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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

予期せぬ出来事

2011-01-04 20:42:34 | 日記
追記:このブログが見えにくい方は、もうひとつのブログ、「カリス」をご覧ください。昨年末から同じ記事をアップしています。


元旦礼拝で、「予期せぬ出来事が起こるものです。思いがけない事が起きても、神の善意を信じて歩んでいきましょう」と牧師先生が言われました。

わたしは昨年12月にテレビ出演という予期せぬ出来事がありましたが、年明け早々に別の予期せぬ出来事が起こりました。

2日夜、義父が突然召されました。
義父は義母の介護を受けながら自宅で暮らしていました。主人を含め三人の子どもがいますが、それぞれ実家まで3時間ぐらいかかる場所で暮らしています。

義父は30年近く前に脳梗塞で倒れ、それから介護の日が始まりました。リハビリでかなり回復して、身の回りのことはできていたのですが、80歳を過ぎるころからだんだん歩行が難しくなってきました。
施設の入所をすすめましたが、以前義母の具合が悪くなったときに入ったショートステイが気に入らず、「施設は絶対に嫌だ」と言い張っていました。
義母は義父より8歳若いとはいえ、老老介護です。同じような状態が長く続いているように見えましたが、実際はかなり大変になってきていました。

お風呂に入れるのも、風呂場に行くだけで30分かかります(健康な人は1分でいけます)浴槽から上がれなくなって、何度も近所の方や消防署のお世話になりました。
義母だけの介護が限界を超えているので、「お風呂だけでもディーサービスなどにお願いして」と言ったのですが、義父がいやがるため、そうすることもできませんでした。ヘルパーさんも義父がいやがるので週にたった2時間しか頼んでいませんでした。

12月の初め、シャワーだけにするつもりで風呂場に行っていた義父が、義母が目を離したすきに浴槽に入り、お湯を高温で出してしまいました。皮膚感覚が鈍っていたため、熱いとも感じなかったようです。足を火傷して救急車で運ばれ、入院になりました。
火傷はたいしたことなく、2週間ぐらいで退院できると言われました。
老老介護の現実を知って、病院のケースワーカーさんが心配してホームに入ることをすすめてくれました。でも、本人が承諾しないと入所できないそうです。
誰が義父を説得できるのでしょう……。きょうだいは皆、首を横に振りました。義母はあきらめて、家に連れ帰って介護を続けると言います。

義母はかなり腰が痛んでいるようで、義母自身も申請すれば要介護になるほどの状態です。
病院から施設を紹介してくれましたが、どうしたらよいか途方に暮れていました。
見舞いに行くと、義父は義母に向かってものすごい怒りを表し、早く家に連れて帰ってほしいと訴えるのです。
とにかく、施設に入所してもらうしかないということで、主人が義母に付き添って施設に見学に行き、説明を受けました。

わたしは、義父に手紙を書きました。読んでくれるかどうかわかりませんでしたが、心をこめて書きました。怒りを抱いている義父が、施設で穏やかな心で過ごしてほしいという願いを込めて・・・。義母が手紙を持って行くと、そのときは読まなかったそうです。義母は手紙とメガネを置いて帰りました。

その数日後、義父を見舞うと顔つきが変わっていました。怒りが消え、穏やかな顔になっていたのです。とても不思議なことでした。それで入所を決めました。

退院してホームに移る日は、主人と私が迎えに行きました。母が行くと、怒り出してしまう可能性があったからです。これから施設に移るのだと主人が説明すると、「そうか」とひとこと言っただけで素直に車に乗りました。

義母が施設で待っていましたが、義母の顔を見ても怒らず共に施設での生活の説明を聞きました。義父は人が変わったように穏やかでした。

年が明けて孫たちが面会に行き、喜んでいた義父でした。亡くなるその日もいつもと変わらない様子だったのですが……夜11時ごろ、介護士さんが見回った時、異常に気づき救急車で病院へ運ばれました。心臓が停止し、マッサージをしたのですが、救急車の中で亡くなったそうです。

義父91歳。施設に入って6日目の夜のことでした。

義父は、なぜあんなに嫌がっていた施設への入所を受け入れたのかわかりません。入院しているうちに認知症になったかもしれないとも言われました。認知症なら手紙を読んだとしても理解できなかったでしょう。死期の近いことに気づき、怒りがおさまり、感謝の気持ちがわいたのかもしれません。今となってはわからないことですが、義父が怒りをかかえたまま地上での生涯を終えなくてよかったと、そのことが遺されたものたちの慰めとなっています。

こんなに早く召されるなら、家に帰らせたらよかったという思いもわいてきますが、いのちを握っておられる神さまがいちばんよいことをして下さったのだと信じます。
金曜日葬儀です。



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「本の旅」がインターネット放送されました

2010-12-31 22:08:48 | 日記

2010年の最後の日になりました。この一年間祈り支えて下さった方々、ありがとうございました。

今日の午後、わたしが出演したCGNテレビのインターネット放送が公開されました。
我が家にアンテナがないので、インターネットで初めて見ましたが、自分の姿を見るのは何とも恥ずかしいものです。もう少しはっきりゆっくり話せばよかったと後悔しています。
わたしはぎこちなく話していましたが、久米小百合さんのリードがとてもよかったと思いました。

