計 14路線・区間 630.1km

こうしてみると、全区間を丸ごと乗っていないという路線は、吉都線、指宿枕崎線の両線でいずれも九州である。指宿枕崎線には、あの西大山駅〔JR全国最南端〕を含んでおり、当ブログ管理人は最北端・最東端・最西端の駅には立ったものの、最南端にはまだ立っていないことになる(ちなみに、軌道線を含む最南端駅である沖縄都市モノレール・赤嶺には2010年に立っており、こちらが先行する形になった)。

九州は最近、災害続きで、早く乗りに行かなければ路線ごとなくなってしまう恐れがある。未乗路線が廃止されることで、乗らなくても完乗達成、という格好悪い結末になることだけは避けたい。最後は必ず、乗って達成したいと思っている。

なお、鉄道乗車以外の目標については、外出しなくても達成可能なものである限り、掲げても問題ないと思われる。そこで2021年の目標として「1ヶ月につき最低1つは政策提案をする」を掲げる。霞ヶ関・永田町の政策立案能力はガタ落ちしていて、人々がコロナで苦しんでいるのに、出てきた政策が「お肉券」(ボツになったが)「アベノマスク」「Go To キャンペーン」では話にならない。こんな連中に任せておいても、もう国民が望む政策など出てこない。

だから当ブログは腹をくくり、某政党ではないが、「対決も解決も」両方目指せる勢力を目指すことにする。日本は政治面ではすでに韓国、台湾に大きく後れを取っており、私の生きている間は政権交代はないと思う。半永久的に自公政権が続くので、こちらから政策提案して自公政権に飲ませる。子育て支援、ジェンダー政策など自公政権では解決が不可能と思われる問題は、仕方がないので政治以外の民間セクターによる改善(解決にはならないが)を目指す。それが、向こう十年くらいの当ブログの基本方針になる。

先日のJR再国有化法案ほど大がかりなものでなくても、月に最低1つ、年間では12の政策提案を行うことを、2021年の目標としたい。

新型コロナについては、なにせ危機管理の苦手な日本のことだ。影響は4~5年は続くであろうし、今回の緊急事態宣言も、1ヶ月やそこらで解除できるとはとても思えず、当ブログ管理人は、5月のGW開けまで続くことになるかもしれないと思っている。

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【2021年元旦】管理人より新年のご挨拶を申し上げます

2021-01-01 10:38:34 | 日記
2021年を迎え、管理人から新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は、新型コロナウィルス感染拡大と、北海道では核のごみ最終処分場への寿都町、神恵内村の応募という予期せぬ出来事に翻弄された1年でした。今年も引き続き、この2大課題への対応が安全問題研究会の中心的活動になると思います。

ローカル線問題をめぐっては、経営が徐々に沈没状態となりつつあるJR北海道にとって、新型コロナがとどめの一撃となりかねません。このまま事態を放置すれば、今年か来年にもJR北海道は経営破綻する可能性があります。昨年末、ぎりぎりになってようやくJR北海道に3年間で1300億円の支援を行うことが決まりましたが、JR北海道を苦境に追い込んでいる原因に対して抜本的な手当てをしないまま、小手先の財政支援をしても単なる延命策にしかなりません。

JR北海道問題に対しては、当研究会は新年早々、大勝負に出ます。場合によっては今後、半世紀の日本の鉄道の運命を決めるほどの大勝負です。形になりましたら、当ブログでは最優先でお知らせします。

新型コロナの勢いは衰えを知りませんが、当ブログ管理人が本業として関わっている家畜の伝染病の分野では、伝染病が蔓延しているときは家畜の移動を制限することで拡大防止を行います。人間も伝染病蔓延防止策は家畜と同じであり、とにかく人の移動を抑えることが重要です。今、少しの我慢をみんなが分け合うことで、夜明けは必ず近づきます。

また、コロナ後は社会体制の見直しについても議論が必要だと思います。コロナが収束しても、日本社会の問題点まですべて元に戻ればいいというものではありませんが、日本社会の既得権益層は私たちが是正すべきと考えている「悪い部分」から利益を受けているため、コロナ収束が見えた段階で「すべてを元通り」にしようと画策するでしょう。コロナ前に闘っていた相手と、同じ課題で再び闘わなければならなくなることを覚悟すべきと思います。

