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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

久しぶりの関西(その3)

2010-08-10 11:47:49 | 日記

5日。JCPの学びを終えた後、神戸へ向かいました。学生時代の友人たちと会う約束をしていたのです。
わたしは中学1年から12年間、神戸市東灘区に住んでいました。神戸は第2のふるさとです。

地下鉄烏丸線に乗って松ヶ崎から京都へ。JRに乗り換えて京都から三宮まで約一時間でした。
大阪を過ぎるあたりから、なつかしさで胸がいっぱいになり、車窓の景色をじっと眺めました。街は、高層ビルやマンションが立ち並んでおり、昔の面影はありませんでした。(震災後に建てられたものが多いそうです)

でも、山は昔と変わりません。六甲山系の山を切り開いた住宅地に住んでいたので、山を見ると昔のことを思い出します。
三宮駅近くのホテルに荷物を置いて、友人との待ち合わせ場所に行きました。

友人というのは、頌栄短期大学の人形劇部の仲間です。11人のメンバーのうち、10人が兵庫県に住んでいます。友人のほとんどは働いており、平日なので集まれる人は少ないと思っていたのですが、4人が仕事を早退して来てくれました。2人は遠く姫路からです。

久しぶりなのに、毎日会っていて昨日別れたばかりのような感じで、おしゃべりに花が咲きました。お互い学生時代の愛称で呼び合っているので、姓が変わっても関係ありません。


バスの窓から「フラワーロード」と書かれた標識が見えます。


気持ちはすっかり学生時代に戻っていますが、話題は更年期のこと、身体をこわしたこと、老眼になったこと(これには個人差がありました)、親の介護の問題、孫が早く欲しいことなど年相応のことを話していました。でも、みんな同じ年ですから、気が楽です。

孫がいる人はわたしひとりでした。もうすぐ孫が生まれる人はいましたが・・・。
写真を持って行って孫自慢をしてしまいました。

前回会った時は3~4年前だと思っていたのですが、なんと6年前だったことにあとから気づきました。(この時のことは、2006・5・12~5・21の
ブログに書いています)
時がたつのは早いですね。
                 つづく

ナポレオンも急性副鼻腔炎だった?

2010-07-24 11:34:08 | 日記

くちびると、てのひらと足の裏が一皮むけました。のどには白い斑点が現れ、消えていきました。菌との激しい戦いの跡です。

よく、勝利してくれました。勝利させてくださった神さまと、祈りで援護射撃をしてくださった皆様に心から感謝します。

ナポレオンはロシア遠征でひどい鼻風邪をひいたそうです。それで判断を誤ってフランス軍が負けたという説があるそうです。事実かどうかわかりませんが、ナポレオンはもしかして急性副鼻腔炎だったのでは? など勝手に想像しています。
3時間の睡眠しか必要としなかったあのナポレオンでも、鼻風邪にはかなわなかったわけです。

今回病気して、以前のような精神的落ち込みがなかったことを思いました。
以前は具合悪くなるたびに「なんてわたしは弱いのだろう……」と、自分の弱さを嘆いてみじめな気持になっていました。

この身体の弱さは、神さまが何か目的を持ってわたしに与えて下さったものだと気づいてからは、嘆かなくなったのです。
具合が悪くて伏せっている時間は、決してマイナスの時間ではないのですから、早く治さなくては・・・と焦る必要はないのです。

今回は伏せっている間に作品集に掲載した長編小説「エフラテール」の続編のストーリーが与えられました。大きな収穫です。

クリスチャンになる前は、病気すると神さまの罰ではないか? と思っていました。自分が何か悪い事をしたから罰が当たったんだと考えていました。でも、それは間違いでした。

神さまは罰を与えるようなお方ではありません。確かにわたしたち人間には罪がありますが、神様はそれを赦すためにひとり子のイエスさまを十字架にかけて下さったのです。イエスさまは罪がなかったのにわたしたちの身代わりとなって罰を受けて下さいました。
このことがはっきりしているので、罪のために病気や災いが起こるのではないと確信できるのです。

ひとつだけ、心痛めることがありました。それは23日、24日に教会学校で低学年夏期キャンプが行われました(現在行われています)。わたしは夏期キャンプの実行委員なので、はじめから準備に携わってきましたが、途中で体調を崩して参加も見合わせることになり、他の方に多大な迷惑と負担をかけてしまいました。
そのことを思うと胃が痛んでいました。

