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生かされて

乳癌闘病記、エッセイ、詩、童話、小説を通して生かされている喜びを綴っていきます。 by土筆文香(つくしふみか)

心の傷がいやされるために

2012-01-17 16:22:20 | 日記
阪神大震災から17年がたちました。
東日本大震災の後なので、今年は特別な思いを抱く方が多いのではないでしょうか。

テレビでは震災で家族を亡くした方の心のケア―について特集が組まれていました。

あのとき、すぐ助けに行っていたら死なせなくて済んだのに……と自分責め、後悔の念にさいなまれる方。深い心の傷を抱えて苦しんでいる方。

「仕方なかったんだよ。あなたが悪いのではないよ」と言われても、自分が許せなくて苦しみ続ける方。
それは、時間が経てば解決するという問題では決してありません。

どうしたらこの傷が癒されるのでしょう……。同じような苦しみにあった人と話すことも癒しのプロセスの中で必要でしょう。

自分の罪にさいなまれる方には「どんな罪を犯しても赦して下さるお方がいる」と伝えたいです。
また、自分のことが許せず、受け入れられない人には、「そのように弱いあなたの全存在を受け入れて下さっているお方がいる」と伝えたいです。

心の深い傷を覆い隠すのではなく、見つめることによって、癒し主であるイエス様がその傷に触れて下さって、癒して下さいます。

どうか傷ついた方々がイエス様と出会い、癒しを体験することができますように。

聖書の言葉

「わたしは主。あなたをいやす者である。(出エジプト15:16)」


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今年もどうぞよろしく

2012-01-01 16:55:21 | 日記

新年のごあいさつ申し上げます。

去年義父が亡くなっているので年賀状を書きませんでした。喪中の葉書は一部の方にしか出さなかったので、たくさんの方から年賀状をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

天地万物を造られた神さまを信じている者として、喪中という考え方が受け入れ難かったので、迷った末、今年はこのようなかたちにしました。

毎年60枚近く年賀状を受け取っているのに一通も受け取れないのはさみしいことです。年に一度、近況報告を書いて年賀状のやりとりをしている方も多いので、そういう方にはあとで寒中お見舞いを出そうと思っています。

暮は息子一家が泊まりに来て、にぎやかな年末年始になりました。今年は気合を入れておせち料理を作りました。

明日は主人の実家、明後日はわたしの実家に行きます。迎えて訪れるお正月。なんて恵まれているのでしょう。

今年も「生かされて」をどうぞよろしくお願いいたします。



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一年を振り返って

2011-12-30 15:26:13 | 日記
この一年を振り返ってみると、色々なことがありました。
年の初めに義父が突然召されました。

義父は去年の12月にお風呂で火傷をして入院していました。
火傷は退院できるまでに回復したのですが、退院後自宅にもどすのは、義母の負担が大きすぎて無理なので、施設に入れるように病院のケースワーカーさんに勧められました。

勧められるまでもなく、自宅介護は無理だと皆の意見が一致したのですが、義父は「施設には入らない。家に帰りたい」と言い張り、「いつまでも入院させて!」と義母を責め続けました。
施設に入るには本人が納得しないとダメだと聞いて、どうしたらよいのか途方に暮れていました。

わたしは、義父に手紙を書きました。読んでくれるかどうかわかりませんでしたが、心をこめて書きました。怒りを抱いている義父が、施設で穏やかな心で過ごしてほしいという願いを込めて……。

その数日後、義父を見舞うと、顔つきが変わっていました。怒りが消え、穏やかな顔になっていたのです。そして、施設に入ることを承知してくれました。とても不思議なことでした。神さまの御手が義父の心に働きかけて下さったのだと思います。詳しくは1月4日のブログに書いています。

召されたのは、その6日後(1月2日)でした。夜、施設のベッドで苦しむことなく、静かに息を引き取ったのです。

その後、84歳の義母は元気で一人暮らしをしています。秋には我が家に招いて一緒に花火を見たり、温泉にも行くことができました。

3月の大震災には驚かされました。震災で失ったものはありませんでしたが、色々なことが影響として出てきています。とくに目に見えない放射能の恐怖があります。それは今でも続いており、孫が来た時には料理に水道水を使わないようにしています。