撮影が終わってから、肝心なことを言えなかったのではないか……とずっと案じていましたが、最後の質問の答えで言っていました。

肝心なこととは次のことです。

子どもたちに自分が神さまに造られた存在であること。愛されている存在であることを伝えたい。自分が正しい意味で愛されていることを知らせたい。


リピート・シンドロームの本は、出版社のキリスト新聞社には在庫がないそうです。
わたしの手元にわずかですがあります。ご入り用の方はわたしのHPに記載されているアドレスにメールをください。


番組をご覧になるには、
ここ
をクリックして、「番組を見る」をクリックし、No101リピート・シンドロームの300K(または56k)をクリックしてください。


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青天の霹靂

2010-12-27 12:51:27 | 日記
今月10日に思いもよらぬことが起こりました。CGNテレビという福音放送をしているテレビ局から出演依頼メールが届いたのです。CGNはクリスチャングローバルネットワークのことで24時間衛星放送しているテレビ局です。

3年前のライフ・ライン出演が青天の霹靂1としたら、青天の霹靂2というところでしょうか。
「本の旅」という30分のトーク番組にわたしの書いた本、「リピート・シンドローム」についてゲスト出演して本のことや信仰のことを話してほしいという依頼でした。
司会者はクリスチャンアーティストの久米小百合さんです。
撮影日は20日というので、急なことに心が騒ぎ、オロオロ・・・。

なぜ出版されて6年もたっている今、この本についてTV出演依頼が来たのだろうか。
なぜ口下手なわたしが語らなくてはならないのだろうか・・・。CGNTVとはどんなテレビ局なのだろう・・・。と、わからないことだらけです。
牧師先生にお尋ねすると、先生は自宅にアンテナがあり、CGNTVをご覧になっているそうです。「安心して出演してください」とお返事を戴きました。

まずは祈りました。祈っているうちに落ち着いてきました。わたしにとって青天の霹靂であっても、神様はずいぶん前からこのことを計画されていたのだと思います。


「そして、あなたがたのうちにある希望について説明を求める人には、だれにでもいつでも弁明できる用意をしていなさい。(Ⅰペテロ3:15)」
という聖書のみ言葉を思い出しました。
本を書いた動機や、救いの証をしてくださいと言われたことを考えると、神さまが誰かためにわたしを用いようとしてくださっているのかもしれないと思い、お引き受けしました。

インターネットでも流れるので、できれば顔は出さず声だけにしてほしかった・・・もう少し準備の時間があればよかった・・・などと引き受けてからも葛藤がありましたが、最後には神さまからの依頼として受け止め、平安に満たされながら喜んで都内の撮影所へ出かけたのでした。

久米小百合さんはとてもすてきな方でした。こちらが緊張のあまりかたまっていると、それをほぐしてくれるように親しみをこめて語りかけてくれました。ずいぶん前からの友人のように親しくお話しさせていただきました。

途中で廃品回収車がまわってきて(音が入ってしまうので)放送を中断しました。そのときも、撮影の前後も、久米さんとずっとお話ししていました
何を話したかよく覚えていませんが、神さまの栄光を現すことが出来るようにと祈りながら話していました。

現実感がなかったので放映日が決まるまで、このことをお知らせしませんでした。
番組が用いられるようにお祈りください。

放映日は12月30日(木)21時30分から22時
再放送は1月1日(土)11時から11時30分
放映日の翌日よりインターネットで見ることができます。本の旅http://japan.cgntv.net/sub.asp?pid=2439



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リフレッシュ休暇(その2)

2010-11-10 16:14:04 | 日記
主人がリフレッシュ休暇をいただいたので8日、9日は主人と娘の3人で日光へ小旅行してきました。

8日はバスで華厳の滝と中禅寺湖を見に行きました。いろは坂を登るのに休日では渋滞で3~5時間かかると聞いていたのですが、平日だったので50分で行けました。

中禅寺湖の方は紅葉の盛りが過ぎていましたが、バスから眺める紅葉の美しさに言葉が出ませんでした。赤と黄色、黄緑、そして青空の色の組み合わせが絶妙です。神さまはなんと素晴らしい色をくださったのでしょう。

日光へは小学生のときの遠足で行き、新婚のころ主人と行った覚えがあります。それ以来ですから、華厳の滝を見るのは約30年ぶりです。昔と変わらない勢いで流れ落ちていました。

翌日訪れた東照宮では、有名な三猿の彫刻を見ました。馬小屋に猿の彫刻があるのは、古くから『猿は馬の病気を治す』といわれてきたからだそうです。
印象に残ったのは次の5つです。わたし流の勝手な解釈を加えてみました。