でも、祈って支えるという奉仕があることに気づかされ、昨日から夏期キャンプのために、参加する46人の子どもたち、奉仕する16名の教師たちの名を挙げて祈っています。

夏期キャンプは、そろそろ終わりの時間に近づいてきました。子どもたちの満足した顔が目に浮かびます。

み言葉を握って

2010-07-22 16:41:59 | 日記
今日病院へ行ってきました。一週間前に比べて、だいぶ良くなっていました。
まだ喉に炎症が残っているので、無理はできませんが、安静と外出禁止からは解放されました!
お祈りしてくださった方々、ありがとうございました。
本当に多くの方々のお祈りに支えられていたのだなあと思います。

ふつうの風邪だと思っていたのが長引き、原因がなかなかわからなかったので重症化してしまいました。

10年ぐらい前にも急性副鼻腔炎になったことがあり、そのときは頭が割れるように痛かったので、病院ですぐCTを撮ってわかりました。
今回は最初痛みがなく、熱も37℃台だったので診断がつかなかったのです。
最初の一週間くらいは平安でいられたのですが、2種類の抗生剤を飲んでも効かず、熱は高くなり、どんどん悪化していったのでさすがに不安になりました。

何気なく首筋に手を当てると、リンパが腫れていたのでぞっとしました。
乳癌の転移だろうか・・・。抗生剤の効かない病気になったのだろうか・・・もう二度と元気になれないのだろうか・・・。と、思いは悪い方へ傾く一方です。
出口のないトンネルはない。太陽は雲の上に・・・と思っても不安に負けてしまいます。
薬を飲んで安静にしているのに顔面と前頭部に痛みが出て、熱は39度近くまで上がりました。

「神さま、助けて下さい」「神さま、癒してください」と涙を流して叫ぶしかできない自分。
あなたの信仰はどこにあるのですか?
あなたはそれでも神さまの善意を信じますか?
と誰かに問いかけられているようでした。
自分の弱さと無力さと信仰のなさを徹底的に思い知らされました。
そんな中で神さまの善意は疑いませんでした。

不安に押しつぶされそうになった時、枕元に置いていた聖句カードをつかんでいました。(色画用紙に聖句を書いたカードをリングでまとめ、いつも手元に置いています)


「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。(詩篇121:1-3)」


カードに書いてあった聖書の言葉です。聖書の言葉は、真実なる神様の約束です。
『天地を造られた主が助けて下さる。主は、いっときもまどろむことなく、わたしのことを見守っていてくださる。』

そう思ったとき、きっと癒されると思って心から安心しました。そのときふと、この顔面の腫れと痛みは副鼻腔炎によるものではないかと気づきました。
神さまが気づかせてくださったのです。
翌日(7/15)耳鼻科を受診すると、やはり急性副鼻腔炎でした。原因がわかったので適切な薬が処方され癒されていったのです。


わがたましいよ。主をほめたたえよ。
私のうちにあるすべてのものよ。
聖なる御名(みな)をほめたたえよ。
わがたましいよ。主をほめたたえよ。
主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。
主は、あなたのすべての咎を赦し、
あなたのすべての病をいやし、
あなたのいのちを穴から贖(あがな)い、
あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、
あなたの一生を良いもので満たされる。
あなたの若さは、鷲のように、新しくなる。(詩篇103:1-5)

もう少しです

2010-07-20 11:32:06 | 日記

長い間、ご無沙汰していました。
ブログをはじめてから10日以上更新しなかったことは、今までなかったと思います。

熱が下がってよくなってきたと思えば、また上がり、結局2週間近く熱が続きました。
抗生剤を飲んでいるのにどんどん症状が悪化していくので、15日に病院で再検査を受けました。

熱の原因は、急性副鼻腔炎によるものだとわかりました。
炎症の度合いが非常に強いので、一週間は外出禁止。安静にするようにと言われてしまいました。

首のリンパが腫れていたので癌の転移では?と心配になりましたが、そうではありませんでした。

顔面も腫れ、痛みがあったので『冷えピタ』を小さく切って顔中に貼って寝ていました。

昨日から痛みもなくなり、平熱になりました。やっと少し起きて何かできるようになりました。でも、すぐ疲れるので寝たり起きたり・・・ゆっくりやっています。

10日ぐらい全く家事ができなかったのですが、主人と娘がいっさいやってくれたので安心して休んでいられました。

神様から苦しみをいただきましたが、恵みとあわれみと平安もいただきました。
デボーションの冊子、デーリーブレッドの今日の箇所を読んで確信しました。(Ⅱテモテ1:2)

