アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

狐火の家

2008-04-28 10:33:26 | 
『狐火の家』 貴志祐介   ☆☆☆

 『硝子のハンマー』のコンビが登場するミステリ短編集。貴志祐介ファンの間では評判がよくないらしい『硝子のハンマー』が私は大好きなので、この短編集にも期待していたが、ちょっと期待外れだった。

 防犯コンサルタントの榎本径が主役という関係上、収録されている四篇はすべて「密室もの」である。現場からどうやって出たか、そして入ったかが主要な謎となる。榎本径と青砥弁護士のシリーズが今後も続くかどうか知らないが、続くとしたら全部密室でいくのだろうか。守備範囲が狭く、かなりきついんじゃないか。というような余計な心配はおいといて、私は『硝子のハンマー』では本格ミステリというより情報小説的な榎本のプロフェッショナルな仕事ぶり、ありとあらゆる可能性をさまざまなツールを使って淡々と潰していく職人的な「推測をしない」プロセスに惹かれたのだが、この短篇集ではそういう魅力は後退し、普通のミステリのように推測をする探偵になっている。鍵の種類とか開け方とかそういう話も出てくるが薀蓄どまりで、「犯人は~の方法で殺したのです」と検証抜きで真相を言い当ててしまう。それが最大の不満。推理もさほどロジカルということもなく、「それは可能性としてはありうるが犯人の心理として不自然」なんて曖昧な推測が通ってしまう。

 『硝子のハンマー』は長編だからあれができたわけで、短篇では辛いという事情は分からないではない。「推理」で真相を当ててしまわないと話がサクサク進まないんだろう。しかしソーンダイク博士ものなんて短篇でも科学捜査の面白さが充分に盛り込まれているし、個人的には防犯プロフェッショナルの手法にあくまでこだわって欲しかった。ただこれは私の偏った見方で、「本格ミステリ」を求める普通の読者は気にならないだろう。

 全部「密室もの」ということで、それぞれの短篇に異なる趣向が凝らされている。最初の「狐火の家」はスタンダードな密室、しかも連続殺人。次の「黒い牙」は青砥純子弁護士と二人の容疑者の一幕物になっていて、榎本径は携帯電話で外からアドバイスするが、最終的には青砥弁護士が独力で真相を突き止めるイレギュラーな一篇。「盤端の迷宮」はホテルで殺された棋士の話だが、密室にする方法よりなぜ密室にしたのかがミステリな一篇。かなりアクロバティックな論理で榎本が真相を看破する。最後の「犬のみぞ知る」はコメディ。ミステリとしては他愛もなく、長さも一番短い。

 それから『硝子のハンマー』はそうじゃなかったと思うが、かなりコミカルな味付けにしてある。もともと榎本径の裏家業が泥棒という設定にコミカルな要素があるわけだが、本書では青砥純子が天然系キャラになっていて、あちこちでボケをかましてくれる。最後の「犬のみぞ知る」は完全なコメディだが、「黒い牙」もとんでもないペットが題材でかなり笑える。それもあって全体にかなり軽め。コミカルなのはいいが、そのせいで前作ではミステリアスな魅力があった榎本径の印象が薄くなっているのが惜しい。

 ちなみに私のフェイバリットは「盤端の迷宮」。最後の榎本径の解説は、途中まで支離滅裂で何を言いたのか分からないが、この密室殺人を「逆向き解析」の問題であると仮定し、「部屋からなくなっているものは何か」に着目することによってはじめて真相が見えてくる、というところが面白い。エラリイ・クイーン式の推理ではなく、アガサ・クリスティー式「視点の転換」による推理法が見事だった。
 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