母子の猿
 「母猿が子猿の将来に思いをはせる。子は信頼して、顔をのぞきこむ」と書かれています。

子猿の将来を心配し、幸せを願っている母猿の姿は、人間と同じですね。子どもが母親を信頼して顔をのぞきこむ姿が愛らしいです。


見猿・言わ猿・聞か猿

「子供のうちは悪いことを『見ざる・言わざる・聞かざる』がよい」と書かれています。
『見ざる・言わざる・聞かざる』が子どもに対して言われていたとは知りませんでした。

確かにそうですが、現代の情報社会においては「見ざる・聞かざる」というわけにはいきません。

子どもは大人が想像する以上にテレビやインターネットの影響を大きく受けています。また、子どもは大人が話す言葉もしっかり聞いています。
大人は子どもに悪い言葉を言わないようにしつけますが、大人が悪口を言っていたら、だめですね。

 
「悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。(エペソ4:29)」
という聖書の言葉があります。
悪い言葉を言わざるようにしたいと思いました。


座っている猿

猿が一匹だけなのは、この彫刻だけです。
「まだ座っているが、飛躍を期す。(じっくり腰を落ち着けてこれからの人生を考える)」と書かれています。
飛躍を望むなら、事を始める前にまずひとりになって座って腰を落ち着ける・・・ひとりで神さまと向き合って祈ることの大切さを思いました。


上を見上げる猿

「青雲の志を抱いて天を仰ぐ」(若いうちは可能性が多い。望みを大きく持って上を見る)」と書かれています。

若いうちだけでなく、老年になっても可能性は多いとわたしは思います。上を見るとは、天におられる神さまを見上げるという意味に解釈しました。


下を見る猿

「人生の崖っぷちにおいても励ましてくれる仲間がいる。(崖っぷちに立たされた猿。しっかりと足元を見る)」
と書かれています。

励ましてくれる仲間がいるとは何と心強いことでしょう。たとえ仲間がいなくても、神様が共にいて助けて下さいます。しっかりと足元を見ることは大切ですね。



日光山輪王寺、日光二荒山神社などの社寺を巡り、最後に田母澤御用邸を見学して帰途に着きました。2日ともよい天気で、ジャケットを着て歩くと少し汗ばむぐらいの陽気でした。2日間守られたことを感謝しました。
                 
                 おわり

*JCP(日本クリスチャン・ペンクラブ)のHP更新しました。ごらんください。

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リフレッシュ休暇(その1)

2010-11-06 16:49:12 | 日記
主人がリフレッシュ休暇なので、4日は3歳7か月になる孫のヒックンを連れて上野動物園に行ってきました。ヒックンは電車に乗るのは2回目です。夏に北海道旅行に行ったとき、土浦駅から羽田まで電車で行きました。
土浦駅の駅ビルを見て「あ、ここ知ってる。北海道でしょ」と言ったので大笑いしました。ヒックンの中では土浦駅も北海道のようです。

前回のように電車で興奮しすぎるということはありませんでした。特別快速に乗ったので、上野まで1時間ほどでしたが、駅に着くたび「動物園は、まだ?」と聞いていました。新しい車の絵本を持って行ったので、なんとか退屈せずに過しました。

ようやく上野駅に着いて改札を出ると、ハトがいるのでヒックンは大喜びです。つかまえたいと言って追いかけて走りまわっています。

そういえば息子が小さいころ、動物園へ行く前にハトに興味を示し、動物園に着いたころ、疲れてしまったことを思い出しました。

以前はもっとたくさんのハトがいたはずなのに、数が減っているように思います。そのかわりたくさんのカラスが我が物顔に飛び回っていました。

動物園に着くと、案の定「抱っこ」とおじいちゃんにまとわりつきます。
「歩けるでしょ」と言うと、
「足がかゆいから歩けない」と言います。
「足がかゆい?」
ズボンをめくってみますが、赤くもなっていません。
そういえば……半月ほど前、つくばエキスポセンターに行った時、帰りに足を蚊にさされて泣きだし、おじいちゃんに抱っこされたことがありました。(あのときは暑くて半そで半ズボンでした)

「本当に足がかゆいの? それとも、かゆくないけど抱っこされたいからかゆいって言ってるの?」
と尋ねると、
「かゆくないけど、抱っこされたいから言ってるの」
とヒックン。
その正直さに思わず微笑んでしまいます。

ずうっと抱っこでは大変なので、ベビーカーを借りることにしました。
少々窮屈で足が飛び出しています。途中からは自分で押して歩いていました。

ヒックンはサルを見てもゾウを見てもあまり興味を示さず、「早く次に行こう」とせかします。
「何を見たいの?」と聞くと
「ドラえもん」
「……」

動物園入り口の横に小さな遊園地があって、ドラえもんの乗り物があったのを見ていたのです。動物よりも遊園地の乗り物に興味があるようです。



ハクビシン(写真)だけは興味を示して見ていました。
お弁当を食べてからふれあいランドにいくと、ヤギがこわくて大騒ぎ。最後に遊園地へ行って満足して帰ってきました。

昨日は水郷公園に連れて行って、ローラー滑り台やぶらんこで遊び、ドングリを拾って帰ってきました。

こちらの都合で保育園を2日間も休ませてしまって・・・よかったのかな?と思っていると、「いい経験させてもらってよかったよ」と息子が言ったのでほっとしました。

ヒックンは、「楽しかったね。今度はデズニーランドに行こうね」と言って家に帰って行きました。
            つづく

(上の写真は水郷公園です。)

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続・ブログ開設5周年

2010-10-21 21:56:09 | 日記
ブログを書いていて、迷いや戸惑いはありました。そもそもブログとは何なのでしょう? 何のために書くのでしょう?