もっと書きたいのですが、今日はこのへんで・・・。完全に回復するまでもう少しです。


願いは叶えられなかったけれど・・・・・・

2010-07-09 11:52:38 | 日記
何日も前から楽しみにしていたOBIのサマースクーリング。軽井沢行きの新幹線往復チケットも買い求め、旅行バッグに荷物を詰め、準備万端整えていたのに行けませんでした。当日(5日)朝、熱が出てしまったのです。

数日前から風邪をひき、のどに痛みがありました。わたしは生まれつき抵抗力が弱く、風邪をひきやすい体質なので、のどが痛くなるのは日常茶飯事のことです。(扁桃腺肥大症なので1か月に1~2回はのどが腫れます)のどが赤くなっても風邪薬を飲んで休養すると、1日2日でたいていはよくなります。

ところが、先週は休養する暇がありませんでした。それでもスクーリングには必ず行けると信じていたので、行けないとわかったときはショックでした。

当日朝起きたとき、体がだるく目が充血していました。まさか? と思いながら恐る恐る熱を計ると37、3℃あります。平熱が35.6℃ぐらいなので、37℃台でも微熱とはいえません。スクーリングは2泊3日なので、明日までに熱が下がれば途中参加できるかもしれないという希望にすがって欠席の連絡をしました。

ところが、翌日になっても熱は下がりません。咳もひどく、喘息も出てきたので結局行くことができませんでした。

今年、スクーリングに参加したいという思いが与えられ、参加できるように祈ったこと。主人の許可が得られ、初めて参加申し込みができたこと。それなのに行けなかったこと。

これは一体どういうことなの? 
神様はなぜ行くことをストップされたの? 
と思い巡らしましたが、短絡的に考えて結論づけてはいけないと思いました。

目の前で起こることしかわからない者、一瞬先の未来も予測することができない小さなわたしが、神さまのお考えを知ることなど、とうていできないからです。

でも、神様の遠大なご計画の中にわたしの人生が組み込まれているのですから、このこともきっと意味のあることなのでしょう。

これはマイナスの出来事のように思えますが、主にあってプラスの出来事だと考えます。神様はいつもわたしに最善をなして下さるからです。

参加はできませんでしたが、参加申し込みをしたことに大きな意義がありました。数日前に送られてきた参加者名簿にわたしの名が記されていました。30数名の参加者の中でお顔を知っている方は数名だけでした。

スクーリングが終わった日、「参加者全員で回復をお祈りしました。」と先生からメールをいただきました。わたしのことを知らない方々もわたしのために祈って下さったのです。胸が熱くなりました。ありがとうございます。

K姉は「平安あれ」とメールを下さいました。おかげでずっと平安でいられ、病も回復しました。

わたしは、なんと幸いな者なのでしょう!! 参加者名簿に書かれた人の中でいちばんたくさんの恵みをいただいたのかもしれません。

一歩前進したと思います。来年に希望をつなぎます。感謝と喜びに満たされて・・・・・・。

ようやくできた作品集

2010-06-24 20:08:28 | 日記

今日、病院で乳がんの再発を調べる検査の結果を聞きました。異状なしと聞いてほっとしました。感謝!


昨日は、児童文学者協会茨城支部の集まりに出かけました。
かつて同人誌「青い星」を発行してきた茨城児童文学の会は、8年前に解散しましたが、2年後に再結成して土浦で年に数回の例会を行ってきました。メンバーは「青い星」からの者たちがほとんどですが、人数は減って9名ほどです。

このたび、児童文学者協会茨城支部として再結成して初めての作品集を出すことができました。
「作品集を作りましょう」という支部長の発案から4年もたっています。4年の間に夏に2回の合宿をし、合評を重ねてきました。
ついに、昨日出来あがってきたものを手に取りました。
体裁は学校の文集という感じですが、中味は読みごたえのある作品ばかり……と自画自賛。

実は自分の作品を読み返して恥ずかしくなり、また書き直したい衝動に駆られています。
ともかく、商業出版で本を出してもらうことが難しい今の時代、このような形ででも長編を発表できたことが嬉しいです。