加えて、2021年は福島第1原発事故から10年の節目を迎えます。原発推進勢力は事故の幕引きを狙い、「いつまで騒いでいるのだ」と反原発派に風化キャンペーンを仕掛けてくると思います。しかし、事故が引き起こした問題で解決したものなど1つもありません。問題が解決していないのだから騒ぎ続けなければならないのは当然で、10年目の2021年も当ブログは騒ぎ続けます。

では、今年もよろしくお願いいたします。

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今年1年を振り返って・・・

2020-12-29 17:19:57 | 日記
年の瀬を迎え、例年であればここで鉄道全線完乗達成状況を含めた目標達成度を皆さんにお伝えするのが恒例になっていた。だが、今年はそもそも新年早々から精神状態が良くなかったため、目標そのものを掲げなかった。極めて異例のことではあるが、目標自体、掲げなかったのだから達成状況も当然ながらお伝えすることはできない。異例の年末である。

だが、新型コロナ禍という異常事態が発生し、目標を掲げても達成が困難であったであろうことを考えると、無理せず目標設定を見送った年初の私の判断は、結果的に正しかったのかもしれない。

昨年秋から、何か凶事の発生を予兆するかのようなテレパシー性の強い夢を5回続けて見た直後に、新型コロナ禍が発生した。今にして思えば、あれは予知夢だったと言うほかない。

幸い、「車をなくし、探し回る夢」はこの記事で紹介した今年1月10日が最後で、それ以降、見ていない。新型コロナという異常事態がずっと続いてきたので皆さんにはお伝えできずじまいだったが、当ブログ管理人は結局、「詰んでしまった」札幌の職場から、千歳市内の別の職場へ4月1日付で異動となった。2007年から続いてきた出向がついに解除になり、「古巣」へ実に13年ぶりの里帰りだ。慣れた職場で「ホーム感」もあり、懐かしい気がした。かつての仲間も温かく迎えてくれた。コロナ禍という異常事態を乗り切れたのは、この環境変化を抜きにしては考えられない。

6月には職場から近い千歳市内に転居もした。悪い流れを振り払いたい気持ちもあったが、最大の理由は、コロナ禍が長期化しそうな予感もする中で、毎日、札幌から千歳まで30分以上も電車に乗り続ける通勤スタイルを避けたかったからである。

コロナ禍で、テレワークなどのリモートワーク化が進み、一時は過密化しすぎた東京から地方への人口流出の流れが起きるのではないかと言われたが、大きな流れにはならなかった。いわゆる「現場系」の仕事(最近はあまり聞かなくなったが少し前までは「ガテン系」という言い方もされた)、最も打撃を受けた接客・飲食・観光などの仕事は「その場所にいてナンボ」の世界なのでそもそもリモートワークなど不可能だ。リモートワークでいい思いをしているのは結局、エッセンシャル・ワーク(生活必需産業における労働)という単語とともに、その反対語として使われるようになったブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)に従事している特権的階級だけで、エッセンシャル・ワーカーたちはリモートワークの恩恵など受けられないのである。

それだけに、長時間の電車通勤を避ける動きとしての「東京脱出」を実現できたのはブルシット・ジョブに従事している人だけで、エッセンシャル・ワーカーたちの間では、逆に職場に近い場所に転居することで長時間通勤を避ける動きが強まった。結果として東京から離れる動きが顕在化した一方、都心近くに転居する動きもまた顕在化したのである。今思えば、当ブログ管理人が長時間通勤を避けるために職場近くに転居したのも自然の成り行きであり、逆に言えばエッセンシャル・ワーカーとしての自分の立ち位置をはっきりさせる出来事だったような気がする。

そんなこんなで、異例ずくめだった2020年もまもなく終わる。こんな年、回顧するどころか2020年自体をなかったことにしたい人のほうが圧倒的だろう。だが今年のような異常時にこそ人としての真価が問われる。危機管理の下手さにおいては世界でも他の追随を許さない日本人だから、コロナ禍は来年も(そして、おそらくは再来年も)続くだろう。個人的利益より社会全体の利益を優先して行動できるかどうかが問われている。