嬉しかったことは、4月からOBI(お茶の水聖書学院)本科(通信)の学生になったことです。今まで聴講生として学んできましたが、編入したいという思いが与えられました。

編入試験は震災の影響で2回も延期になりました。
一昨年は体調を崩して行けなかったOBIサマースクーリングに参加できたことは大きな恵みでした。

11月には結婚30周年記念として主人と九州旅行に行けました。
4月から主人が退職して、週3回は仕事に出かけていますが、家にいることが多くなりました。一緒にいる時間が長いと、考え方、感じ方の違いが大きいことを実感します。違いに気づくことが近づくことの第一歩だと思っていますが……。

一年間、礼拝出席できたことも感謝なことです。週の初めに礼拝に出て、その週の生きる力を戴く生活が何よりも嬉しく、主と共に歩むことができた一年でした。

最後に今年、心に留まった聖書の言葉を記します。

光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。(ヨハネ1:5)


震災のこと、病気で闘っておられる方のことを思って気落ちしていた時、この聖句に希望を見出しました。


私たちは愛しています。神がまず私たちを愛して下さったからです。(Ⅰヨハネ4:19)


神様の深い愛に気づいたとき、初めて他者を愛することができると実感しました。




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我が家のクリスマス

2011-12-25 21:18:08 | 日記
昨日は息子一家と共にクリスマスを祝いました。
我が家の定番となったローストチキン。今年は大きい(2㎏)ものが手に入ったので、オーブンで2時間近くかけて焼きました。その他のメニューはサーモンサラダ、パイシチュー、パンプキンスープ、フランスパンのカナッペです。

フランスパンのカナッペは好評で、クリスマスでなくてもよく食べます。フランスパンを薄く切ってトーストし、イカの塩辛、クリームチーズ、塩昆布を乗せていただきます。その組み合わせがなんともユニークでおいしいのです。フランスパンでなくてもクラッカーでもOKです。

今年はヒックンママから手袋のプレゼントをいただきました。わたしは絵本「ラブ・ユー・フォーエバー」をプレゼントしました。

4歳のヒックンには絵本とカルタをプレゼントしました。ヒックンはカルタを喜んでさっそく「やろうよ」と腕を引っ張られました。読みながらわたしも取ろうとすると、自分で全部取りたいと言って私の手を押さえます。

けっこう負けん気が強いのです。でも、友達とすることもあるだろうから、取られることも経験させなければと押さえる手を振り切って取ると、「ダメ―」と言って大騒ぎ。
次にカルタを使って坊主めくりのようなものができるのでそれをすると、カードを取られる度に大泣き……。賑やかなひとときでした。

今日のクリスマス礼拝のことは次回書きます。



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こんなに元気になってる!

2011-12-19 16:58:02 | 日記
風邪が悪化して13日から熱を出してダウンしていました。

15日は家庭集会クリスマス会でした。家庭集会は、ふだんは各家庭で行っていますが、クリスマスには8つの家庭集会が教会に集まって一同でクリスマスを祝います。
今年は、各家庭集会ごとにクリスマスの賛美と趣向を凝らした出し物を用意して発表することになっていました。

わたしたちの家庭集会では、朗読劇と賛美をすることにしました。皆で話し合う暇がなかったので、わたしが台本を用意し、配役も決めさせていただきました。
先月の家庭集会は20周年記念会だったのでレストランで行ったため、一度しか練習をすることができませんでした。

ところが、リーダーであるわたしが熱を出して欠席することになってしまいました。
「当日朝30分前に集まって練習しましょう」と、皆に連絡したときは元気で、まさか自分が行けなくなるとは思いませんでした。

自分の不注意で体調管理がうまくいかなかったことを思い、申し訳なさでいっぱいになりました。わたしは皆が発表していると思われる時間、祈り続けることしかできませんでした。

