アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

スリーピング・マーダー

2011-08-23 08:35:10 | 
『スリーピング・マーダー』 アガサ・クリスティー   ☆☆☆

 ミス・マープル最後の事件『スリーピング・マーダー』を初めて読んだ。私はミス・マープルものは大して読んでいない。ポアロの方がキャラが強くて面白いのと、推理の方法に惹かれるからである。過去に読んだミス・マープルものを思い返しても、ミス・マープルがどんな風に事件を解決したかあまり思い出せない。

 本書はタイトル通り「眠れる殺人」、つまり過去の殺人を掘り起こしていく話である。新婚のグエンダは幸せいっぱいでオーストラリアからイギリスにやってきて、海岸の町に家を買う。夫は遅れてくる予定で、彼女はひとりで業者を雇って家の改装を進める。ところが改装をしているうちに、かつてこの家にいたことがあるような気がしてくる。廊下、扉、そして壁紙。自分はかつてこの家に住んでいたのだろうか? そしてある日、彼女の記憶の中から突然、女の死体と殺人者がいる情景が浮かび上がってくる…。

 パズラーというよりゴシック・ロマン風の始まりで、クリスティーの上品かつ繊細なタッチが堪能できる。ロマンティシズムと不安の情緒の調和が美しい。やがてミス・マープルが登場し、「眠った殺人は眠ったままにしておくべき」と警告するが、グエンダと夫は調査を開始し、色んな関係者に話を聞いて回るといういつものパターンになる。

 正直、最後の謎解きは弱い。犯人の意外性もあまりない。本書の魅力はゴシック・ロマン的な前半のリリシズムにあると思う。特に、あとがきに恩田陸も書いているが、グエンダが壁紙はこんな感じに変えようと想像していたら、壁の奥から出てきた昔の壁紙が想像していたものとまったく同じだったという場面は、背筋を這い上がってくるような不安感でぞくぞくする。その中に甘いノスタルジーが混じっているのが、またいい。とはいえ、クリスティーとしては地味な部類の作品だと思う。

 ちなみに、ミス・マープル最後の事件にしてはそれらしい趣向が何もない。いつもと同じように終わる。これはまだ初期に書かれ、わざわざ最後の作品にするためにとっておかれたそうだが、何でだろ? これだったら別に他の作品が最後でも良かったような気がする。


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