国や自治体からの自粛要請に従わず、観光だ宴会だと騒いでいる連中に「警告」しておかなければならないが、経済学の世界では公衆衛生は防衛、警察、消防、道路などと同じく「純粋公共財」とされる。自分が使っても他の人の取り分が減るわけではない代わりに、維持コストを負担しなければ全体が劣化していき、崩壊する。例えば、10軒の家のうち9軒がきちんと火の始末をしていても、残り1軒が火の管理に無頓着であれば、そこから出火し、10軒全体が焼けてしまうのと同じだ。このような性質を「共同消費性」と呼び、共同消費性を持つ財を経済学では公共財と呼ぶ。そして、公共財は消費財と違い、劣化が「使えば減る」という形で明確に目に見えないため、どうしても「維持コストは払いたくない、しかし恩恵だけは受けたい」というフリーライダー(いわゆる「ただ乗り者」)を生んでしまう。そして、フリーライダーが使用することによる劣化分を、他の人が負担する維持コストでまかなうことができなくなったとき、公共財は一気に全体が崩壊するのである。

公衆衛生も公共財だからこの理論が当てはまる。医療・介護従事者、自粛に応じている人が、休日の行楽やレジャーも、やりたいことも、感染拡大を防止するために我慢して必死に耐えることで「公衆衛生」という公共財の維持コストを払っている。その横では「自粛なんてクソ食らえ、自分だけは大丈夫」と考え、遊びまくる愚か者たちがコストを負担せず公衆衛生という公共財に「フリーライド」している。フリーライダーたちを抑え、彼らにも公衆衛生のコストを支払わせるべきだ。

当ブログは、損得勘定だけで物事を判断し自分のことしか考えない「新自由主義者」が右翼よりも大嫌いである(少なくとも、「国家」「天皇」など自分を犠牲にしてまで忠誠を誓う対象を持っているだけ新自由主義者よりは右翼のほうがマシだと考えている)。この期に及んでも自粛要請の持つ意味を理解せず、「自分だけは大丈夫」とばかりに観光だ宴会だと遊び呆ける連中に対して、当ブログは今年途中から掲げているスローガン「新自由主義に死を!」に従って行動することになるので、覚悟してもらいたい。

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新しい年を迎えても、精神状態はよくないようで……

2020-01-11 11:48:54 | 日記
昨年秋くらいから何度も繰り返し見ている夢がある。ずばり「自分の車を見失い、探している夢」だ。

出てくる光景は少しずつ違っている。車で出かけた後(運転しているシーンは不思議と出てこない)、用事のある先に行き、帰ろうとするとどこに停めたか思い出せない。そこはショッピングセンターの地下駐車場だったり、高架下の駐車場だったり、オフィスビルの隣にある狭いコインパーキングだったりと様々だが、薄暗い印象の場所だという共通点がある。そこで停めた場所がわからなくなり、自分の車を探し回るのだ。駐車場の場所自体が思い出せなくなり、何キロも歩き回る、というシーンも一度見えた。

そして共通しているのは、「車が発見できたことは一度もない」ということだ。探し回ってはみるものの、結局見つからないまま、どうしようと思ったところでいつも目が覚める。

昨年の秋くらいから立て続けに似たような形で2回、夢に見た。さすがに2回続けては偶然だろうと思っていたが、その後もしつこく似たような夢を見る。ショッピングセンターの地下駐車場、高架下の駐車場、オフィスビルの隣にある狭いコインパーキング、そして駐車場自体がわからなくなるシーンと出てきたから少なくとも4回は確実に見たことになる。

年も2020年に改まり、気分も一新するだろうと思っていたら、昨日、昼寝しているときにまた見てしまった。今回はやけにリアルで、いつも運転している国道(片道3車線の大きな道路。路線番号もいつも通るおなじみの番号だった)の高架橋がいきなり工事で通行止めになっており、警察官が迂回を指示している。仕方なく、通行止めになっている高架橋のすぐ隣の側道(そこは通行止めになっていない)に入ると、通行止めになっている高架橋の下にコインパーキングがあったので、そこにいったん駐車。コンビニに寄ったら、その後は「そのまま駐車位置がわからなくなって車を探し回る」というお決まりの展開だ。これでもう5回目……