伝えたいことがあるから書くのですが、こちらの意図することが伝わっていないこともあり、誤解して受け止められることもあります。
逆にわたしが発信するメッセージをしっかりと受け止められていたことを知ると、とび上がるほど嬉しくなります。
癌患者の方や心の病の方が「慰められた」と書いてくださったときは、ほんとうによかったなあと思います。

「自己満足のためにブログを書いているのでしょう」という声が聞こえたときは、やめた方がいいのかなあ……と思いました。

礼拝のメッセージや家庭集会で学んだことを書くときは、2時間もかかってしまいます。間違ったことを伝えてはならないと、メモを見て一生懸命思い出して、祈りながら何度も何度も聖書を確かめて書きます。疲れてフラフラになり、何でこんなにまでして書いているんだろう?と思ってしまうこともあります。

わたしの頭はザルのようで、数時間で聞いた話の半分は忘れてしまい、一週間前に聞いた話は9割を忘れているのです。それが、書くとけっこう覚えているんですね。
自分のためにはなっているようです。

ブログを書く時、いつも祈っていることは、「神さまの栄光をあらわすことができるように」です。バッハが作品にいつもSDG(ただ神の栄光のために)とサインしたようにわたしの文章もその気持ちで書いています。

心が神さまから離れてしまうとつぶやきや不満でいっぱいになり、書く文章にもそれが現れてしまいます。
だから、いつも神さまに心を向け、満たされていたいです。神さまからたくさんの恵みと祝福をいただいているのですから、それを溢れさせてブログを読んで下さる方に流していきたいです。

神さまが働いて下さるなら、文の拙さ、表現力の乏しさ、頭の悪さはカバーされるでしょう。

7月に微熱が続いてしばらく更新できなかったとき、たくさんの方が心配して下さり、祈ってくださいました。
このブログが多くの方たちの祈りによって支えられていることを改めて感じ、感謝の気持ちでいっぱいです。

これからも祈って支えて下さい。よろしくお願いいたします。

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ブログ開設5周年

2010-10-20 16:24:24 | 日記
「土筆文香(つくしふみか)です。友人から、ホームページの記事を携帯で見たいと言われたので、ブログを開設しました。」

2005年10月20日の「はじめに」に書いた一文です。

HP開設にあったっては何日も準備をして時間がかかりましたが、ブログは何の準備もなく始められたので、その手軽さがかえって恐ろしかったのを覚えています。

当時は乳がんの手術を受けてから2年弱でした。薬の副作用で体調が不安定で、再発転移の恐れも今より強かったです。
いつ死が訪れるかわからないと思っていました。だからこそ「こうしてはいられない」と、ブログをたちあげたのです。目的は、神さまの愛を伝えることです。

こんなに長く続けられるとは思いませんでした。5年の間には、やめようと思ったことが何度かありました。友人の励ましと祈りによって支えられ、続けられました。

ブログは世界に繋がっていること。だれが見ているか想像すらできないことを知らされた出来事がありました。

5年間でいちばん驚いたことですが、2007年1月にキリスト教のテレビ番組「ライフ・ライン」からの出演依頼が来ました。
太平洋放送協会のスタッフがわたしのHPとブログを見て番組を作りたいと言われたのです。まさに青天の霹靂です。そして、2007年2月に撮影。3月に放映されました。


2009年8月には、わたしがブログに書いた詩にゴスペルシンガーのチャキさんが曲をつけてくださいました。それが「神さまのカリス」です。

この出来事も、ネットならではのことです。この詩を最初に掲載したのは2006年でした。
2009年、パラグアイに住むTさんがお子さんに「カリス」という名前をつけ、インターネットで「カリス」を検索したらこの詩がヒットしたそうです。詩を喜んでいるというメールをいただきました。
Tさんのメールに感謝して再び「神さまのカリス」の詩をブログに載せたら、チャキさんが読んで心に留めてくれたのです。

また、ブログを通して多くの方々との出会いがありました。
「五つのパン」さんとはブログを通して出会いました。キーワードは「児童文化の会」でした。

JCPのHPに相互リンクをお願いしようと全く面識のない方にメールを出すと、その方はわたしのブログを「お気に入り」に入れて読んでくださっていたことがわかりました。

生きるのがつらくなって「助けて下さい」と書いて検索したら、2006.3.28に掲載した詩「だいじょうぶだよ」(わたしのHPの詩のページにもあります)にたどりついて命拾いしたというメールをいただいたときは、鳥肌がたちました。