終わってから「文香さんがお休みでみんながっかりしたけれど、朗読劇を立派にやり通したよ」と言われて、わたしもその場にいたような気持ちになり、嬉しくなりました。


昨日の日曜は義父の一周忌の法要が実家で行われました。義父は今年のお正月に亡くなったのですが、12月にすることが決まったのです。法要は日曜の午前中なので、教会の礼拝には行けません。具合が悪くても良くなっても礼拝には出られないのだとあきらめていました。

熱が高かった木曜日の段階では、実家に行けないかもしれないと思っていました。金曜日に熱は下がりましたが、お腹の調子が悪くなりました。咳もひどく、買い物に出かける体力さえなくて、主人と娘に行ってもらいました。

土曜日は少し良くなって、近所に買い物に出ましたが、宙を歩いているようにフラフラでした。

土曜の夜、教会へ行く夢をたて続けに3回もみました。1回目は礼拝に行こうとして行けなかった夢。2回目は礼拝に出られた夢。3回目は教会に行こうとしている夢です。行けたか行けないかは不明のまま目覚めました。

感謝なことに体調はすっかり元に戻っています。
それにしてもこの夢はどういうことなんだろう……と考え込んでしまいました。

ペテロが、汚れた動物が入ったものが上から下りてきて、食べるように言われた幻を3回みた話が聖書(使徒の働き11章)に書かれています。神様はとても重要なことを伝えるとき、3回繰り返されると聞きました。


『法事のあとの会食が終わってすぐ帰れば、もしかしてオープン礼拝に間に合うかもしれない!』と思いました。主人は実家に一泊して帰るので、その日の夕飯の心配は不要です。

実家から土浦まで電車で3時間近くかかります(乗り換え2回)。しかも快速は1時間に1本。3時半の電車に乗っても、午後6時からのオープン礼拝に間に合うかどうか・・・・・・スーパーひたちに乗ってタクシーを使ったとしても遅れてしまうかもしれません。でも、あきらめないで希望を持つことにしました。

会食は2時過ぎには終わり、2時半の快速に乗ることができました。特急料金もタクシー代も使わずに駅からバスで教会へ向かい、オープン礼拝に間に合いました。

きらびやかなクリスマスイルミネーションを通り過ぎ、着いた場所はイエス様がお生まれになった馬小屋のように静かで落ち着いた場所でした。そこは本当のクリスマスの喜びがあふれていました。


帰りは、礼拝に出られた喜びにあふれ、嬉しくて、嬉しくて、とびはねるようにして帰宅しました。時計を見てびっくり。歩くといつも20分かかるのに15分で家に着いています。

『あれ? 昨日まで体調悪くてフラフラしていたわたしが、こんなに元気になってる!』

神様は必要な体力を備えて下さったのでした。



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熊本・鹿児島の旅(その3)

2011-11-12 20:58:16 | 日記
鹿児島のホテルは桜島の見える部屋でした。桜島は雲がかかっていて、上の方はよく見えませんでした。


朝から観光バス(半日コース)で仙巌園(せんがんえん)に行きました。仙巌園は、磯庭園とも呼ばれます。江戸時代初期に島津光久(19代当主)が築庭し、中国龍虎山の仙巌にちなんで「仙巌園」と名付けられたそうです。




ちょうど菊祭りをやっていました。五重塔や篤姫の菊人形がありました。


桜島(築山/遠景)と錦江湾(池/中景)を借景に取り入れて風景を楽しめるように造られたという庭園は、素晴らしかったです。生垣が波の形になっているのには感心しました。


鶴灯篭と呼ばれる鶴が羽を伸ばしたような形の灯籠がありました。


仙巌園の次はフェリーで桜島へ向かいました。観光バスごと船に乗れるので便利です。たった15分で桜島に着きました。

桜島岳の4合目にある湯之平展望所に連れて行ってもらいました。海抜373メートルあるそうです。
小雨が降ってきて、眺めはいまひとつでしたが、バスガイドさんの「鹿児島では雨はお客さんを歓迎する意味がありますので、歓迎されているのですよ」という言葉に嬉しくなりました。