ここまでしつこいと何かのメッセージだと思わざるを得ない。いわゆる「警告夢」に分類できると思う。ドイツの精神医学者フロイトやユングは、夢は見る人の深層心理を反映したもので、精神状態の反映である一方、意識による妨害を受け、深層心理そのままの形では表現されないとする優れた分析も残している。星占いのような根拠のないものとは違う、ある種の科学といえよう。

さて、新年早々、いくつかの夢判断に関するサイトを回ってみたが、私が繰り返し見ている夢に対しては、どのサイトの評価もほぼ一致している。夢における「車」は自分自身または自分の仕事や社会的地位を表す。したがって、それを見失う夢は、現在の自分の仕事の行き詰まりや社会的地位の喪失に対し、不安を抱いている深層心理を表す。探し回るという行為はそこからの打開を求めている自分自身を表すが、最終的に探しても見つからないのは、打開策が上手くいかないことによる自分自身の焦燥感を象徴する--。

当たりすぎていて怖いほどだ。昨年秋からは精神科に通っていて、精神安定剤、睡眠導入剤を処方されている。札幌の現在の職場に配属になったのは一昨年4月だが、特に昨年4月以降は、仕事面では完全に「詰んだ」感がある。表に出せていないだけで、心理的限界を示唆する警告夢であることは間違いないと思う。

余談だが、車は自分自身の象徴なので、自分が運転席に乗って快調に運転しているときは自分の人生を自分でコントロールできていることを示す吉夢とされる。助手席に乗り、順調に走る夢なら「運転席の人をサポートする立場」で順調な人生を送る暗示、後部座席で順調に走っているときは「出世」を表すという。社会的地位の高い人ほど後部座席に乗ることが多いから、それを夢に見ることは自分自身がそのような地位を獲得することの象徴なのだろうと考えると、納得がいく。暴走する車が夢に出たら、それは自分が自分の人生をコントロールできていないことを意味するらしい。

ところで、過去5回の夢では、私が運転するシーンは一度も出てきていない。昨日の夢は、いきなり通行止めにぶち当たるシーンから始まった。いくつか巡回した夢判断関係サイトにはこの点に関する言及はないが、運転シーンが出てこないということは、今回の自分の運命は完全に自分のコントロール外にあるということだろう。助手席にも後部座席にも決まって誰も乗っていないから、誰かの助力を得られる可能性も低そうに思われる。

どうしたらいいのだろうか。いくつかの夢判断サイトは「自然に車が見つかるまでしばらく休息が必要」だと説く。無理に状況を動かそうとするとかえって袋小路に入り込むこともあるというから厄介だ。確かに、仕事のみならず、自分が関わっている問題(JR北海道、原発など)はどれも膠着状態で何をしても動かず、自分に決定権がある話でもない。だからといって自分が決定権を持つ立場に昇れるかというと、それも絶対にない。2020年はとにかく休め、という夢の世界からの警告と受け止めるしかなかろう。

したがって、大変申し訳ないが、2020年の新年目標は、公表しないことにする。このような精神状態で公表すること自体、意味のある行為と思えないからだ。

<参考>自分が見た夢については、過去にも一度、記事を書いている。また、この記事での夢について、夢判断サイトには以下のように記載されている。(「夢の夢占い」より~車を探す夢・車を見つけることができない夢

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 夢の中の車は、自分の社会的な管理能力や自己管理能力の象徴です。車を探す夢は、あなたが自分の社会的な管理能力、あるいは仕事や学業における野心や向上心を探していることを暗示しています。そして、車を見つけることができなければ、あなたがこれらを見出すことができず、仕事や学業から目をそむけたいと思っていることを暗示しています。
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2020年明けましておめでとうございます

2020-01-01 23:04:37 | 日記
2020年、元日もすでに深夜となりました。遅れましたが、新年のご挨拶を申し上げます。

東京オリンピックが開催される年が、ついに明けました。今年前半から7月までは、オリンピック一色で、他の話題は軒並み飲み込まれ、押しつぶされていくでしょう。こうした「五輪独裁」は他の開催国にも過去に見られたことで、「五輪が通れば道理引っ込む」的状況は、よくないと当ブログは考えています。

