コナサン、ミンバンワ!
報道にてご存じの様に先一昨日、首都東京の一大中心街秋葉原にて凄惨極まる通り魔事件が発生、7名が落命され少なくとも10名が負傷されました。まず犠牲各位に対し謹んで哀悼の意を表し、負傷各位に対し心よりのお見舞いを申し上げます。
犠牲者及び被害者の各位は、その大半が前途有望な若い方々。夢半ばにして一つしかない命を絶たれた無念は想像に余りあり、残された遺族各位の悲痛にも想いを致さなければならない所でしょう。あってはならない事態を許した事は、現代社会の一大汚点として後世に記憶される事でしょう。
逮捕された容疑者は静岡県在住。中学及び高校時代に挫折を味わった様で、事件直前まではメーカー関係の派遣社員として、必ずしも安定しない日常であった模様です。
あるいは前途に夢を描けない閉塞した状況が容疑者をかくの如き凶行に走らせた側面はあるかも知れません。ただ
①犯行以前より秋葉原に複数回出かけて現場下見などを行い、歩行者天国にて人出の多い日曜日の日中を見計らって犯行に及んでいる事。
②犯行に先立ち、福井県下の刃物専門店にて凶器を買い揃え、もう一つの凶器となった貨物自動車も事前に借入れている事。
③犯行直前まで携帯電話より電子掲示板に自らの行動を逐一書き込み、しかも犯行に先立って投稿データを全消去して証拠隠滅を図っている事。
以上の事共より、計画的犯行である事は明らかであり、続く裁判審理にてもこの事実は十分に留意されるべきでしょう。
此度の犯行は勿論、極刑に値する重大事態ですが、極刑だけでは事態解決とならない事も事実です。
見方を変えれば実行犯でもある容疑者を凶行に走らせたものは何か、そこから第2第3の悲劇を防ぐには何をなすべきかを真剣に思考模索する必要があるでしょう。
思えば昨今の秋葉原は私が少年だった頃の電器街とは打って変り、TVゲームやアニメーション、そして奇抜衣装を競うコスプレなどの所謂「オタク文化」の聖地となっていた由。
コアな若者達が集い易くなる反面、小児などを伴った家族連れには近づき難い一面もある様です。
歩行者天国にしても、そうした自己主張をする若者達の舞台の様に利用され、中にはモデル・ガンなどを使った危険行為や先月の拙ブログ「トイレの雑記帳」にて取り上げた様な不穏な挙に出る者も少なくなく、地元各位の不評を買うと共に「いつか大変な事が・・・」との思いがふと脳裏を過った矢先の今回事件でありました。
改めて容疑者の罪業は重大極まるものであるのは事実ですが、真の悪者はその背後にある諸々であると私は見ています。それはやはり、倫理道徳を軽んじた戦後の教育の悪さでしょう。高コストの割に内容が伴わない、と世界的にも揶揄される我国の教育。理数系の偏重と、歴史と伝統への敬愛を蔑ろにしたツケが今、最悪の形で我々に降りかかっているのではと思います。つまり加害者よりは理性と倫理感を、被害者よりは警戒感と自衛精神をそれぞれ奪い去る極悪の結果を招いているのではないでしょうか。
その元凶はやはり、元々が先の大戦の戦勝国による強要であり、かつ60年以上も見直される事のない日本国憲法の病理と、その落とし子たる戦後レジームの悪弊であろうと私は感じます。それに関わった左派野党や自称進歩的有識者達、それに日本教職員組合の罪業は極めて重いと申して良いでしょう。又、抜け穴の多い現行の銃砲刀剣類取締法規、並びにインター・ネット情報管理のあり方も問題でしょう。
終りにもう一度、犠牲並びに被害各位に対し、心よりお見舞いを申し上げます。*(日本)*
報道にてご存じの様に先一昨日、首都東京の一大中心街秋葉原にて凄惨極まる通り魔事件が発生、7名が落命され少なくとも10名が負傷されました。まず犠牲各位に対し謹んで哀悼の意を表し、負傷各位に対し心よりのお見舞いを申し上げます。
犠牲者及び被害者の各位は、その大半が前途有望な若い方々。夢半ばにして一つしかない命を絶たれた無念は想像に余りあり、残された遺族各位の悲痛にも想いを致さなければならない所でしょう。あってはならない事態を許した事は、現代社会の一大汚点として後世に記憶される事でしょう。
逮捕された容疑者は静岡県在住。中学及び高校時代に挫折を味わった様で、事件直前まではメーカー関係の派遣社員として、必ずしも安定しない日常であった模様です。
あるいは前途に夢を描けない閉塞した状況が容疑者をかくの如き凶行に走らせた側面はあるかも知れません。ただ
①犯行以前より秋葉原に複数回出かけて現場下見などを行い、歩行者天国にて人出の多い日曜日の日中を見計らって犯行に及んでいる事。
②犯行に先立ち、福井県下の刃物専門店にて凶器を買い揃え、もう一つの凶器となった貨物自動車も事前に借入れている事。
③犯行直前まで携帯電話より電子掲示板に自らの行動を逐一書き込み、しかも犯行に先立って投稿データを全消去して証拠隠滅を図っている事。
以上の事共より、計画的犯行である事は明らかであり、続く裁判審理にてもこの事実は十分に留意されるべきでしょう。
此度の犯行は勿論、極刑に値する重大事態ですが、極刑だけでは事態解決とならない事も事実です。
見方を変えれば実行犯でもある容疑者を凶行に走らせたものは何か、そこから第2第3の悲劇を防ぐには何をなすべきかを真剣に思考模索する必要があるでしょう。
思えば昨今の秋葉原は私が少年だった頃の電器街とは打って変り、TVゲームやアニメーション、そして奇抜衣装を競うコスプレなどの所謂「オタク文化」の聖地となっていた由。
コアな若者達が集い易くなる反面、小児などを伴った家族連れには近づき難い一面もある様です。
歩行者天国にしても、そうした自己主張をする若者達の舞台の様に利用され、中にはモデル・ガンなどを使った危険行為や先月の拙ブログ「トイレの雑記帳」にて取り上げた様な不穏な挙に出る者も少なくなく、地元各位の不評を買うと共に「いつか大変な事が・・・」との思いがふと脳裏を過った矢先の今回事件でありました。
改めて容疑者の罪業は重大極まるものであるのは事実ですが、真の悪者はその背後にある諸々であると私は見ています。それはやはり、倫理道徳を軽んじた戦後の教育の悪さでしょう。高コストの割に内容が伴わない、と世界的にも揶揄される我国の教育。理数系の偏重と、歴史と伝統への敬愛を蔑ろにしたツケが今、最悪の形で我々に降りかかっているのではと思います。つまり加害者よりは理性と倫理感を、被害者よりは警戒感と自衛精神をそれぞれ奪い去る極悪の結果を招いているのではないでしょうか。
その元凶はやはり、元々が先の大戦の戦勝国による強要であり、かつ60年以上も見直される事のない日本国憲法の病理と、その落とし子たる戦後レジームの悪弊であろうと私は感じます。それに関わった左派野党や自称進歩的有識者達、それに日本教職員組合の罪業は極めて重いと申して良いでしょう。又、抜け穴の多い現行の銃砲刀剣類取締法規、並びにインター・ネット情報管理のあり方も問題でしょう。
終りにもう一度、犠牲並びに被害各位に対し、心よりお見舞いを申し上げます。*(日本)*