同じ病気(乳がん)の方からメールやコメントをたくさんいただいています。
わたしの文章がクリスチャンでない方にも共感していただけて嬉しいです。

神さまがネットのうえにも働いておられることを実感しています。

                   つづく

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ぶどう狩りと宇宙センター

2010-09-23 09:36:30 | 日記
雨が降ってきて、昨日までの暑さが嘘のように肌寒い朝になりました。

一昨日、息子一家とぶどう狩りに行ってきました。恵まれたことに我が家から車で20分ぐらいのところに果物狩りができる農家がたくさんあります。



昨年ぶどう狩りに行ったときは、巨峰は採りつくされていて、スチューベンしかありませんでした。今回は巨峰食べ放題です。(白い袋がかぶせてあります)
ひと粒、ひと房が大きいので、4人で3房食べたら満腹になりました。種も少なく、甘くておいしいぶどうでした。

その後、つくばエキスポセンターに向かいました。「ロケットを見に行こう」と言うとヒックンは大喜びです。
ところが、お休みで閉まっていました。いつも月曜休みなので大丈夫と思っていたのですが、20日の祝日の代わりに休みだったようです。

あきらめて帰ろうとすると、ヒックンが「ロケットは? ロケットは?」と車内で大騒ぎ。
気を紛らわそうとしても、ジュースやお菓子を出してもごまかされません。

「ヒックンを落ち着かせるため、遠回りして土浦にもどろう」と息子が言って、車を走らせていると、たまたま筑波宇宙センターの前を通りかかりました。

看板の横に展示中という文字が目に入りました。宇宙センターは予約しないと入れないと思い込んでいたのですが、見学できるようです。ほっとしました。
外に展示されている大きなロケットを見て、ヒックンは大喜びです。


展示室にはこれまで打ち上げられたロケットの1/20の模型が並んでいました。


人工衛星の試験モデルが展示されていました。実物とほぼ同じだそうです。


宇宙飛行士が実験を行う「きぼう」の船内実験室の中に入りました。大型バスぐらいの大きさです。

宇宙服が展示されていました。堅い素材で、かなりの厚さです。(14層になっています)重さは120㎏もあるそうです。
宇宙では重さを感じないかもしれませんね。これを着て宇宙旅行ができたらどんなに素晴らしいでしょう!



「ロケットに乗ったけど、ビューンって飛んで行かなかったよ」と言ったヒックンへ。

君なら宇宙飛行士になる可能性はあるよ。
大きくなったら宇宙飛行士になって宇宙に行き、そのようすを伝えてほしい。
君が大人になるころは、もっと宇宙のことが解明されているでしょう。

でも、まだ謎はいっぱいあるだろうね。
不思議なこともたくさんあるだろうね。

君が宇宙飛行士になれなくても、
広大な宇宙に思いをよせたとき、
宇宙の創造者を知ってほしい。
こんなに広大な宇宙、すばらしい地球、
尊いいのちを与えてくれたお方がいることを知ってほしい。
それが君を愛するこの者の願いです。

宇宙の好きなババより。


北海道 道央の旅(その6)

2010-08-25 16:25:45 | 日記
 美瑛から千歳空港に向かうとき、ガソリンが少なくなってあせりましたが、心配には及びませんでした。車には便利なカーナビがついています。今いるところから一番近いガソリンスタンドが検索できるのです。検索したら意外と近くにあったので、ほっとしました。

空港近くになると、カーナビが「渋滞しています」とさかんに言っていましたが、少し混んでいる程度でした。
「北海道では、この程度で渋滞って言うんだ……」
「これくらいで渋滞って言ってたら、都内ではすべての道が渋滞になってしまうね」
と話しました。
それでも千歳空港に着いたのは、3時少し前でした。ガソリンを満タンにして車を無事返すことができました。3日間で走行距離600㎞を超えたそうです。運転してくれた息子夫婦に感謝しました。

空港で一時間半もあると思ってゆっくり昼食をとっていたら、お土産を買う時間がわずかになってしまいました。先に食べ終わったわたしは、ヒックンを連れてお土産屋に。

店は混雑していました。ヒックンにおもちゃを買ってあげ、おとなしくしているうちにさあ買い物をと思ったら、ヒックンがいません。店を出てひとりで歩いているのがみえました。あわててつかまえました。危うく迷子になるところです。目が離せません。腕をつかんでないとまたどこかへ行きそうです。

鞄の奥で携帯が鳴っています。でも出られません。結局お土産は見ることもできず、娘に頼んで買ってもらいました。

搭乗手続き前もトイレやら何やらでバタバタして、飛行機に乗ったのは、ぎりぎりの時間でした。座席につくと、ほっとして汗が滝のように流れ出ました。

機内でうとうとしていると、娘が「丸い虹だよ」と言いました。みると円形の虹が出ていて、なんとその中を飛行機が通ったのです。
 (写真にうっすらと円形の虹があるのがおわかりでしょうか。虹の中に機影が写っています)

虹は、神さまが人類を一方的に祝福してくださるしるしです。

ノアの洪水あと、箱舟から出たノアとその家族はまず祭壇を築き、神さまに礼拝を捧げました。そのとき、神さまは雲の中に虹を立て、 「もはや大洪水が地を滅ぼすようなことはしない(創世記9:11)」とおっしゃいました。神さまは一方的に約束をして下さったのです。