『せっかく行ったのに雨で残念と』思うところ、『わたしたちは歓迎されているんだ』と雨を喜ぶ気持ちにさせてもらえました。

このところ火山活動が活発になっているそうです。道路の端の方には火山灰が積もっていました。
水のない川、野尻川を見ました。噴火時には溶岩の通路に、大雨の時には雨水の通路になるように作られているそうです。


桜島を一周してフェリーが着いたところは、水族館前でした。帰りの飛行機の時間まで3時間以上あったので、水族館を見学して時間調整してから空港に向かいました。

帰りの飛行機でふと、今回の旅行は30年前に行った新婚旅行よりよかったと思いました。
お見合いしてから半年後に結婚したわたしたちです。新婚旅行のころは、お互いのことを少ししかわからず、心も通じていませんでした。

30年経って、お互いの欠点や長所がわかって、心から安心できる関係になっています。
クリスチャンとノンクリスチャンの夫婦です。考え方も生き方も異なりますが、お互いに違いを認め合っています。

鹿児島空港のレストランで、イエス様を信じて本当によかったこと、主人と結婚して本当によかったことを伝えました。
いつか主人もイエス様を信じる日がくることを信じて……。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

                       おわり


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熊本・鹿児島の旅(その2)

2011-11-10 12:51:48 | 日記
いままで何度か旅行をしましたが、夫婦だけで行く旅行は少なかったです。息子が結婚する前は家族4人で毎年旅行に出かけ、息子が結婚してからは息子家族と共に行ったり、娘と3人で行ったり……。

結婚して一年目に息子が生まれたので、夫婦2人の旅は新婚旅行以来かもしれません。

今回の旅では信仰のあかしをしようと思っていました。どうして教会に行くようになったか、どうしてイエス様を信じたか、イエス様を信じてどう変わったかを話そうと思ったのです。

30年も一緒に暮らしてそのような話をまだしていないなんて不思議に思う方もいるでしょう。主人はキリスト教の話をすると嫌がり、機嫌が悪くなってしまうからでした。また、わたしの書いたものもHPもブログも全く関心なく、読みません。本も読んでないと思います。

最近になって、日常会話に少しずつ信仰の話を織り交ぜて話すようにはしていました。
旅行中はチャンスだと思ったのですが……観光タクシー内では話せず、汽車の中では観光案内アナウンスが入り、食事のときは食べるのに夢中で……ホテルの部屋ではテレビがついていて……ようやく少しだけ話せたのは、帰りの鹿児島空港で夕食をいただいているときでした。
それでは、旅の続きを……


阿蘇山をめぐって熊本駅近くのホテルに宿泊し、2日目はいよいよSLの旅です。

SLの発車まで一時間ほどあったので、熊本城を見に行ってきました。中に入る時間がなかったことが残念でした。


SL人吉がやってくると鉄道にそれほど関心がないわたしでもわくわくしました。主人はカメラを手に盛んにシャッターを押しています。


黒々とした蒸気が出ているのを間近でみると、タイムスリップしたような気持ちになりました。人吉市のSL展示館に展示されていたものを修復して走らせているそうです。


汽車の中は落ち着いた雰囲気で、ビッフェや図書コーナーもありました。汽車は球磨(くま)川沿いを走りました。

途中の駅は昔のままの趣がありました。
お弁当を食べながら、熊本から人吉まで2時間半の旅を楽しみました。

人吉駅で乗り換えに少し時間あったので、駅前のからくり時計をみて楽しみました。




今度は「いさぶろう号」で人吉駅から吉松駅へ向かいました。「いさぶろう号」は、明治42年開通当時の通信大臣・山県伊三郎の名前をとってつけられています。スイッチバックしてジグザグに走るのを体験しました。