作品集の名前は「エフラテール」わたしの作品名からとられている訳は、単にわたしの作品のページ数がいちばん多いからです。
エフラテールの意味は作品を読むうちに解き明かされます。

作品の内容を簡単に紹介すると・・・

交通事故で右手が動かなくなった4年生の宏人(ひろと)は、ドッジボールができないことを悲しみ、動かない手を憎み、劣等感を抱いています。宏人はマントヒヒと竜の住む星にいき、マントヒヒの子ども、チムリンと友達になります。チムリンも片耳が聞こえないというハンディを抱えていますが、全く気にしていません。チムリンと冒険の旅をするうちに宏人が自分の障がいを受け入れるようになるというストーリーです

この小説を書くのに実は16年もかかっています。もちろん16年ずっと書き続けていたわけではありませんが、最初は短編として書き、3回合評にかけています。
どうしても完成できなかったのは、わたし自身が喘息のある弱い体を受け入れられなかったからです。受け入れられるようになって初めて書き上げられたというわけです。



自分を見つめると・・・

2010-06-11 12:34:24 | 日記

日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のHP管理人をさせていただいています。毎月10日前後に更新をしています。

作成したのは娘で、わたしはいまだに仕組みがよくわかっていないのですが、更新はスムーズにできるようになってきました。
ところが、9日にレンタルサーバーから次のようなメールが届きました。


新構成サーバーへの移設により、一部の設定が変更となっております。これに伴い、お客様による設定の変更が必要となります。
大変お手数ですが、変更点をご確認の上、お客様にて変更作業を行っていただきますよう、よろしくお願いいたします。


(えーっ、どうして移設したの? 設定変更ってどうやったらいいの?) 

さっそくリンクしているHPをみて説明を読んだのですが全く解りません。

FFFTPを開いて更新しようとしてもできません。娘は仕事に出かけて留守です。
2時間も悪戦苦闘して「わからない、わからない。どうしよう」と、パソコンの前で叫んでいました。

幸い翌日は娘の仕事が休みでした。さっそく頼むと「それぐらい自分でできなくちゃ」と言いながら5分もかからずに設定を変更してくれました。

やり方をみていて、そういえば半年ぐらい前も同じようなことがあって、やはり娘に設定変更してもらったということを思い出しました。そのとき、やり方を覚えたはずだったのに・・・すっかり忘れているとは・・・・。

とにかく更新できて感謝しましたが、自分が情けなくなりました。

OBIで「自分を見つめると絶望し、人を見つめると失望し、神様を見つめると希望がわく。」
と聞きました。

本当にそうだと思います。自分を見つめると無能さ、愛のなさ、罪深さに絶望します。
人を見つめると、あの人はなんて素晴らしい才能があるんだろう・・・・それに比べてわたしは・・・と失望します。
でも、神様を見上げると、神様はこんな欠けだらけのわたしを愛し、用いて下さるのだと希望がわいてきます。

自分ではなく、人でもなく、天を見上げて生きていきたいです。

クリスチャン・ペンクラブ(JCP)のHPごらんください。

写真は自然博物館の野外施設

偶然?それともご計画?

2010-06-08 19:57:29 | 日記

今日はCSの夏期学校で行く茨城県立自然博物館の下見に行ってきました。
マンモスや恐竜の骨が展示され、宇宙の不思議、地球の生い立ち、自然の仕組みなどについて説明されていて興味深い内容でした。

残念だったのは、ヒトがサルから進化していく模型が展示されていたことでした。
聖書にはこの世界(宇宙、地球、生物すべて)は神様によって創造されたと書かれています。
でも多くの人は、宇宙の起源は偶然によるものであると考え、進化論を主張しています。
息子が5歳の時、知り合いの方から図鑑をいただきました。その方が「人間は、昔魚だったんだよ」と言うと、息子は「ちがうよ。人間は最初から人間だよ」と答えました。
教会の幼児クラスで創世記のお話を聞いていたからです。

創世記の最初に「初めに、神が天と地を創造した」と書かれていますが、息子はその言葉を暗唱していました。神様によって造られたことを知っているのと知らないのとでは大きな違いがあります。
水族館に行ってさまざまな魚がいるのを見た時、娘が感激して言いました。
「神様ってすごいね! こんなたくさんの種類の魚のかたちを考えたなんて!」
神さまの創造のことを知らなければ、この発想は出て来ません。