その虹の中に入ったとは……。over the Rainbowではなくてin the Rainbowです。わたしたちは神さまの祝福の中にすっぽりと入れられたのです。

帰りの道中も素敵なことがありました。モノレールからと、常磐線から花火見物ができたのです。14日はちょうど東京湾花火大会をやっていたようです。また、常磐線の方は、取手花火大会が行われていて、車窓からよく見えました。ヒックンは大喜びで帰りも車中で叫びっぱなしでした。

事故も怪我もなく、ひとりひとりの健康も守られ、無事帰ることができて、心から主に感謝しました。

北海道の旅日記、当初は2回ぐらいで終わるつもりでしたが長くなってしまいました。最後までお読みくださった方、ありがとうございました。

お読みになって下さった方々のうえにも神さまの祝福がありますように。

おわり

北海道 道央の旅(その5)

2010-08-23 11:48:04 | 日記
 旅の2日目は3か所も行って盛りだくさんでしたが、最終日は帰りの飛行機の時間(16時30分発)が決まっているので余裕を持って移動しなければなりません。

ホテルを9時過ぎに出発して、まずは青い池をみに出かけました。青い池はホテルから車で5分ほど、駐車場から歩いて7分と聞きました。青い池をみてから富良野へ行こうと思っていたのですが……意外と時間がかかってしまいました。

前日は、はりきって旭岳の険しい山道を登ったヒックンでしたが、疲れが出たのか、10歩も歩かないうちに「抱っこー」と言ってすわりこみます。なだめながら歩かせたり、おじいちゃんに抱かれたりしてようやく着きました。

名前通り青色の池で、池の中から木が生えていました。十勝岳の火山災害から美瑛町を守るため火山泥流を貯める施設として作られたブロックえん堤に水が溜まり、池になったのだそうです。白金温泉で湧出している「白髭の滝」と美瑛川の水がまざって発生するコロイドが池の水を青く見せているという不思議な現象なのだそうです。
幻想的な青色に魅せられました。(写真は実際の色と少し違っています)

泥流を貯める施設として作られたものが観光地になるとは誰が予想したでしょうか?
人生も、予想もしない方向にむかっていき、そこで用いられることがあります。当初の目的や意志と違っていても神様によって用いられる人生なら嬉しいです。

ヒックンは池を見るより、砂遊びに夢中になりました。そして、帰り道でも時間がかかり、駐車場に戻ったときは11時になっていました。
レンタカーを3時までに返さなければならないので、車中から景色を楽しみながら千歳へ向かいました。

途中でガソリンが残り少なくなってきたのに気づき、あせりました。ここでは関東のようにあちこちにガソリンスタンドがないからです。
ガス欠で止まってしまったら、JAFを呼んだとしても時間がかかってしまいます。飛行機に乗り遅れたら今日中には帰れません。緊張感が走りました。

        つづく



北海道 道央の旅(その4)

2010-08-20 12:59:46 | 日記
三浦綾子文学館から旭山動物園に向かいました。13日は良く晴れて暑く、気温は30℃近くあるように感じました。でも、関東と違って湿気がないので、さわやかでした。

ライオンや黒ヒョウは暑さでぐったり寝ていました。着いた時、ちょうどアザラシのもぐもぐタイムだったのでアザラシ館へ行くと、何重にも人垣ができていて、屋上も人がいっぱいで見ることができませんでした。

ペンギン館は割合すいていたのでよかったです。ペンギンのディズニー映画「ハッピーフィート」のDVDを見ているときは、ペンギンになりきっているヒックンです。本物のペンギンをみて大喜びでした。

ペンギンが泳ぐ姿を下からみることができました。


木の枝から顔を出したレッサーパンダに向かってヒックンは「たぬきさん、こんにちわ」と言っていました。

暑いので2時間も見て回ると疲れておなかもすいてきました。レストランにいくと、長蛇の列。動物園内で食べるのはあきらめて、別の場所に行くことにしました。
昼食をすませて次に行ったところは、大雪山旭岳です。ロープーウェーに乗って散策路を歩きました。


写真のように険しい坂道で、水たまりと石ころだらけだったのですが、何とヒックンは自分で歩くといって、どんどん上って行きました。危ないところだけパパに抱っこしてもらって一時間近く歩き通しました。
わたしはヒックンに負けてはならないとがんばって歩きましたが、一周するころには足ががくがくしていました。



頂上でパパと一緒に鐘を鳴らしました。

ロープウエーでは
富士山に登って山岳の高さを語れ、大雪山に登って山岳の大きさを語れ」と大正の文人、大町桂月の言葉にもありますが、神奈川県に匹敵すると言われる、大雪山の広大さを実感できることでしょう。
というアナウスがされていました。




繰り広げられる美しい景色に神さまの創造のすばらしさを想い、心打たれました。

帰りのロープーウェーを降りると、もう5時半です。美瑛白金温泉にあるホテルへ急ぎました。

                          つづく

北海道 道央の旅(その3)

