アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

空中スキップ

2007-05-15 18:26:44 | 
『空中スキップ』 ジュディ・バドニッツ   ☆☆☆☆★

 バドニッツが26歳の時に発表したというデビュー短篇集『空中スキップ』を読了。『紙の空から』に収録されていた『道順』がかなり良かったので期待していたが、期待を裏切らない短篇集だった。

 訳者の岸本佐知子はあとがきで「……現実と異界の境界線を軽々と飛び越えてしまう奔放な空想力と、荒唐無稽ななかにもユーモアのにじむ作風とにおいて、ケリー・リンクやエイミー・ベンダーらと並んで、いまアメリカ文学界で頭をもたげつつある、いわばアンリアリズムの強力な担い手として、注目される存在である」と書いている。確かにこの透明感と、地に足がついていないような想像力の質はケリー・リンクに似ている。しかもケリー・リンクよりもっと荒唐無稽さがむき出しで、ストレートな感じだ。エイミー・ベンダーという作家は知らなかったが、こういうの大好き人間の私としてはチェックしなければならない。

 『犬の日』では犬のぬいぐるみを来た男が犬のふりをして何度も家にやってくる。一応、この世界では戦争で仕事や食べ物がなくなっていて、食べ物を求めたルンペンがやっているという説明がつく。「わたし」とママは「犬」に同情的だが、パパは「あいつは人間なんだから、人間として扱え」といって毛嫌いする。最後、いよいよ食べ物がなくなると、パパと友人達は「あいつは犬だ」といって「犬」に襲いかかる。
 ブラックな落ちだ。本書収録作にはこういうブラックな落ちを持つ短篇も多い。『借り』では、心臓が悪くなった母親に心臓を提供するよう、息子である「僕」が親戚から詰め寄られる。ガールフレンドに相談すると彼女もそれを勧める。文体は全然違うが、筒井康隆に通じるブラックさがある。アメリカでもっとも平均的と判定されたジョーのところへ会社や映画監督がマーケティングのために電話してくる『アベレージ・ジョー』なんて、完全に初期筒井康隆の世界じゃないだろうか。

 こうしたブラックな味わい、微妙なグロテスクもこの人の持ち味のようだが、高いところから飛び降りる女の人についての短い散文『飛ぶ』や、リアの処女懐胎についての話『本当のこと』などでは、リリカルな軽やかさと透明感が印象的。そしてぞっとするグロテスクとリリシズムが融合した『スキン・ケア』では、皮膚が白い粉になってはがれていってしまう奇病にかかった少女と医師のラブ・ストーリーが語られる。

 あっと驚く非現実的なイメージがどの短篇でも核になっているが、それに頼ってSF的なアイデア・ストーリーに落ち着くのではなく、文章とイメージの運動力によってシュールレアルな詩的散文として成立している。イメージの運動が美しく、ポエジーがある。そういう意味では、シュペルヴィエルやマーク・ストランドの作品にも通じるものがある。こういう奇抜なイメージは話を展開したり落ちをつけたりするのが難しく、そういうところに作家のセンスが出るものだが、ジュディ・バドニッツはかなりトリッキーな着地を軽々と決めてみせる。最後のパラグラフで急にそれまでの流れを変えてみせたり、煙に巻いてみせたり、唐突に突き放してみせたり、時には更なる非現実の中に読者を放り込んだりするが、それによって作品は見事に完結するのである。お見事、といいたくなる。そういう意味では、ちょっとグレイス・ペイリーやレイモンド・カーヴァー(の一部の作品)を思わせるところもある。

 26歳という若さもあるのだろうが、才能のほとばしるままに書き綴られたようなみずみずしい作品集だ。しかしその奔放さがちゃんとコントロールされているところが凄い。この若さで、一体どこでこんなテクニックを身につけてしまうのかなあ、こういう人達は。


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1 コメント

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Unknown (Unknown)
2007-05-30 16:07:37
戦争を考えるために、小林よしのり著『戦争論』を読んでみてほしい。

ここが考えるスタートだと思う。
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