次に「はやとの風」に乗ったのですが、風邪薬を飲んでいたせいで眠りこけていました。
9時46分に熊本を出て、鹿児島に着いたのは16時30分でした。

                    つづく

*写真をクリックすると大きく見えます。
*日本クリスチャン・ペンクラブのHP更新しました。ぜひご覧ください。



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熊本・鹿児島の旅(その1)

2011-11-08 12:59:44 | 日記
結婚30周年の旅行の行き先を九州に決めたのはわたしの願いからでした。九州は主人の故郷ですが、わたしは行ったことがなく、以前から訪れたいと思っていました。
主人は九州へ行くことには賛成しましたが、故郷の福岡ではなく、熊本に行きたいと言いました。SL人吉に乗ってみたいと言うのです。

熊本から鹿児島までSLと列車の旅をすることにしました。
まずは羽田から熊本空港へ。アレルギー性鼻炎のせいで離着陸の時にひどい耳痛がするので飛行機はあまり好きではありませんが、2時間足らずで行けるところが魅力です。

お昼に熊本空港へ着いたので、まずは予約していた観光タクシーで阿蘇山を案内してもらいました。
天気はあいにくの小雨。でも、途中から雨が上がって明るくなってきました。初めて見る阿蘇の壮大な景色に息をのみました。


杉林の濃い緑と薄茶色のススキ野の部分があるのはなぜだろうと思っていたら、定期的に野焼きをしているからだそうです。

野焼きをすると、牛馬のえさとなるススキやネザサなどの芽吹きが促され、ダニが駆除され、森林化が抑えられるそうです。草原の美しさは野焼きによって保たれているのですね。


馬やあか牛が放牧されていました。

阿蘇山から煙がたくさん出ていました。火口へ行くロープウェイが止まっていて、残念ながら行くことができず、火山博物館に入りました。


(上の写真は草千里)

大昔の阿蘇は外輪山に切れ目が無く、その中には水がたまって広大なカルデラ湖になっていたそうです。
その部分に家が建ち、鉄道が走っているのですから不思議です。いつまた大噴火するかわからないそうです。でも、かなり正確に噴火予測できるので大丈夫とのことでした。
でも、今年の大震災のように想定外なこともあるかもしれません。自然の前には人間は無力であることを思い知らされていますから。この地に災害が起きないように祈りました。


*写真をクリックすると大きく見えます。
*前回の記事の写真を桜島の写真に変更しました。
 
                    つづく


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今日を後悔しないために

2011-11-06 17:19:10 | 日記
3日~5日まで主人と九州(熊本・鹿児島)旅行に行ってきました。主人が退職時に会社から旅行券をいただいたので、結婚30周年の祝いとして旅行する計画をたてました。

主人は6日を含めて3泊4日の旅にしようと言ったのですが、旅行中に旅先の教会で礼拝するのは難しいので、5日中に帰ることを希望しました。

礼拝を守らなくてはならないという律法的な気持ちではなく、日曜日は礼拝を守りたいという強い願いがあるためです。そのため少しハードスケジュールになり、昨夜帰宅したのは深夜12時近くでした。

月曜日から熱を出したヒックンを旅行の前日まで預かっていて、熱が下がらないヒックンをママに委ねて旅立つことになりました。
わたしは、ヒックンの風邪がうつったのか、旅行当日から喉が赤く、3日間風邪薬を飲んでいました。
そのため眠くて、眠くて、寝てばかりいました。風邪は少しずつ回復してきて、2日目は温泉に入れました。
ヒックンは4日から熱が下がってきたと連絡があり、ほっとしました。

体調が悪かったのにもかかわらず、すばらしい旅ができ、すべてのことが守られて元気で帰宅できたこと。今日、礼拝出席できたことを感謝しています。
旅行のことは後日書きますね。


今日の召天者記念礼拝で牧師先生が読んで下さった詩をインターネットでみつけましたので、全文を紹介させていただきます。
3.11で息子さんを突然失った母が書いた詩だそうです。

最後だとわかっていたなら

あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは あなたを抱きしめて キスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが
最後だとわかっていたら
わたしは その一部始終をビデオにとって
毎日繰り返し見ただろう