2010-08-19 13:11:42 | 日記
 三浦綾子文学館は開館12年になるそうですが、できたころから訪れたいとずっと思っていました。北海道は遠くてめったに行けないし、数年前北海道旅行した時は、旭川まで足を延ばせませんでした。

今年、願いがかなって訪れることができ、感無量でした。
1階の展示室をみてから2階にいくと、図書コーナーに「想い出ノート」と名付けられた訪問者ノートがありました。(100冊目になるそうです)わたしは、次のようなことを書きました。

  
「長年の願いがかなえられて、ここに来ることができました。三浦綾子さんに優しく迎えられているようです。
わたしは三浦綾子さんの本を読んでキリストを信じるようになりました。もし、三浦綾子さんの本に出会わなかったら、どんなに暗い人生を送っていただろうかと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。」



そのとき、階下から聞き覚えのある声がしました。急いで階段を降りると、三浦綾子さんのご主人で、館長でもある三浦光世さんが老婦人と話していました。

5、6年前、わたしの通う土浦めぐみ教会に三浦光世さんをお招きしてメッセージをしていただいたことがありました。そのときからお変わりなく、背筋をまっすぐ伸ばされ、素敵なベージュのスーツを着こなしておられました。
三浦光世さんにお会いできるとは全く予想していなかったので、驚きました。神さまは何てすばらしいことを用意してくださったのでしょうか。

老婦人との話が終わったとき、わたしは思わず名乗りをあげ、土浦めぐみ教会でメッセージを聞いたこと、三浦綾子さんの本を読んで救われたことを話しました。
光世さんは喜んでくださいました。

それから光世さんは、見学している人たちに館内を案内するから一緒に来るようにおっしゃり、光世さんの説明を聞きながら展示室をまわりました。
光世さんは、綾子さんのエピソードをたくさん話してくださいました。
そのひとつを紹介します。

おふたりが並んで立っている結婚式の写真をみて、
  「このとき、本当は腕を組むはずで、前日の予行演習ではそうしていたのに当日はすっかり忘れてしまった。綾子は覚えていたらしいが、はずかしくて腕を組んでくださいと言えなかったと後で言っていた」というほほえましいエピソードを語ってくださいました。

光世さんは月曜から金曜の午前中は毎日来ておられるそうです。(午前中に訪れてよかったです!)お年は86歳と聞いて驚きました。ずっとお若く見えましたので。
ご一緒に記念写真をとっていただきたかったのすが、息子から迎えに来たとの電話が入り、名残惜しい気持ちでいっぱいになりながら館を出ました。


三浦綾子文学館のパネルに書かれていた綾子さんの言葉を紹介します。
  
私は小説を書く時「人間とは何か」「与えられたこの生命を人間らしい美しさをもって生きられないものか」と苦心するのだが、なかなか一筋縄ではいかない。(「命ある限り」より)
 
つづく

*冒頭の写真は、絵葉書になっているものを写した画像です。

北海道 道央の旅(その2)

2010-08-18 16:30:53 | 日記
千歳空港でレンタカーの手続きに1時間。札幌までの移動に1時間近くかかり、昼食を終えたときには4時になっていました。

一泊目のホテルは旭川です。(旭川空港を利用したかったのですが、2か月近く前に旅行社を通して頼んでいたのに旭川空港のチケットが往復ともとれなかったのです)
札幌から旭川まで3時間近くかかるというので、札幌観光はせず、旭川に直行しました。

今回の旅行は、それぞれの思いが違っていました。主人はヒックンを旭山動物園に連れて行きたいという思い。
息子は、観光はどうでもいいから美味しいものが食べたいという願い。
嫁と娘は景色のいいところに行きたいし、美味しいものも食べたいという気持ち。(このふたりについてはわたしの推測です。違っていたらごめんなさい)
わたしは、旭川まで行くのなら、三浦綾子文学館に行きたい。そこにさえ行ければ十分と言っていました。
それで旭山動物園と文学館以外に行く場所とルートは、運転する息子夫婦に決めてもらうことにしました。

当初の予定では4時ごろ旭川に着くはずだったので、まず三浦綾子文学館に行くつもりでした。でも、着いたのが7時をまわっていたので翌日行くことにしました。
夕飯は旭川ラーメン村ですませ、ホテルに向かいました。

翌朝9時前、わたしひとりでホテルからタクシーで三浦綾子文学館に向かいました。ほかの人達は興味がないから行かないといって、ホテルでゆっくりしてから迎えに来てくれることになりました。

三浦綾子文学館は、想像していた通りのほっと安らげる場所でした。見本林(氷点の舞台となった場所)の中にあって静かでした。
執筆された本が並べられ、子供の時から晩年までの写真パネルや、三浦綾子さんの言葉が書かれているものが展示されていました。

小林多喜二の母、セキをモデルに書いた小説「母」が特別展示されていて、壷井栄がセキにあてた直筆手紙も公開されていました。

三浦綾子さんがやさしく出迎えてくださっているような気がしました。

そこで思いもかけぬ素晴らしいことがありました。

       つづく

北海道 道央の旅(その1)

