国家は品格より民主2鬼畜米英式である櫻井さんの恐怖論


「 米中の力のバランスが中国に傾けば? 台湾問題はドミノ倒しの最初の1枚 」
『週刊ダイヤモンド』    2007年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 691

     に対する批評

 日本軍はアメリカ軍が沖縄上陸をする前にアメリカ軍を鬼畜米英と呼び、アメリカ軍に捕まったら女は犯されて殺され、男は車で八つ裂きにされると宣伝した。
 それが集団自決という悲劇を生んだ原因にもなった。櫻井さんは情報の一部を利用することによって「鬼畜米英」のようにありもしない中国脅威論を展開し、日本は軍備を強化しなければならないと主張しいる。

「中国軍が米空母攻撃能力を高めるため、射程1,500~2,500キロメートルの準中距離弾道ミサイル「東風21」の改良に着手したこと、核弾頭搭載が可能な東風21はすでに100基近く配備されていること、これらに赤外線探知装置を取り付けることで、米空母の攻撃が可能になることなどが報じられている。」

「台湾が中国の支配下に入った場合、米国の影響力の低下と日本の孤立は避けられない。」
「台湾制圧のためには、米軍の介入を許さないことが大前提となる。」

「衛星の破壊によって米軍の通信能力を一瞬にして奪い去ることも可能なのだと見せつけた。」

「中国共産党政権は、国家の基本は軍事力にあると考えてやまない。」

「中国が全力で米海軍の動きを抑え、米軍の楽観主義、親中姿勢の間隙を突いて、台湾を制圧することは十分考えられる。」

「ドミノ倒しを防ぐために日本が今すべきことは、日本もまた、軍事力の意味を見据えてその整備に力を入れることだ。」と中国が台湾を攻撃して支配する可能性を示唆して日本の軍備強化をした方がいいと結論づけている。
 
 櫻井さんは軍事についてのみ分析して中国が台湾を支配する可能性を示唆している。しかし、中国が台湾支配するかどうかの問題は軍事だけではなく政治・経済のことからも検討しなければならない。
 中国の経済成長はアメリカとの貿易なしには実現しなかった。現在も莫大な輸出をアメリカにしているし、IBMなどアメリカの企業買収もどんどんやっている。中国が台湾を武力で支配するとアメリカと国交断絶をすることになる。アメリカだけではなく日本、ヨーロッパの国々も国交を断絶するだろう。中国が台湾を武力支配したら中国経済は壊滅状態になる。

 数年前に中国は反日運動をやった。すると国際批判を浴び、中国の観光はがた落ちした。日本に圧力をかけるつもりが自国の企業に悪影響を及ぼしたのだ。その後に反日運動の兆しがあっても政府のほうが抑えるようになった。今の中国は経済が高度成長をしている最中であり、経済成長が破綻することを中国はもっとも恐れている。

 台湾の企業の中国進出も盛んであり、櫻井さんのいう中国の台湾支配は不可能である。中国の軍事費は日本を越した。でも領土の大きさ、人口で日本の何倍もある中国である。日本より軍事費が多くて当然である。中国の軍事力よりアメリカの軍事力の方がはるかに高いし、日本の軍事力も中国より高かったのである。中国は日本やアメリカとの軍事力のバランスを均衡化する目的もあると考えた方がいい。

 中国は軍部も政治に参加している国であるから軍部の意見も政治を左右する。しかし、一方では資本家が台頭してきた。資本家の意見も政治を左右するようになった。外国資本、国内資本の拡大が中国経済を発展させ、生活を豊かにしているのだから、軍部がしゃしゃり出て台湾支配を主張してもその主張は潰されるだろうし、軍部でも武力による台湾支配が中国に悪影響を与えることは承知している。

 中国が台湾を支配する可能性はゼロである。それを軍事面だけから分析することによって中国の台湾支配の可能性を示唆することは「鬼畜米英」と同じで嘘の論理で国民に恐怖心を植え付けるやり方である。

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国家は品格より民主その1


 「国家の品格」の藤原正彦、ジャーナリストの櫻井よし子と「美しい日本」を掲げている安部首相は共通する思想のようである。

 国家は政治をする所である。品格とか美しさとかを国家論に持ち込むことはおかしい。貴族が支配していた時代、武士が支配していた時代ならそういう法があってもいいが、現在は貴族国家でもなければ武士国家でもない。民主主義国家である。民主主義国家は国民が望む政治をする国家であって首相が国民に「美しい」という抽象的なものを要求できる国家ではない。
 「国家の品格」の藤原正彦氏はしきりに武士道を政治に導入することを主張している。武士の本質は武力で領地を支配し農民から生産物を分捕る搾取者である。武士の時代にするなんてとんでもないことである。武士に政治能力があると思ったら
間違いだ。武士は戦争をして領地を増やすのが仕事である。殺し合いを仕事とする階層なのである。武士には経済を発展させる能力もなければ日本国を豊かにする能力もない。

 明治時代に廃藩置県をやっが反対する大名はいなかったそうだ。財政が疲弊し借金だらけだったので廃藩置県には賛成した。武士だから精神主義であったり叡智があると思うのは間違いである。
 戦争でも民兵で作った明治の軍隊に武士軍は負けている。武士が戦いに強いというのも幻想である。司馬遼太郎の小説は武士幻想を助長している。
 この武士幻想に乗っかっている人物たちが国家の品格とか美しい日本などとたわ言を言っている。民主主義は武士思想や貴族思想を否定した土台の上に存在していることを理解していない人たちである。
 
 国家は品格より民主である。日本国は美しさより自由、平等を重んじる民主国にしなければならない。戦前に自由、平等主義は軍国主義によって弾圧され行き絶え絶えになったことを忘れてはならない。戦時中に自由・平等の思想は抹殺され戦後に生き残った政治家のほとんどが天皇崇拝・軍国主義の生き残りだったことは留意しておかなければならない。

 戦後の日本は天皇崇拝・軍国主義と共産主義・社会主義が二勢力が存在し、自由民主主義の組織は小さいし弱かった。日本国憲法の下地になった憲法草案を作ったと言われている憲法研究会くらいである。
 戦後日本の政治は日本国憲法によって構成された三権分立とアメリカの圧力と天皇崇拝・軍国主義と共産主義・社会主義の複雑
な絡み合いで発展してきたといえる。

 皮肉なことに日本は天皇崇拝・軍国主義に後戻りすることもなく、また社会主義国家にもならずに民主主義国家として発展している。これはアメリカの圧力によるものである。アメリカ軍がいなければ日本は天皇制国家か社会主義国家になっていただろう。

 日本はまだ内からの民主主義国家ではない。「国家の品格」論を真っ向から批判する人物はいないし、国の最高に立つ首相「美しい日本」を政治テーマにするのである。とても首相は民主主義思想家とは思えない。武士思想の方に近い。しかし、武士思想は民主主義が浸透している現在の日本には通用しない。首相の掲げる「美しい日本」も政治日程に乗せる余裕がない。
 政治失態の連続の政府であるがそうでなくても民主主義国家では「美しい日本」論は軽く弾き飛ばされる運命なのだ。

 美は芸術の範疇であって政治の範疇ではない。美しい日本は観光のイメージアップに利用するものであって政治目標にするものではない。政治世界に「美しさ」を持ち込むのはおかしい。
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