アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

エムブリヲ奇譚

2018-09-29 15:11:14 | 
『エムブリヲ奇譚』 山白朝子   ☆☆☆☆☆

 アンソロジー『バタフライ和文タイプ事務所』収録の「〆」が面白かったので短編集『エムブリヲ奇譚』を入手。作者の山白朝子はかの乙一氏の別名である。「〆」と同じく、旅本作家・和泉蝋庵とその付き人・耳彦の旅の物語集で、全部で九篇収録されている。時代は明確にされていないが、日本全国の街道が整備された頃という描写から、たぶん江戸時代頃と思われる。

 奇譚なので、当然ながらどの短篇でも怪奇なことが起きる。怪談っぽいムードだが、全部が全部怪談でもない。『雨月物語』みたいな、中世の説話風幻想譚をイメージしてもらうと良い。文章は読みやすく、端正かつ艶があって軽すぎず、ところどころにユーモラスな味もあって大変読みやすい。気味悪さ、おぞましい描写も多少あるが、ホラーとしてはおとなし目である。

 旅本作家・和泉蝋庵は女のような長い黒髪のイケメン男性だが、旅をするのが仕事のくせに恐るべき方向音痴で、歩けば必ず道に迷ってしまう。耳彦は博打好きのだらしない男で、蝋庵に借金があるのでしかたなく付き人としてお供をしている。「〆」は耳彦が語り手の一人称小説だったが、この短編集ではすべてがそうというわけでもない。三人称で語られる小説もあって、ストーリーの都合によるようだ。和泉蝋庵が旅すると必ず道に迷うという設定が物語のキーとなっていて、実際のところそれは道に迷うというレベルではなく異世界と現実を行き来することに近い。ただ、自分ではそれをコントロールできないだけだ。以下に、収録作を簡単に紹介する。

「エムブリヲ奇譚」 白い虫のような人の胎児を旅先で拾い、なりゆきで育てることになった耳彦の物語。不気味に始まってせつなく終わる、結構イイ話である。白い虫のようなエンブリヲが、最後は普通の少女の育つところがいい。

「ラピスラズリ幻想」 これはストーリーの都合上三人称の小説。一人の少女が何度も転生し少しずつ違う人生を生きるという、古代中国の奇譚か手塚治虫の『火の鳥』を思わせる話で、和泉蝋庵と耳彦も一応登場するが、いわゆる旅ものである他の短篇とは雰囲気が異なる。

「湯煙事変」 死んだ人々と出会える温泉が題材の奇譚。それだけならまあありがちなアイデアだが、むしろそっちの世界へ行きたいと願う耳彦の倒錯した心理と、彼が幼い頃に好きだった少女の骨が登場するラスト、という捻りの妙で読ませる。和泉蝋庵と耳彦が泊まる宿で出てくる食べ物がどれもこれもまず過ぎるというのも面白い。

「〆」 これはアンソロジーに採られた一篇だが、あらためて読み返してみるとなんとも無残な話である。本書の中でも特に憂鬱な、怪談じみた話だ。二人が迷い込んだ村では万物に人間の顔が浮かび上がっているという不気味さと、耳彦自身の心の怖さが重ね合わさって重たい読後感。やはり傑作。

「あるはずのない橋」 これも怖い話で、とっくに落ちたはずの橋が夜になると出現するという怪異を扱っている。いわば橋の幽霊だ。なんだかんだ言い訳して結局金につられる耳彦のキャラがこのあたりで確立する。

「顔無し峠」 これは打って変わってほのぼのした一篇。道に迷って辿り着いた村で、村人全員が耳彦を他の誰かと取り違える、どうやら耳彦そっくりの村人が最近死んだらしい、というわけで耳彦はその男が遺した妻子となりゆきで一緒に暮らすことになる。最初は嫌がっているが、だんだん心地よくなる。ここにいることができたら幸せ、と思わせるもう一つの幻の人生を垣間見させる、やっぱり古代中国の奇譚の香りがする洒落た一篇。

「地獄」 間違いなく、本書中もっともむごたらしい一篇。旅の途中で山賊に会い、ひとり捕らえられた耳彦は地面の穴の中に監禁される(和泉蝋庵は殺されたか逃げ延びたか不明)。穴の中には他にも捕らえられた人間がいたが...。この短篇のテーマはずばり、食人の恐ろしさである。他の短篇と違ってこれだけ超自然現象が出てこずリアリズムで描かれているところが、余計に無残な印象を与える。

「櫛を拾ってはならぬ」 これは本書中もっとも怪談の雰囲気が濃厚な一篇。櫛を拾うな、という気味の悪い言い伝えと、その後の怪奇現象のつながりがうまい。最後はメタフィクションになる。

「『さぁ、行こう』と少年が言った」 エピローグの役目を果たす最後の一篇は、それまでどの短篇でもいわば傍観者だった和泉蝋庵をメインにフィーチャーした一篇。嫁入り先の家族から虐待される女性と、少年時代の和泉蝋庵との不思議な交流がファンタジー的に描かれる。他の短篇と毛色が異なる、いわば番外編である。

 読み終えて期待通りの満足感が得られた。マンディアルグや澁澤龍彦とまではいかないが、エンタメの奇譚集としてはかなり高品質だと思う。物語の趣向も色々と変わって飽きさせないし、和泉蝋庵と耳彦のキャラも面白く、シリーズものとして楽しい。このコンビの短編集はもう一冊あるらしいので、そっちもぜひ読んでみたい。



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