2010-08-16 16:30:31 | 日記
12日から14日、主人と娘。息子一家と北海道へ行ってきました。

関西から戻って一週間もしないうちに旅行する計画をたてたときは、体調良好だったので不安はありませんでした。
体調を崩してからは、行けるのだろうか?と不安を抱きながら旅支度をしました。

今回はわたしだけではありません、6人の体調が整えられること。怪我や事故のないこと。台風で飛行機が欠航にならないこと・・・などたくさんの条件がクリアされて出発できるのです。

出発の4日前にヒックンが熱を出したとの連絡が入りました。その前日に日本脳炎の予防注射をしたので、その副作用かもしれないということでしたが、病院に行っても風邪との区別がつきませんでした。
2日前からは熱が下がりましたが、大事をとって保育園は休ませ、こちらで預かることにしました。

前日になってこんどはヒックンママの体調が悪くなり、熱が出たと言うので、ずいぶん心配しました。でも熱は一日で下がり、12日の朝は6人で無事出発できました。

土浦から羽田まで、電車とモノレールで行くことにしました。11時発の飛行機でしたが、余裕を持って早目(7時過ぎ)に家を出ました。
3歳5か月のヒックンはいつも車で出かけているので、電車もモノレールも飛行機も初体験です。スーパーひたちに乗ったら、大喜びでした。車窓から見える電車に興奮して「赤い電車だ。青い電車だ。緑のもある!」と叫び続けていました。

台風の進路を気にしつつ空港へ行くと、飛行機は予定通り運航していました。
飛行機はヒックンも一つの座席にすわります。こわがって「抱っこ」と言わないか心配しましたが、平気でニコニコしていました。

わたしは、飛行機は苦手です。離陸と着陸のとき、耳と頭が耐えられないほど痛くなることがあるからです。今回はアメをなめながら、耳抜きをし続けていたらそれほど痛みませんでした。
1時間半ほどで千歳空港に到着しました。

空港を出ると小雨が降っていました。気温は21℃。北海道も暑いと聞いていたので、長そでは薄いものしか持ってきていませんでした。
でも、寒かったのはそのときだけで、翌日からは晴れて暑くなりました。

予約していたレンタカーに乗り込み、まずは札幌に向かいました。


写真は旭岳 姿見の池
                     つづく

久しぶりの関西(その4)

2010-08-11 08:45:34 | 日記
翌日は、昨日も会ったMちゃんに長田に連れて行ってもらいました。阪神大震災で焼け野原になった長田に復興の希望を託して作られた鉄人28号のモニュメントを見るためです。
朝から刺すような日差しです。暑いのは土浦と同じぐらいですが、土浦より蝉の声が勢いよく、頭の上から降ってくるような感じです。

わたしが小学一年生の時「鉄人28号」のアニメをテレビで見ていた記憶があります。鉄腕アトムと共に大好きなアニメでした。
小学校に入学した時、下駄箱の番号が28番だったので「鉄人28号だ!」と喜んだのでした。

この鉄人28号のモニュメントは、アニメーション版の設定に合わせて作られた1/1スケール像で、足を伸ばして直立させたときの全長が18mになるように製作されたそうです。
写真を何枚か撮りましたが、写す向きによって違った表情に見えるから不思議です。

長田の街はすっかり新しくなっていて、震災があったと想像つかないぐらいでしたが、人々の心の傷はまだ癒されてないのだなあと思い、街の人達のために祈りました。

鉄人28号の作者、横山光輝の書いた三国志の絵が展示されているところに入りました。そこはクーラーがきいて涼しかったのでひとしきりおしゃべりをして、早目の昼食をとることにしました。

明石のタコ焼きを初めて食べたとき(関西に住んでいたころ)感激しました。ソースをかけず、タレにつけて食べるのですが、そのおいしさは格別です。
関東ではめったに食べられないので、「お昼、何しよか?」と聞かれた時、迷わず「明石のタコ焼き」と答えました。
今回は牛筋入りたこ焼きを食べました。タコではなく、牛筋とこんにゃくを煮て味付けしたものが入っているものです。とてもおいしかったです。

あっという間に帰りの新幹線の時間が迫ってきました。長田のとなり、兵庫駅近くで仕事をしているもうひとりの友人と合流して、新神戸へ向かいました。新神戸駅の近くで働いている別の友人も見送りに来てくれました。このふたりは、昨日会えなかった友人です。
つかの間の再会でしたが、変わらない笑顔をみせてくれて嬉しかったです。

親切で愛に満ちた友人がいて、何て幸せなんだろうと思いました。
信仰について話すことはほとんどできませんでしたが、

「グリム(わたしの愛称)、生き生きしてるやんか」と言われて嬉しかったです。
神戸に住んでいたころ「死んだ魚の目をしてる」と言われたことがありました。
確かに魂が死んでいました。

今は、当時に比べ体力も記憶力も劣っています。でも、神様から力を注がれて生きる気力に満ちています。
昔あって今ないものは肉体の若さです。今あって昔ないものは魂の若さです。

聖書の言葉
たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。(Ⅱコリント4:16)


                  おわり



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