アブソリュート・エゴ・レビュー

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歓待

2018-10-02 21:53:32 | 映画
『歓待』 深田晃司監督   ☆☆☆☆

 『淵に立つ』が面白かった為、深田晃司監督の初期作品『歓待』のDVDをアマゾンで入手。これも面白かった。小さな町工場を経営する家族、そこへある日やってくる昔の知り合い、そこで住み込みで働くことになり、家族と一緒に暮らし始める。という具合に、途中まで『淵に立つ』そっくりである。家族構成は再婚した夫婦と夫の連れ子と出戻りの姉、と異なるが、微妙な均衡をはらむ家族という意味ではやっぱり似ている。そこに異分子が入り込んで緊張感が高まっていくストーリー。ほとんどバリエーションと言ってもいいぐらいよく似ている。違いは、こっちがコメディ寄りということぐらいだ。

 『淵に立つ』で夫を演じていた古舘寛治が、この映画では闖入者を演じている。浅野忠信とはまた違った感じを愉しめる。浅野忠信が生真面目な外見の下に刃物のように危険な何かを隠している感じだとしたら、この映画の古舘寛治はもっとうさんくさく、つかみどころがない。ひげ面ともじゃもじゃ頭のルックスからして怪しいし、妙になれなれしい立ち振る舞いや時折見せるニヤニヤ笑いが警戒心を呼び覚ます。

 おそらくこれは監督も意図したところと思われ、この物語では古舘寛治は最初からうさんくさい人物である。行方不明になったペットの小鳥を口実に訪ねてくるのも図々しいし、家に住み込んでしまう流れも強引である。しかし古舘寛治の芝居は例によって非常にナチュラルで、観ていて危なげがない。観客は突拍子もない展開に白けることもなく、興味津々と物語に引き込まれていくだろう。実際、こんなおじさん近所にいそうである。

 さて、『淵に立つ』では禁欲的に暮らす浅野忠信に奥さんが惹かれていくのだが、この映画では古舘寛治が更なる闖入者を呼び込む、というエスカレートの仕方をする。まず、実は結婚していたといって外人妻が来て一緒に暮らし始めるのだが、コメディなのでそのへんの展開はかっとんでいる。外人妻はやがて一家の夫を誘惑し、古舘寛治はそれを知るとともに、一家の後妻の秘密もかぎつけてしまう。秘密とは後妻に前科者の兄がいて金をせびられているということだが、古舘寛治はその義兄の始末をつけてあげますといって無理やり仲裁に入り、その挙句なぜかその義兄を家に連れてきてしまう。そして住み込みで働かせようとする。夫は驚いて断ろうとするが、浮気という弱みを握られているため逆らえなくなる。このようにして闖入者である古舘寛治は、いつの間にかこの家を支配し始める。

 が、古舘寛治がなぜこんなおせっかいをするのかは分からない。説明もなく、したがって物語は不条理コメディの様相を呈し始める。居候だった古舘寛治が強権を振るい始めると家族内の均衡も崩れ始めるが、ここから先の展開には触れないでおこう。ただし、ここからは『淵に立つ』とは全然違う方向へ話が転がっていく。どんどんシュールさが増していくので、私は「ははあ、これは闖入者に不条理に家を乗っ取られてしまう話だな」と思って観ていたが、最後の方で古舘寛治の意外な動機が明かされる。しかしあれは納得いく理由づけというより結構おざなりで、単なるストーリー上のエクスキューズと思った方がいいだろう。

 私見では、その最後の締めくくり部分がこの映画の欠点である。こういう不条理感のあるシュールな話は収束のさせ方が難しいものだが、この話もどんどんシュールになっていき、終盤の外国人不法就労者たちのどんちゃん騒ぎあたりでかなり苦しくなってくる。私は結構白けてしまった。「なんでもあり」になってテンションが維持できなくなるのだ。かなりグダグダ感がある。うーん、これはどうなるんだろうと思って観ていると、最後はまた日常に戻って終わりという意外に穏当な終わり方をする。『淵に立つ』の前例があるので、これもとんでもないところでブツ切れになって終わるんじゃないかと思ったがそうではなかった。

 DVDについてきた解説書を読むと、人間関係の境界線がテーマと書かれている。確かに居候、外国人不法就労者、ホームレス、町内会、家族の中の若い後妻、などさまざまな境界線が物語に取り込まれている。それらの曖昧さを風刺し、笑いのめしているようでもあり、同時にそこに隠された不気味さを暴いて見せているようでもある。

 が、この映画の本質は実はそういうテーマ性では全然ないのではないか、というのが私の印象である。それらはむしろどうでもよく、この映画の面白さとは要するにナンセンスな不条理劇の面白さなんじゃないか。解説書に誰かが書いていた、ブニュエル風喜劇という評が個人的には一番しっくりくる。つまり、これは『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』『欲望のあいまいな対象』の親戚なのである。

 だとするならば、やっぱり闖入者の動機をラストで無理やり説明するなんてことはせず、何だったんだあれは、というぐらい突き放してしまった方が良かったんじゃないかな。



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