アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

とげまる

2017-08-03 19:34:17 | 音楽
『とげまる』 スピッツ   ☆☆☆☆

 いつの頃からか、スピッツが好きである。昔「ロビンソン」を聴いて、なんてステキなメロディなんだと思って衝動的にベスト盤を買い、しかしベスト盤にはそれほど感動しないで時がたち、ある時ふとオリジナル・アルバムを聴いてまたハマり、今ではオリジナル・アルバム全部とは言わないまでもかなりの枚数所有している。特に私の場合、ディープなファンに人気が高い初期よりも、『三日月ロック』あたりから後のアルバムが好きで多く持っている。

 初期のスピッツはインディーズ色を色濃く滲ませ、曲によってはパンキッシュで、草野マサムネの声も当然ながら若い。曲のアレンジも若さと青さにまかせて突っ走る感じが強い。「ロビンソン」が収録されている『ハチミツ』は六枚目のアルバムだが、そんなスピッツの青ずっぱさとメロディメイカーとしての才能が融合した名作と言われている。一方、『三日月ロック』は10枚目のアルバムで、この頃から後のアルバムは言ってみればポップ職人として成熟した、ベテランバンドとして老成したスピッツである。草野マサムネの書くメロディはますます磨きがかかり、曲のフックの効かせ方などほれぼれするほどに見事だ。アレンジや演奏もぐっと多彩になり、華やかになり、甘美なポップから疾走感溢れるロックまで曲調もバラエティ豊か、幅広くなった。初期のインディーズ色はほぼ影を潜めている。

 その成熟っぷりはほとんど隙がないレベルである。草野マサムネは天性のメロディメイカーなのだと思う。さまざまタイプのメロディを書き分けることができ、かつ、どの曲でもその曲調にぴったりあったフックを効かせてくる。マンネリにならず、ワンパターンにもならない。天才的というほど奔放でも型破りではないが、一流の職人の匂いがある。初期にあった青さ、多少の不器用さはもはやない。『三日月ロック』『さざなみCD』『とげまる』『醒めない』とこの頃のアルバムを四枚ぐらい聴けば、その鉄壁のメロディメイカーぶりとツボを押さえたアレンジ職人ぶりをイヤというほど堪能できるはずだ。

 そんなスピッツのアルバムは、出来不出来にあまりばらつきがない。つまりその時のバンドの調子に大きく左右されるような不安定さがなく、どれを聴いても一定の満足感を得られる。だから最高傑作をどれと決めるのは難しいが、個人的には『とげまる』に好きな曲が多い。アルバム全体の流れも美しい。全14曲収録されているが、スピッツらしい伸びやかなメロディの「ビギナー」、可愛らしい「シロクマ」、楽しい「恋する凡人」、美しい「つぐみ」、妖艶な「新月」、ロックな「幻のドラゴン」、抒情的な「聞かせてよ」、沁みるバラード「若葉」、爽快感溢れる「君は太陽」など、スピッツのおいしいところがぎっしり詰まっている。どの曲でも、サビに入った途端に的確にツボにくるあのスピッツ節が満喫できる。なんだかおかしな曲だな、と最初聴いた時には思った「恋する凡人」でさえそうなのだ。よくもまあこれだけいいメロディが出てくるものだと感心する。初期のベストアルバム『RECYCLE Greatest Hits of SPITZ』と比べても、『とげまる』の方がずっといい。

 またスピッツを聴くたびに思うのは、草野マサムネのヴォーカルの力である。この人は淡々と歌ってあまり抑揚をつけない、つまり声を楽器のように使うヴォーカリストだが、私は昔から声を楽器のように使うヴォーカリストに惹かれる傾向がある。小田和正しかり、山下達郎しかり、ジョン・アンダーソンしかり、ゲディ・リーしかり、ロジャー・ホジスンしかり。めいっぱい感情表現して、こぶしをきかせたりするシンガーは暑苦しくて苦手なのである。草野マサムネもそういう意味でまさに私好みのシンガーだが、その淡々とした端正な歌唱にもかかわらず、その表現力は実に幅広い。「夜を駆ける」の幻想性、「みなと」の鎮魂の響き、「幻のドラゴン」のロック、「エンドロールには早すぎる」のダンスチューン、どれをとってもぴったり決まる。

 もちろん、彼のヴォーカリストとしての魅力の多くがあの独特の声質に負っていることは言うまでもない。そしてあの驚くべき音域の広さ。おそらく草野マサムネは小田和正と並んで、現在もっとも幅広い音域で歌える男性ヴォーカリストだろう。ミスチルやレミオロメンとは比べ物にならないほど高い。しかも高い声を絞り出すようにではなく、ごく自然に、きれいに発声できる。かつ、高い声が細くならない。低い音から高い音に一瞬にして移行できる。

 私はスピッツのライヴDVDを二つほど持っているが、驚くべきことに草野マサムネのヴォーカルはライヴでもまったく変わらない。普通、高い声が苦しくなったり伸びなくなったりするものだが、全然そんなことがなく、平然と歌っている。おまけにこれはスピッツのファンの間では有名らしいが、草野マサムネはレコードでもライブでも、ブレスの音がまったく聞こえない。とにかく発声が美しいのである。これはどういうことかというと、おそらく力みというものがほとんどないのだと思う。自然に自然に声を出しているのだ。だからニュアンスのコントロールが完璧にできる。高い声を出する時に苦しそうになったり、大げさにビブラートをかけるのが「感情表現」だと思っているリスナーには分からないかも知れないが。

 それから、スピッツは演奏力もレベルが高い。特に後期、多彩なアレンジはギターの表現力が支えているし、またリズムセクションの躍動感も素晴らしい。私は自分がベーシストなのでどうしてもベースを聴いてしまうが、スピッツのベースはうまいし、センスがいい。「渚」のベースなんて、なかなかああは弾けない。

 まあそんなわけで、私は「ロビンソン」の頃より今のスピッツの方が好きである。スピッツはもう盛りを過ぎたと思っている人は、ぜひ最近のスピッツを聴いてみていただきたい。できればライヴの映像を観ていただきたい。曲とヴォーカルと演奏がここまで高いレベルで融合したライヴは、なかなか見せられるもんじゃないですよ。いやホント。



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2 コメント

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Unknown (青達)
2018-03-17 13:38:54
もう何年も前に『三日月ロック』を買って、ええなあと思っていたのだけど、何故かスピッツの他のアルバムに食指が動くことはついぞなく。でもこの記事を読んでから「それじゃ買わなきゃダメじゃん」と思って『とげまる』『さざなみCD』『醒めない』『色々衣』と続々購入。そうか、知らない間にこんなに名曲作ってたんだ!

「未来からの 無邪気なメッセージ 少なくなったなあ」でもう鼻の奥がツンとしてしまうのは年を取ったせいですか?

ホントに歌詞が良いな、スピッツ=草野マサムネは。メロディーもいいけど僕にとってはこの優しく尖った(まさしく「とげまる」な)言葉のセンスこそ他のミュージシャンとは一線を画したスピッツの生命線。
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Unknown (ego_dance)
2018-03-21 12:59:23
この記事がきっかけでスピッツのアルバムを聴いていただけたのなら、こんな光栄なことはありません。確かにスピッツは詞もいいです。私は「みなと」「若葉」あたり好きですね。
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