アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

遠い女―ラテンアメリカ短篇集

2007-11-20 20:07:29 | 
『遠い女―ラテンアメリカ短篇集』 フリオ・コルタサル他   ☆☆☆☆

 ラテン・アメリカの幻想的な短篇を集めたアンソロジー。この手のラテンアメリカ系のアンソロジーは何冊か持っているがどれもはずれがなく、レベルが高い短篇が揃っている。この『遠い女』も例外ではない。特色としては散文詩的な、スピード感のある短篇が多いことだろうか。私はこういうのが好きなのでよく引っ張り出してパラパラめくっている。

 ただ全11篇のうちコルタサルが5篇と非常に多い。表題作もコルタサル。明らかにメインの扱いになっているが、実は私はコルタサルはそれほど好きではないのだった。文章に独特の雰囲気があるし発想も面白いとは思うが、どことなく漂っている不気味でけだるいムードがいまいちなのだ。まあこの不気味さ、暗さがポーの遺産継承者と言われるのだろうが、ポーの高度に幾何学的な、あの絢爛たる象徴性には欠けている。何となくどよーんとした不気味さなのである。

 私が特に好きなのはアルフォンソ・ソイレス『夕食会』、オクタビオ・パス『「流砂」より』、フリオ・モラン・リベイロ『分身』、マヌエル・ムヒカ=ライネス『航海者たち』である。オクタビオ・パスは「流砂」の中から『意志の驚異』『厳しい修行』『急ぎ』『出会い』『天使の首』の5篇が採られている。もちろん本書の中でパスがもっとも散文詩度が高く、文体にスピード感がある。飛沫を上げて目の前を通り過ぎていく虹色のイメージを目撃するような快感を味わえる。『夕食会』もそういう意味では散文詩的で、疾走するイメージとゴシック譚のような陰影の融合が美しい。

 『分身』と『航海者たち』は幻想的でありながらユーモラスで、ガルシア=マルケスのほら話的な物語性に通じるものがある。『分身』は自分の分身が地球の裏側に住んでいるという話。ちなみに『夕食会』もパスの『出会い』も分身をテーマにしているので、この本の前半は分身テーマのアンソロジーとしても楽しめる。それぞれがこれだけ個性的でレベルが高いと、少々アイデアが似ているからといって退屈することはないのである。
 『航海者たち』は本書中もっとも人を喰った話で、奇想天外度は最高だ。ヘラクレスの子孫の騎士ロブロは惨めな結婚生活に嫌気がさし、狂人たちを水夫にやとって航海に出る。ある島に上陸して毛むくじゃらの女王と関係を持ち、奇跡の泉の水を飲んだせいで全員賢くなり、しかも若返って(若返り過ぎて)子供や赤ん坊になる。帰郷した船から子供や赤ん坊ばかりが降りてくるのでみんなびっくりする。聡明な子供たちは国王と対立し、やがて戦争になり、みんな殺されてしまう。結末こそ残酷だが、かなり笑える。戦争をしながら、女たちは彼らのはなをかんでやったりよだれをふいてやったりする。
 
 このムヒカ=ライネスという人は『ラテンアメリカ怪談集』に『吸血鬼』という短篇が収録されているが、これもかなり人を喰ったおかしな短篇である。『七悪魔の旅』という長編が出ているようなのでこれも読んでみたいなあ。でも高い。

 その他、ビオイ=カサーレスの『未来の王について』も結構いける。例によってマジメなのかふざけてるのか分からない、異様な話だ。アザラシを進化させる話なのである。フエンテスの『チャック・モール』はあちこちで見かける有名な短篇だが私的にはまあまあ。
 
 全体的に、訳者あとがきに書かれているようにどの作品も「夢」に似ている。ポール・デルヴォーの美しい表紙もそのへんを意識してあるのだろう。幻想文学愛好者、マジックリアリズム愛好者にはお薦め。
 


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