神さまはわたしたち人間も造ってくださいました。しかも他の動物と同等にではなく、人間を特別な存在として造ってくださったのです。「人をご自身のかたちに創造された」と書かれています。この“かたち”というのは見た目ではなくて性質のことです。

自分が生まれてきたのは偶然によると考えるか、神さまの御計画によると考えるか・・・・その違いは大きいです。それは存在理由になります。

なぜ生まれてきたかわからず、存在理由がわからないために死を選ぶ人たちがいると思うと悲しいです。

人の誕生は偶然なんかじゃありません。そして魚が進化したものでもありません。
神さまは、あなたが生まれるずっと前からあなたのことを計画し、目的を持って造ってくださいました。

「それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちでわたしを組み立てられたからです。(詩篇139:13)」



きっと良くなる

2010-05-21 17:56:30 | 日記

火曜日から発熱、嘔吐で寝込んでいました。我が家での家庭集会の日が迫っていたので無理せず休むことにしました。

2日間、ほとんど何も食べずにひたすら眠っていました。普段は家のことをほとんどしない娘が仕事の合間に夕飯を作ったり、買い物に行ってくれました。
火曜日一日寝ていたのに、水曜日になっても良くなる気配がありません。あせってきました。

どうしようもないときは、日のべするか、もうひとりの家庭を開放してくださっている方に代わっていただくこともできます。中止にしてもかまいません。
でも、18年家庭集会を開いてきて自分の都合でキャンセルしたことはいちどもありませんでした。月に一度の集会を楽しみにしている人たちのことを思うと、何とか開きたいと思うのですが、吐き気が止まらないと料理もできません。ひたすら祈って横になっていました。

木曜の朝になってもすっきりしないので、変更の連絡を入れようかと思っていると、
「午後になったらきっと良くなる。それから準備すればいいよ」と娘が言いました。
その言葉を聞くと、本当にすぐ良くなる気がして横になりました。1時間ほど眠って起きると、すっきりしています。食欲がないのでいつもの元気は出ませんが、掃除や買い物、料理ができました。

そして、今朝になるといつもの元気が与えられ、家庭集会を開くことができたのでした。神様は必要な時に必要なことを成してくださいます。主に感謝!

代わりに(?)娘が昨夜から熱を出してしまいました。

家庭集会では8人の方が訪れ、新しい方も参加され、たくさんの祝福を戴きました。

家庭集会でも話題になり、親子礼拝でテーマソングとして賛美した歌を紹介します。



      誰かのために

誰かのために あなたは生まれた
誰かを愛し よろこばせるため
誰かのために あなたは生まれた
誰かとともに よりそうために

*あきらめないで 夢やぶれても
あなたを待っている人がいるから
忘れないで あなたしか
できないことがあるから

あなたのために イエスは生まれた
あなたに いのち与えるために
あなたのために イエスは生まれた
あなたに 未来与えるために

*くりかえし

土浦めぐみ教会のHPのmegumi musicで曲を聞くことができます。楽譜もダウンロードできます。

日々新たに

2010-05-13 21:26:21 | 日記

母が我が家に来ています。
母は80歳になりましたが、フィットネスクラブに週に3回も通うほど元気です。でも、久しぶりに一緒に出かけたら、以前と比べて歩く速度がずいぶん遅くなっていることに気づきました。

今日は市内の老人ホーム見学にいきました。老人ホーム見学は2か所目です。前回見学したところは部屋が狭く、収納が少ないことで気に入りませんでした。今日行ったところは、気に入ったようです。

でも、簡単に入居を決められません。都内に住む妹が母と一緒に住むことを望んでいるからです。
わたしは、母がキリストに導かれることを第一に願っています。土浦に住めば、教会の礼拝や高齢者の集いに連れて行けるので、こちらに住む方がいいと思います。
でも、決断するのは母自身です。無理強いはできません。
母が救われるために神様は最善のことをしてくださると信じて祈るばかりです。

今日の午後はゆっくりできたので、証し文を読んでもらったり、聖書の話をすることができました。
今年の土浦めぐみ教会の年間テーマ聖句の「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。(Ⅱコリント4:16)」を母と読みました。