あなたは言わなくても わかってくれていたかもしれないけれど
最後だとわかっていたなら
一言だけでもいい・・・「あなたを愛してる」と
わたしは 伝えただろう

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら、
わたしは 今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

そして わたしたちは 忘れないようにしたい

若い人にも 年老いた人にも
明日は誰にも約束されていないのだということを
愛する人を抱きしめられるのは
今日が最後になるかもしれないことを

明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず
もし明日が来ないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとの時間を どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

だから 今日
あなたの大切な人たちを しっかりと抱きしめよう
そして その人を愛していること
いつでも いつまでも大切な存在だということを
そっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう
そうすれば もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから


『Tomorrow Never Comes』
作 / ノーマ・コーネット・マレック
訳 / 佐川睦
出版社 / サンクチュアリ出版


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愛をください

2011-10-27 21:13:25 | 日記

心の痛みを抱えている人とかかわっています。自分には愛が欠けていると思うことがよくあります。
かえって傷を深くしてしまうのではないかと恐れたり、自分自身の傷が痛んだりします。

「神様、わたしに愛を下さい」と祈らずにはいられません。石井錦一さんの詩に共感しました。紹介します。


痛みのわかる愛を

神さま、私は、ここで生まれました
 あの町で育ちました
 この学校で勉強しました
 いままで、あの仕事も
 この仕事もしてきました
 いまどこに住んでいます・・・・・と
 はじめて会った人にも
 だれにでも話すことができます
 自分が話せることは
 だれでもあたりまえのことだと
 思っていました
 差別されてきた人
 過去にいやしがたい心の傷を負った人
 心にも、身体にも障害を負ってきた人
 このような人たちと出会って
 共に語り、共に重荷を負い合うことが
 できるようになったときに
 生まれた地名を苦しみなしに言えない人
 学歴という言葉に黙ってしまう人
 何の仕事をしてきたかを言えない人
 どこに住み、何をしているかを
 はっきりと言えないさまざまな痛みに
 耐えてきた人のいることを知りました
 自分の愚かさと
 私たちのなんでもない言葉や言動が
 どんなに深く差別された人たちを
 苦しめてきたかを知りました
 私の言動と行動に、となり人の痛みと
 苦しみのわかる愛をあたえてください


石井錦一 : 著 : 「祈れない日のために」 : 日本基督教団出版局


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メスは鳴きません

2011-10-22 16:24:41 | 日記

昨日から3日間、ヒックンを預かっています。ママが研修旅行に出かけているからです。

昨日は主人と上野の国立博物館に連れて行きました。去年上野動物園に連れて行ったのですがあまり喜ばず、遊園地ばかり行きたがるので今回は動物園の方へは行きませんでした。
息子が3、4歳のころから恐竜に興味を持ちはじめ、月に一度は国立博物館に連れて行っていました。

4歳のヒックンは相変わらず車一筋で恐竜にはあまり興味を示しません。でも、博物館の中はさわって試すものが多く、飽きることはありませんでした。

博物館の中は、恐竜の骨の展示は同じでしたが、ほかはすっかり様変わりしているので驚きました。20年ぶりぐらいに訪れたのですから当たり前ですね……。タッチパネル式のものが多く、ヒックンはさわっているうちにやり方を覚え、興味のあるものは何度も繰り返していました。

おもしろかったのは、鳴く虫の展示物です。コオロギ、キリギリスやスズムシなどオスとメスのボタンがあり、オスを押すと鳴き声が聞こえ、メスを押すと「メスは鳴きません」と声が聞こえます。それがおもしろくて「メスは鳴きません」のボタンを何10回も押して喜んでいました。

2つ寝たらママが迎えに来ると言っているのですが、今日になって「もう2つ寝たよ」と涙ぐんでママを恋しがっています。

明日はわたしが教会へ行くので、ヒックンはおじいちゃんとふたりで3時間ぐらい過ごします。教会に連れて行ければいいのですが……おじいちゃんが行かないので仕方ありません。いつかみんなで教会へ行けることを祈りつつ。




