生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

羊のヨハナン(その2)

2006-12-07 16:35:23 | 童話
ルシアは、前足をグーッとのばして背中を低くすると、やぶの中に入っていきました。 そのすがたを見ると、ヨハナンは、矢のようなはやさで坂道をかけおり、そのいきおいで、谷をかけ上がりました。
(あのやぶじゃあ、ぬけだせないだろう。ぬけだせたとしても、谷をのぼれないはずさ)

ヨハナンが丘をおりていくと、ベナヤさんが真っ青な顔をして近づいてきました。
「どこへいっていたんだ、ヨハナン。ルシアといっしょじゃなかったのか?」
ヨハナンは首を横にふりました。
「ルシアがいないんだ。いっしょにさがしておくれ」
ベナヤさんは、走り回ってルシアをさがしました。ヨハナンもうろうろしてさがしているふりをしました。

遠くで雷の音が聞こえました、黒い雲がどんどん広がってきます。ベナヤさんはピーッと口笛をふきました。
「もうすぐ雨がふってくる。おまえたち、この丘を下って来た道をもどるんだ。囲いの中に入っていなさい。ヨハナン、先頭をたのんだよ。わたしは、ルシアをさがしにいくから」

ベナヤさんは、走っていってしまいました。 ヨハナンたちが囲いの中に入ったとたんに、大粒の雨がふりだしました。ベナヤさんは、なかなか帰ってきません。ごろごろと雷の音も鳴りだしました。
ピカッ、ゴロゴロゴロ……。地面がゆれるほどの音とともに稲妻が丘の上で光りました。
(ベナヤさん、おそいなあ。ルシアがやぶの中で鳴けば、すぐ見つかると思ったのに……)

「ベナヤさん、だいじょうぶかな」
ヨハナンは心配でたまらなくなって、そばにいる羊のニコルにいいました。
「まだルシアをさがしているんだよ」
「ルシアなんか、ほおっておけばいいのに」
「ベナヤさんは、ルシアのことをとてもかわいがっていたじゃないか。見つけるまでもどってこないと思うよ」
「もし、ぼくがいなくなったら、ベナヤさんはさがさないだろうな」
ヨハナンが、ふてくされたようにいうと、
「そんなはずないよ。ベナヤさんは、君がいなくなったって、ぼくがいなくなったって、ひっしでさがすよ。ベナヤさんは、みんなのことをとってもかわいがっているもの」
と、ニコルが歯をむき出しました。

雨がやみ、あたりは夜のやみにつつまれました。ぴたぴたと、足音が近づいてきました。ベナヤさんです。
ベナヤさんは、ルシアを肩車するようにしてかついできました。
ルシアは、ベナヤさんのかたの上でぐったりしていました。白い毛のあちこちが血でにじんでいます。ベナヤさんのうでにも、いばらでひっかかれたような傷があり、そこから血が出ていました。
「ルシアはやぶの中でたおれていたんだ。だいぶ弱っているから家の中に連れていくよ」
ベナヤさんは、テントの家にルシアをかついだまま入っていきました。
ヨハナンのむねは、いたみました。大好きなベナヤさんにまでけがをさせてしまうなんて……。

次の日、日が高くのぼってもベナヤさんが来ないので、ヨハナンはニコルといっしょにテントをのぞいてみました。
ルシアは横になり、はあはあと苦しそうに息をしています。ベナヤさんは、ルシアのそばにひざまずいて祈っていました。
「ルシアは死んでしまうかもしれないよ」
ニコルがいいました。
(こんなことになるなんて思わなかった。ルシアが死んでしまったら、どうしよう……)
ベナヤさんの祖父のエルダじいさんがやってきて、ヨハナンたちに草を食べさせにいってくれました。ヨハナンは、草を食べる気にもなりません。家にもどると、何度もそっとテントをのぞいてみました。
ルシアは少しずつ良くなってきました。半月ほどして、やっとルシアは草を食べに出かけられるようになりました。

ヨハナンは、ルシアのそばにいけません。遠くからそっとながめていました。
「ルシアも歩けるようになったから、きょうは遠くまでいこう」
ベナヤさんがいいました。
「夜は囲いのないところで寝るから、仲間から決してはなれてはいけないよ」
近くに草の生えているところがなくなってしまったので、草地をもとめて何日もかけて出かけるのです。
             つづく

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