「体は日々老化によって衰えるけど、内なる人が毎日新たにされるって、すごいね。」と言うと母は大きくうなずいていました。
明日はヒックンを預かることになっているので、母は喜んでいます。

観覧車

2010-05-04 21:31:21 | 日記

昨日は主人と息子一家の5人で葛西臨海公園に行き、帰りに主人の実家に寄ってきました。
臨海公園に行くことにしたのは、ヒックンが去年遊園地で観覧車に乗って以来、一日に何度も「観覧車、観覧車」と言うからです。
渋滞に巻き込まれないことを願いながら朝8時に土浦を出発しました。首都高は少し渋滞していましたが、予定より早く10時時半に着きました。

車中から観覧車が見えたとき、大喜びしてはしゃいでいたヒックンでしたが、いざ観覧車の前まで行くと、その大きさにびっくりしたのか固まってしまいました。
乗るときは、「こわーい」とパパにしがみついていました。
喜んだのは大人たちです。東京湾を臨む景色にうっとりしながら17分の空中散歩を楽しみました。水族館は大混雑で、ゆっくり見られませんでしたが、芝生でお弁当を食べ、ボール遊びをして楽しいひとときを過ごしました。

昼食後、主人の実家に向かいました。道路はすいていて臨海公園から45分ほどで着きました。義父母は、久しぶりにひ孫に会えて大喜びしてくれました。



*写真は91歳の義父と3歳のヒックン


今回、ヒックンは1日から来て、ひとりでお泊りしました。寝るとき、パパとママがいなくても平気でした。

家では2時間もひとり遊びができるようになったそうですが、我が家に来ると甘えて遊んでもらいたがります。主人がお風呂掃除をし、わたしが食事の支度をしていると、「一緒にレーシングカー走らせよう」と言ってやってきました。

「見ながら料理しているから、走らせてごらん」と言うと、「ヒックン、ひとりじゃまぶしくなっちゃう」と言って悲しそうな顔をします。

(まぶしいとはどういうこと?)と思っていたら、「さみしい」という意味でした。さみしいという感情表現をするようになったんだと驚きました。


子どもだけじゃなくて、大人もさみしいことがありますね。人間みんなさみしさを抱えているような気がします。ひとりじゃなくて大勢の人の中にいても、愛する人と一緒にいても、ふとさみしくなることはありませんか?

以前わたしは、よくこのさみしさを感じていました。
さみしさがあるのは、心に空洞があるからだと聞きました。空洞を埋めて下さるのは、創造主である神様だけです。わたしは、神様が一緒にいて下さると確信したとき、さみしさから解放されました。




心打たれたこと

2010-04-26 12:33:19 | 日記

一昨日は御茶ノ水クリスチャンセンターで行われたJCP(日本クリスチャン・ペンクラブ)の童話エッセイの会に出席しました。2時間の学びでしたが、密度の濃い祝された時間でした。


去年JCPで『わたしと聖書の人々』というテーマで「パウロのように」という証し文を書きました。「わたしのめぐみはあなたに十分である」という聖書の言葉を通して、病を受け入れたわたしの体験を書いた文章です。
病床にあった方がわたしの拙文を読まれ、平安が与えられて天に召されたことを聞いて心が震えました。

そして昨日、教会でI姉(しまい)から聞いた言葉に驚きました。I姉のお父様が、余命わずかと言われてから救いを受け入れたそうです。それは2008年に、月刊誌『百万人の福音』に掲載されたわたしの文章「心のフィルムに」を読んだおかげで父親にキリストを伝えることができたからだと言ってくださいました。

「神様があらかじめ備えてくださった文章だった」と言われ、神様のして下さる不思議に圧倒されています。

(「パウロのように」と「心のフィルムに」は、
HP「生かされて・・・土筆文香」のエッセイの部屋に掲載しています)


昨日は礼拝でギデオン協会の方の証しを聞きました。ギデオン協会は、世界188国においてホテル、旅館、病院、刑務所、学校等に聖書を無料で配布している団体です。

コロンビアで聖書を配布したときのこと、一人の少女が聖書を受け取り、家に持って帰りました。父親は聖書を見つけると、「こんなもの、読んではいけない!」と怒って少女から取り上げてしまったそうです。

少女の父親は炭鉱の坑夫でした。あるとき、鉱山で爆発事故が起こり、少女の父親を含め、大勢の坑夫が閉じ込められてしまいました。
救出はできず、全員亡くなってしまったのですが、父親の遺体を調べると、胸ポケットに聖書があったそうです。聖書には「読むべきである」と少女への遺言が書かれていました。