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携帯電話の特訓

2011-10-08 11:41:23 | 日記
84歳の義母が最初に携帯電話の契約をしたのは6年ぐらい前のことです。ところが、全く使わなかったので2年目に契約解除してしまいました。

今年の1月に義父が召され、独り暮らしになったので再び携帯の契約をしました。
ひととおり使い方を説明して覚えたのですが、いざ音が鳴ると、どのボタンを押したらよいかわからなくなり、あせって電源を切ってしまったり、充電をしなかったりで、ほとんど使っていませんでした。

主人は3人きょうだいですが、3人とも実家から2時間半ぐらいかかる場所に住んでいます。
緊急事態が起きてもすぐに駆けつけることはできませんが、近所の方に連絡したり、救急車を呼ぶことはできます。
そのための携帯電話です。いつでも利用できるようにしておかないと何にもなりません。

それで我が家に泊まっている間に練習をすることにしました。ネックストラップを買い求め、昼間は常に首にかけておくことにしてもらいました。
らくらくホンなので、文字は大きく、音声説明があり、短絡ダイヤル登録もできるので覚えればこんなに便利な物はありません。

なぜ義母が今まで使わなかったのか不思議に思っていましたが、今回そのわけがわかりました。
音声説明が早口で聞き取りにくいのです。また、ボタンが小さくて、指の太い義母が押すと、隣のボタンまで押してしまうことが多いのです。間違ったボタンを押したとき、しきりに携帯が話すのですが、何を言っているのか分からないため、閉じてしまうのです。

間違った時はあせらずに【戻る】のボタンを押して、ひ孫(ヒックン)の写っている最初の画面に戻ってからやり直したらいいことを伝えました。

電話のかけ方と受け方を何度か練習すると、スムーズにできるようになりました。すると、楽しくなったと言って嬉しそうに何度もわたしの携帯や固定電話にかけてきました。
この次はメールのやり方も教えてほしいというので、その意欲に驚きました。

義母は「これでいつでも繋がっていられる」と、安心したようです。定期的に充電することを忘れないようにねと言いました。
義母は昨日主人の車で帰って行きました。


携帯がいつでも繋がるようにするには備えておくことが必要ですね。いつでもイエス様に繋がっていられるためには、聖書を読み、祈る、み言葉を心に蓄えるという充電をしなければならないと思います。

充電していると、大きな問題にぶつかったときや突然のアクシデントが起きたとき、イエス様が助けて下さると確信できるのであわてずにすみます。
充電をサボっていると、不安でどうしようもなくなります。

携帯電話は充電しなければ電源が切れてしまい、電話は繋がらなくなりますが、祈るのをやめてしまったり、こちらからイエス様の手を離してしまったとしても、イエス様がつかまえていて下さるので、イエス様との関係が断ち切られることはありません。

イエス様と繋がっていられることの幸いを思いました。義母もイエス様に繋がることができますように……。




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たくさんの経験を積んだ知識と知恵に満ちた若者

2011-10-05 15:30:44 | 日記
3日、4日は義母と主人と娘の4人で筑波山の登山口にある温泉に行って一泊してきました。家(土浦市)からから筑波山登山口まで車で1時間足らずで行けます。
最初ロープウェイの乗り場のあるつつじヶ丘まで行きました。

義母は杖をついてゆっくりとしか歩けないので、筑波山にのぼるのはとても無理です。でもロープウェイで往復できればいいなあと思っていました。階段があったので、のぼれるか心配でしたが、手すりにつかまってゆっくりのぼっていくことができました。
ロープウェイに義母が乗ったら、座っていた人がいっせいに立って席を譲ってくれたのでありがたかったです。

義母は杖を使うのに抵抗を感じていたようですが、最近ようやく受け入れました。
「4本足の杖を使ったらどう?」と言うと、「あと10年ぐらいしたらね。そんな杖使うほど年寄りに見られたくないから……」と言っていました。

