アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集

2011-09-17 11:13:29 | 
『旅の冒険―マルセル・ブリヨン短篇集』 マルセル・プリヨン   ☆☆☆☆

 これも8月に日本に帰った時に買ってきた本。幻想作家マルセル・ブリヨンの短編集である。この作家はすでに故人だけれどもこの20世紀において古典的で格調高い幻想小説を書いた奇特な作家で、私みたいな幻想文学好きにとっては珍重すべき存在だ。収録作品は以下の通り。

「深更の途中下車地」
「恐怖の元帥」
「火のソナタ」
「旅の冒険」
「なくなった通り」

 私は長編『砂の都』を読んだことがあるだけで、この人の短編を読んだことがなかったが、予想通りというか、「砂の都」のような長編をそのままのスタイルで短く切りとったような作品ばかりだ。しかし、これでいいのである。あれこれ手を広げるばかりが能じゃない。もともと特殊な分野に狭く深く専心しているような作家なので、この徹底ぶりはむしろ好ましいと思う。

 どの短編も、何かしら奇怪な出来事が起きる過程を淡々と追っていくというスタイル。典型的なシュルレアリスムであり、不条理劇だ。叙述方法にさほど実験的なところはなく、時系列に沿って、几帳面に場面描写をしていく。やはり印象的なのはこの緻密な視覚描写だろう。場面ごとに室内のインテリアや風景などをこまごまと、明晰に描写していく。そういうところもキリコやデルヴォー、あるいはマグリッドのようなシュルレアリスム絵画を思わせる。あいまいな雰囲気描写や表現主義に逃げることがなく、すべてがくっきりした輪郭とともに視覚化されている。澁澤龍彦が書いていたように本来シュルレアリスムとはそういうもので、得体の知れない幻のような何かを取り扱うのではなくて、ひとつひとつのオブジェはどれも平凡な手でつかめるような具体的なものであるにもかかわらず、それらのありえない組み合わせによって痙攣的な美を生じせしめる。「解剖台の上のミシンとこうもり傘の出会い」という有名なフレーズの通りだ。

 そういう意味でもやはりこれは古典的なシュルレアリスムで、細密画を思わせる几帳面な描写の中で、ディテールだけが途方もなく謎めいている。不条理である。それから幻想文学の中には哀しみやはかなさなどの情緒を強調したものもあるが、マルセル・ブリヨンの幻想小説は決して情緒に流れない。石のように平静で、どんな奇怪なことが起きても、その語り口は冷静をきわめている。

 奇怪な事件の連鎖とそれを語る端正な口調、そして濃密で、謎めいた雰囲気。どことなくマンディアルグを思わせるが、ブリヨンにはマンディアルグほどのエロティシズムや残酷趣味はない。その分衝撃力は弱いが、そのかわり読みやすく、古典的な品格に溢れている。

 どの短編も夢を具象化したような内容だが、個人的には「旅の冒険」が良かった。旅人が宿に向かう途中である不思議な物語を聞き、その後宿に到着すると、そこは話に出てきた宿とまったく同じで、自分は物語の登場人物になってしまっている。物語と現実の二重構造、そして同じ事件の繰り返しがボルヘスっぽい。しかし、話の筋だけなら他でもありそうだが、それをここまで濃密な物語にしてしまうのはやはり筆力、文体の力だ。マルセル・ブリヨンの細密画のようなスタイルが、いつの間にか読者を絡めとってしまう。

 硬質で手の込んだ工芸品を愛でるように上質の幻想物語を読みたくなった時、お勧めの短編集。ただし、あくまで幻想文学の筋金入りの愛好家に限ります。そうでない人が読んで「わけわからん」となっても責任持てません。


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