アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

小僧の神様/城の崎にて

2014-02-19 23:59:11 | 
『小僧の神様/城の崎にて』 志賀直哉   ☆☆☆☆

 「小説の神様」とも言われる志賀直哉を、実はこれまでちゃんと読んだことがなかった。というわけで短編集を買ったのだが、『暗夜行路』という代表的長編のタイトルからしていかにも暗いイメージを持っていたけれども、読んでみると別に暗くなく、むしろ飄々と、のほほんとしている。文章もどれほどスタイリッシュかと思ったら、逆に素朴である。飾り気がない。とにかく感覚的で、風通しがいい。本書のあとがきに、芥川龍之介と夏目漱石がどっちも「自分にはあんな風には書けない」と降参したエピソードが紹介されているが、漱石が言うように、「文章を書こうと思わずに、思うままに書くからああいう風に書ける」というのが分かる気がする。

 プロットもまた自然体で、しかし単純でも見えすいたところもなく、感心した。私小説的な題材でもそうだが、特になにがしかのプロットがあるものは絶妙だ。分かりやすい起承転結はない、逸脱しているようではぐらかしているようで、しかしえもいわれぬ面白さがある。この「外し方」の匙加減が見事だ。達人を感じる。特に凄いのはやはり「小僧の神様」。これは明快なプロットがあって普通に面白く読めるが、その一方で非常に不思議である。読者は何がなんだか分からないまま放り出される。アマゾンのカスタマーレビューでも何が言いたいのか分からないというコメントが多いが、そこがいいのだ。要するに、ある紳士が小僧に鮨をおごってやる話だが、その紳士がいいことをしたはずなのに悪いことをしたような後味の悪い心持ちになることや、一見関係ない妻のリアクションなどが書いてあり、さらに最後にはメタフィクションのおまけもついている。これは達人にしか書けない短編である。

 終わりの方には自分の不倫騒動の顛末を描いた短編が多く収録されているが、不倫騒動といっても不倫相手のことではなく、妻と自分の関係性ばかり書いているのがまた変わっている。が、私はやはり私小説的な作品よりも、多少プロットがあるがどこか脱臼しているような短編が面白かった。「小僧の神様」以外には「赤西蠣太」「雨蛙」などがそうである。「赤西蠣太」では醜男の赤西蠣太が腸捻転になり、密書がどうのという話になり、ニセの恋文を書くことになるというふざけた話である。最後までふざけている。「雨蛙」はまあいってみれば嫉妬の話だと思うが、非常にデリケートで奇妙だ。「佐々木の場合」「好人物の夫婦」「真鶴」「濠端の住まい」あたりも良かった。が、名作といわれる「城の崎にて」は、意図がはっきりし過ぎている気がして、それほどとも思わなかった。

 これは志賀直哉後期の作品集らしいが、初期の作品集も読んでみたくなった。



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