アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

カリガリ博士

2008-02-05 18:39:55 | 映画
『カリガリ博士』 ロベルト・ヴィーネ監督   ☆☆☆

 ずいぶん安いDVDが出ていたので日本版を購入。昔友人の家でビデオを観たことがあったが、ストーリーは曖昧にしか覚えてなかったので新鮮な気分で再見。映画におけるドイツ表現主義の代表格みたいに言われる有名な映画である。サイレント映画。

 単にモノクロというだけでなく、映像が常に怪しく明滅している。この明滅と、音がないのと、どぎついメイクと、誇張された演技と、いびつな形の町並みのせいでこの映画には夢的雰囲気が横溢している。まるで誰かの脳内の心象風景、というか妄想をそのままスクリーンに投影したようだ。しかもストーリーは夢遊病者が行う殺人という悪夢的なもの、かつ精神病も重要なテーマなので狂気もたっぷり盛り込まれている。「カリガリ博士」という印象的なタイトルとともに古典扱いされるのも無理はない。ある種原型的な映画である。

 というわけでこのユニークな存在感は認めるものの、これが普通に映画として傑作かと言われるとちょっと首をかしげてしまう。48分と短いわりに話は妙に込み入っている。この、いわゆる「二転三転するプロット」が迷宮じみた感覚をもたらすという言い方もできるが、私は結構散漫だと思う。例えば「眠り男」ツェザーレの不気味な存在感がこの悪夢的映画の核心だと思うが、意外と早いうちに、あっけなく物語から消えてしまう。後半はカリガリ博士の正体と精神病院が映画の主要な関心事となる。連続殺人と眠り男のプロットは中途半端なところで打ち切られてしまった感じがする。ツェザーレがまず予言をしてから殺すというのも面白い趣向だが、このアイデアも一度出てきて終わり。カーニヴァルで始まる前半の物語はいびつなセットもあって暗い御伽噺のようだが、カリガリが精神病院に逃げ込んでからはそのムードも薄れる。

 最後のどんでん返しも面白い趣向だが、「なるほどね」という腑に落ちて終わるところに物足りなさも感じる。映画を見終わってみると、前半の濃厚な悪夢的ムードが理屈によって取り消されてしまった気になるのだ。まあミステリというのはそういうものだが、このどんでん返しがない方がわけわからない迫力が出たんじゃないかと思う。たとえばツェザーレとカリガリ博士がもっともっと悪行を重ねるとか。
 この「理に落ちる」物足りなさは澁澤龍彦が『スクリーンの夢魔』の中で詳細に論じていて興味深い。彼はこのどんでん返しを「精神分析学的な解決」と呼び、「カリガリという象徴的な名前のあらわす『無意味』のダイナミズムは、それによってかえって骨抜きにされることを余儀なくされた、と思われる」と書いている。「要するに精神分析映画とは、精神分析治療におけると同様、それ自体欺瞞を含んだものであり、それは成功すると同時に無効になるという、イロニックな宿命のうちに発展したのであった。無効とは、治療における場合は理論の無効をさし、映画における場合は芸術の無効を意味する。見事などんでん返し、見事な種明かしは、それが見事であればあるほど、芸術的感動から人を遠ざける」

 この映画のもともとの脚本にはこのどんでん返しはなかったらしいが、一説によれば検閲を恐れた制作者によってあとで付け足されたという。白い服を着た女を語り手のフランシスが婚約者だと呼んだりするあたりの怪しさは捨てがたいが、まるで二つの映画を接木したような不自然さを感じてしまう。

 それともう一つ、ものすごく気になるのがこの音楽だ。無声映画なので基本的にずーっと音楽が鳴りっぱなしなのである、最初から最後まで、途切れることなく。しかも結構感情を煽るような騒々しい音楽だ。どうもこの映画を見ていると眠くなってくるのはこの音楽が原因だと思う。無声映画というのは全部こうなのか? ブレッソンが「音楽は映画を弱くするが、物音は映画を力強くする」みたいなことを言っていたと思うが、だとしたらずーっと音楽なりっぱなしのサイレント映画はどうなるのだろう。

 この作品の「ウリ」であるいびつな町並みのセットも、楽しいけれどもそれほど芸術性が高いとは思えない。不気味というよりむしろ可愛い(でもあのカーニヴァルはすごく楽しそう。燕尾服とシルクハットで参加してみたい)。やはり怪しく明滅するモノクロ映像で映し出されてこそ、夢の中のような幻覚的ムードを発揮する。『フリッカー、あるいは映画の魔』のところでも書いたが、この明滅するモノクロ映像の強烈な呪縛力はこの頃の古い映画独特のもので、これこそ映画という芸術が持つ根源的な力じゃないかと思う。それを堪能できるのがこの映画の良さ。でもまあ欠点も色々ある。


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2 コメント

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Unknown (青達)
2012-09-09 16:50:26
「怪人カリガリ博士」(これは未視聴)の記事が上がってるのを見て「ああ、オリジナルも観てたんだ」と思ってこちらに僕の感想など。

これ、確か冒頭で「ドイツ表現主義がどうたら」と淀川長治が解説してたと思いますが、僕の借りたDVD版は画面がボヤボヤでそれどころじゃなかったですね(笑)確かに歪んだセットとか目に付きましたけど。WIKIによると本来のバージョンは白黒フィルムで撮影されているが所々に着色がなされていたとか。映像の解像度と合わせてせめて作り手の意図通りの作品が残っていれば違う感想になったかも。映像面では何の感銘も受けなかったなあ。

作中のBGMも仰る通り眠気を誘うんですよね。カリガリが追跡され精神病院に入る辺りまではひたすら眠い。ただ、僕は一切事前情報無しに観たので最後のどんでん返しには素直に感心しました。1920年(今から92年前!)にこんなプロットの作品があったのか、と。

「精神分析学」とか「ドイツ表現主義」うんぬんって思想的・芸術的観点から見ると色んな不満があるんだろうけど僕は「荒涼とした気分の残るシックス・センス的仕掛けで楽しませるエンタメ作品」と観たので意外な収穫でしたね。(「シックス・センス」の方は冒頭でブルース・ウィリスが「ラストは他の人には言わないで下さい」みたいなことを言って「何かあるんだろう」と疑ってかかったのが致命的でほとんど最初の方でネタを見破ってしまい、本編は答え合わせみたいに(笑)あんなん言わなきゃ普通に楽しめたのに…)

僕の評価が高いのはやっぱ92年前の作品ってことですね。こんな大昔に「シックス・センス」とタメを張る基本構造(冒頭に実はネタばらしをやってるという)を構築してた脚本は賛辞に値すると思います。今更リメイクする意味は無いと思うけど、2012年現在でもプロットの骨子だけならまだまだ通用するんじゃないかなあ?
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サプライズ・エンディング (ego_dance)
2012-09-10 02:56:11
この、それまでの前提を全部ひっくり返してしまう大胆な結末のアイデアは、確かに印象的です。その後色んなサプライズ・エンディングのアイデアが出ていますが、「主人公の世界観が実は違っていた」というのはもっともインパクトがあるパターンでしょう。「怪人カリガリ博士」でもそうでしたが。

ところで「シックス・センス」は私は映画館で観て単純に驚いたクチですが、冒頭のブルース・ウィリスのセリフというのは、日本版DVDにそういうのが付いているということでしょうか。宣伝でもラストのどんでん返しばかり強調されていたと聞いたことがあり、そういうのは映画を安っぽく見せて逆効果だと思いますね。
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