ギデオンの聖書には
「キリストを救い主として受け入ることをここに告白します」と書いた箇所にサインをするページがあるのですが、そのページには父親の名の他、何人も坑夫のサインが書かれていたそうです。

推測されることは、少女の父親が閉じ込められて絶望的な状態の中にあったとき、ヘルメットの懐中電灯で聖書を読み、イエス・キリストを信じたのです。

イエス様が人類の罪を赦していただくためにわたしたちの身代わりとなって十字架にかかって死んでくださったこと。そしてわたしたちの初穂としてよみがえられたこと。イエス・キリストを信じるだけで罪赦され、天国に行けること。肉体の死で終わりではないことを知り、救いを受け入れたのです。

そして、ほかの坑夫たちに聖書を読んで聞かせたのでしょう。彼らも救いを受け入れました。
まず始めに父親がサインをし、次々サインをして召されていったのです。

彼らの肉体は死んでしまいましたが、永遠の命をいただくことができました。一冊の聖書が、大勢の人の魂を救ったという感動的なエピソードに心打たれました。


「主の御名(みな)を呼び求める者はだれでも救われる」のです。(ローマ10:13)

豆腐入りケーキレシピ

2010-04-23 11:32:13 | 日記
がん患者としての心境、今日はブレイクです。簡単でヘルシーなケーキのレシピを紹介します。
実家の母のところへ行くので、お土産にケーキを焼きました。

ずいぶん前に友人に簡単なチーズケーキの作り方を教えもらいました。作ろうとしたらクリームチーズの分量が足りないことがわかって、足りない分を豆腐で補って作ったら、とてもおいしくできました。しかも低カロリーです。
最近は豆腐入りチーズケーキが我が家の定番となっています。
作り方は簡単です。


豆腐入りチーズケーキ
材料(ケーキの型1本分)
生クリーム(わたしは低脂肪のものを使っています)200CC
全卵2個 グラニュー糖1/2カップ 薄力粉大さじ3
クリームチーズ と 水切りした絹ごし豆腐 あわせて250グラム
(こってりチーズ味が好きな方はクリームチーズを多めに。あっさり味が好きな方は半々で。豆腐を入れなくてもOK)

作り方
材料すべてをミキサーで混ぜ、型に入れ170度のオーブンで45~50分焼きます。焼きたてもおいしいし、冷やしてもおいしいです。
豆腐が入っているのであまり日持ちはしません。冷蔵庫に入れ3~4日で食べるようにしています。
上の写真がチーズケーキです。

もうひとつ低カロリーケーキ紹介します。
豆腐パウンドケーキ




材料(ケーキの型1本分)
薄力粉150グラム 絹ごし豆腐(水気切って)150グラム 砂糖70グラム サラダ油40cc 卵2個 ベーキングパウダー 小さじ2 
ドライフルーツ1/2カップ(ドライフルーツは前日からワインまたはブランデーにつけておく)


作り方
1)薄力粉、ベーキングパウダーはふるっておく。
2)卵は卵白と卵黄に分け、卵白は塩ひとつまみ入れてハンドミキサーで固く泡立てる。
3)ボールにサラダ油と砂糖を入れて泡だて器で混ぜる、卵黄を入れさらに混ぜる。
4)3)に豆腐を入れ、つぶしてなめらかになるまで混ぜる。
5)1)を加え、木じゃくしでざっくり混ぜる。
6)ドライフルーツと泡立てた卵白入れ、卵白の泡をつぶさないように混ぜる。
7)型に流し込み、空気を抜いて(型を20センチぐらい持ち上げ、中味が出ないように気をつけて数回下に落とす)180度のオーブンで45分焼く。


*ドライフルーツの代わりに、ジャムや紅茶の葉、ココアの粉など入れてもおいしいです。(入れるものによって砂糖の量を調節する)