そういえば、敬老の日に(義母が80歳のとき)シルバーカーを贈ると言ったら「シルバーカーを使うような年寄りじゃない」と言っていました。

笑い話のようですが、その気持ちよく解ります。外見は老人でも、それは見た目だけのことです。魂は老いないのですから、心は青年のままでいられるのです。老人はたくさんの経験を積んだ知識と知恵に満ちた若者といえます。心の年は何歳に設定しても自由なのです。

聖書にはこのような言葉があります
「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。(Ⅱコリント4:16)」

ホテルは平日だったのですいていて、お風呂は貸し切り状態でした。屋上露天風呂は夜景を見ながら入れました。

義母は長い間義父の介護をしていたので、温泉に行ったのが10数年ぶりになるそうです。娘(孫)に背中を流してもらって涙を流していました。天気にも恵まれたし、義母に喜んでもらえたので本当によかったです。



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希望の願いが込められ・・・

2011-10-02 16:58:14 | 日記
昨日は土浦全国花火競技大会でした。例年とは違った趣がありました。80回記念ということだけでなく、東日本大震災で亡くなられた方を追悼し、復興への希望の光を届ける願いが込められていたからです。午後6時から2時間半の間に2万発が打ち上げられました。

希望、仲間、笑顔などと名付けられた花火が多かったです。一生懸命希望を作り出そうとしている花火師さんたちの想いが伝わってきて涙が出そうになりました。

義母はとても喜び、部屋の中からでも見えるのですが、ずっとバルコニーに出て拍手しながら見ていました。

ヒックンは途中で飽きておもちゃで遊び始めました。みんなが花火に集中しているので、「花火はもう見ないの!」とちょっとむくれていました。

おばあちゃん(本当はひいおばあちゃん)にかわいがってもらい、「明日はおばあちゃんの家に行く」と言っていました。

今日は皆で教会に……と願っていたのですが叶わず、わたしひとりで行ってきました。



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義母を迎えに

2011-09-30 14:07:53 | 日記
これから千葉県に住む84歳の義母が来て泊まります。今、主人と娘が車で迎えに行っています。(片道2時間半くらいかかります)

義母は長い間、義父の介護をしていました。
義父が脳梗塞で倒れたのは長男がわたしのお腹にいたころなので、約30年前です。
義父はリハビリで、身の回りのことは自分でできるようにまで回復しました。
その間、(10年ぐらいの間)毎年春に義母と母と子どもたちとわたしで一泊旅行に出かけていました。

また、子どもたちの誕生日には、義母と母は駅で待ち合わせして土浦まできてくれました。
再び義父が倒れてから、義母は短い時間しか外出できなくなりました。義父がショートステイやヘルパーさんを極端に嫌い、介護するのは義母でなければだめだと言うので、仕方なかったのです。義母は見ていて涙が出るほど献身的に仕えていました。(わたしはとてもできないです)

義父はだんだん歩くのが大変になってきて、お風呂から上がれなくなって救急車を呼んだんだのは1度や2度のことではありませんでした。義母は腰を痛め、このまま2人とも倒れてしまったら……と心配でなりませんでした。

今年初めに義父が召されて、義母はようやく自由になりました。ひとり暮らしをしていますが、春になったら土浦に来てゆっくりしてもらおうと思っていました。そんな矢先、大震災があって延びてしまいました。

明日の土浦花火大会に間に合うよう、今日迎えに行きました。明日は息子一家も来るので4世代一緒に集まることになります。

義母にとってくつろげる楽しい日々になりますように。

上の写真はおばあちゃんにご馳走したいと言って娘が作ったかぼちゃプリン。
作り方はくっくぱっとを参考にしました。


わたしは、大量に出たかぼちゃの種を無駄にしたくなかったので、食べられるように炒りました。皿に広げレンジで3~4分温めてからオリーブオイルで炒り、塩をまぶしました。外側がカリッとしていてなかなかおいしいです。

これから燻製作りに挑戦です。サーモンとソーセージをフライパンで燻します。



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