とはいえ、世間のごまかしだらけの「復興」ムードに抗するのも、必要とするエネルギーが大きすぎて難しいと思います。今年、当ブログと安全問題研究会は、本当の政治的勝負は五輪後の後半に来ると考えていますので、その時期に向け上半期は力を蓄えたいと思います。オリンピックに対しては、「日本にとって最後の宴。騒ぎたい者には勝手に騒がせておけ」とシニカルに構えます。反対の方針は貫きますが、エネルギーはここには割きません。

2019年、東京電力福島第1原発事故と「アベ友」山口敬之氏による伊藤詩織さんレイプ事件という2つの重大事件がいずれも無罪判決となったことで日本の国際的信用は決定的に地に墜ちました。国際社会の日本への目は厳しさを増しており、女性の人権状況が中東・アフリカ諸国並みの国、レイプ魔も原発事故を起こした企業も無罪になる国、一方で年末に「亡命」(当ブログはあえてこのように呼びます)したカルロス・ゴーン氏のように、政府が「敵」とみなした人物は罪をでっち上げられ徹底的に潰される国、との評価が定着しつつあります。このことが与える影響は日本人が思っている以上に深刻だといえます。

東京五輪後の日本は「先進国」から途上国に格下げされると思います。「日本が“先進国”だった期間は1964年東京五輪から2020年東京五輪までである」--後世、世界の歴史家は必ずそのように日本を評価するでしょう。

さて、そんな折、意外な人物の消息が伝わってきました。

年越し派遣村から約10年…いま「ネトウヨ」と呼ばれる男の過酷人生

パナソニックと闘った「ハケンの男」の壮絶すぎる半生

いずれも現代ビジネスの記事ですが、ここに登場する「今年、46歳となる岡田正雄(仮名)」なる人物を当ブログ管理人は知っています。「岡田」氏がパナソニックプラズマディスプレイ社との間で起こした争議を、支援する立場にあったからです。

「岡田」氏は「賃金を支払う者と業務指示を出す者が異なる派遣労働という働き方はおかしい」として派遣労働制度の廃止と直接雇用を求め、パナソニックプラズマディスプレイ社を相手に、最高裁まで闘いましたが敗れました。

しかし、彼の闘いは2つの大きな成果を生みました。ひとつは偽装請負問題の存在を明るみに出したこと。例えば、A社がB社との間で請負契約を結び、B社から労働者を供給してもらっているとき、B社労働者に対してA社は直接業務指示をできません(業務指示をできるのはB社という「企業」に対してだけ)が、実際には請負契約でありながらB社の「労働者」に直接業務指示をする「偽装請負」が蔓延していました。「岡田」氏はこれを明るみに出したのです。

結果的に、「岡田」氏の闘いは、同一の企業で5年間継続して働いた派遣労働者には正社員申し込み権が発生する、とした労働契約法の改正につながりました。これが2つめの成果です。

「岡田」氏はもともと思想的には保守的な人物で、当時、彼を支援していた労働運動・労働組合関係者もそれを知りながら受け入れたという経緯があります。したがって当ブログ管理人は、彼の保守的な思想について今さら問題にする気はありません。「岡田」氏は個性的ですが思われているほど悪人ではありません。いわゆる「地頭の良い」タイプで、仕事の飲み込みは早く、手先が器用で、機械関係は彼の天職と思います。『岡田が「ネトウヨ」と呼ばれるほど、排外的な思想を持ち合わせているとは筆者は思わない』とするこの記事のライター、藤岡雅さんの見解にも当ブログ管理人は同意します。

彼の消息はまったく知れませんでしたが、今回、都内で非正規労働者の立場ながらもきちんと働き、収入を得て自活していることが確認できたのはよかったと思います。かつて「岡田」氏を支援してきた者のひとりとして、彼の今後の人生に幸多くあることを願っています。

では、今年も当ブログと安全問題研究会をよろしくお願いいたします。

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