*卵白を泡立てるのが手間な場合は卵黄卵白にわけず、全卵を混ぜてもできます。卵白を泡立てた方がふんわりとしたケーキになります。

*チーズケーキもそうですが、焼き上がる10分前ぐらいにオーブンをのぞいて焼き色がついていたら、表面にアルミホイルをかぶせるとこげません。

*焼き時間はオーブンによって多少違います。中まで焼けたかどうか確かめるには、竹串をさして何もついていなければOKです。


よかったらおためしください。このレシピで作られた方は感想をくださいね。
これから実家に出かけます。


親鸞とパウロ

2010-03-30 21:28:55 | 日記

実家の法事でお坊さんの講和を聞いたとき、教会で牧師先生のメッセージを聞いているような気がしました。

実家は浄土真宗。親鸞の教えなので、キリスト教と共通点があるのでしょう。親鸞は、キリスト教に近い考え方をしています。

親鸞は「私はいろいろやってみたが、自分の力では、どうしても悪い心から完全には離れられないとわかった。だから、ナムアミダブツと唱えることでしか、私は救われないと悟った。人は、善行では救われないとわかった。」と書いています。

それは聖書のローマ人への手紙(パウロの書簡)と類似しています。「なぜなら、律法を行うことによっては、誰ひとり神の前に義と認められないからです。(ローマ3:20)」「義人は信仰によって生きる(ローマ1:17)」

親鸞は阿弥陀による救いを解き、パウロはキリストによる救いを語ります。

阿弥陀如来は四十八願をかけて厳しい修行をされた末、悟りを開いて如来になられた仏だそうです。

一方、キリストは神のひとり子で、わたしたちの罪を赦すため、わたしたちの身代わりになって十字架の上で死んでくださったのです。

人類を愛するあまり、命まで差し出してくださった方がキリストのほかにいるでしょうか?

キリストのない救いには罪の解決がありません。

親鸞がもしキリストを知っていたら、クリスチャンになったのではないかと言う人がいるほど求道的でした。

親鸞がここまで到達していてキリストに出会わなかったのは、残念です。

仏教を信じる人たちがキリストの圧倒的な愛を知ることができますように。

選択

2010-03-28 21:11:23 | 日記

昨日は、体が3つあったらいいのに……と、欲張りなことを考えていました。
教会の結婚式と日本クリスチャン・ペンクラブ(JCP)の例会。そして主人の実家の法事が重なったのです。

結婚式は、CSで受け持ったこともあり、一緒にCS奉仕をしたこともあるMさんと、やはり一緒にCS奉仕したNくんとの結婚式でした。
JCPの例会は、欠かさず出席したいという思いがありました。
主人の実家では、法事が行われました。

実家の法事は、主人の祖母の33回忌です。33年前はまだ結婚していませんから、わたしは主人の祖母と会ったことがありません。関東に住む親戚10人集まりますが、皆主人の祖母と血のつながった者たちで、従兄妹や義弟の伴侶は誰も出席しません。

主人だけ出席してもよいのです。義父母もわたしには必ず来てくださいとは言いませんでした。主人も強制はしませんでした。でも、義母はわたしに来てほしいと思っているようで、その思いが電話を通して伝わってきました。

わたしは、法事に出ることに決めました。
以前は、仏事に出席することを喜べなかったのですが、義父母が仏教を信じていることを尊重したいという気持ちと、少しでもお手伝いができれば・・・という思いが強まってきたので、今回は前向きな気持ちで出席できました。

義父が歩くのが大変なので、お坊さんに来てもらい、料理は仕出しをとることになりました。仕出し料理店が実家の近くになかったので、インターネットで調べてわたしが注文しました。

親戚の方々とスムーズに会話ができるかしら・・・仕出し弁当は時間どおりに届くかしら・・・電車が遅れて11時までに着かなかったらどうしよう(主人の実家へは我が家から3時間かかります)・・・と色々心配があったので、朝早く起きて祈ってから出かけました。

主に守られてすべてが順調にいき、食事しながら会話もはずみ、和やかなひとときを過ごしました。
主人の叔父叔母や従兄妹たちに会うのは10年ぶりぐらいでしたが、温かい言葉をかけていただいたのですぐに打ち解けて話に花が咲きました。

帰るときに、義母が言ってくれた言葉にわたしはびっくりしました。
「文香さん、今日は来てくれてありがとう。今度土浦に行った時は、教会へ行ってお参りするからね」

わたしは耳を疑いました。 今までわたしが義母を教会へ誘うようなことを言うと、「仏教を離れちゃだめだとご先祖さまから言われているからね」と拒否していたのに・・・・・・。

なんと嬉しいことでしょう! 法事に出席してよかったと思いました。


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