アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

エソルド座の怪人

2007-05-29 22:59:34 | 
『エソルド座の怪人』 若島正/編   ☆☆☆★

 早川の「異色作家短篇集」シリーズの一つとして出ているアンソロジー。「世界篇」と銘打ってあって、要は世界中どこからでも面白いものを集めましたということらしい。目次を見ると、ラテンアメリカのキローガ、『はまむぎ』のレイモン・クノー、イタリアの鬼才ランドルフィ、そしてカナダのエリック・マコーマックなどが並んでいる。なかなか壮観だ。このシリーズはダールやスタンリィ・エリンなどミステリ系のいわゆる「奇妙な味」の作家を紹介しているイメージがあるが、このラインナップは幻想文学だな、と思い購入。

 ちなみに、日本に旅行した時に銀座の旭屋書店で買いました。三年ぶりの日本。書店に入ってハードカバーの海外文学コーナーを見ると、面白そうな本がたくさん並んでいて、買いきれなくて困る。困るけれども楽しくて仕方がない。日本に住んでいる人が羨ましい。

 本書の収録短篇は以下の通り。

「容疑者不明」 ナギーブ・マフフーズ
 不可解な連続殺人を捜査する刑事の話、なのだが、ミステリではなく寓話的な展開をする。

「奇妙な考古学」 ヨゼフ・シュクヴォレツキー
 これも、かつてありきたりの失踪で片付けた事件を悔恨とともに再捜査する刑事の話。かなりシリアスで、純文学的な重さがある。ポーの短篇が重要なモチーフとなって引用されている。

「トリニティ・カレッジに逃げた猫」 ロバートソン・デイヴィス
 一番気に入った短篇。飼い猫がいつかないカレッジの優秀な理系の学生とそのガールフレンドが、『フランケンシュタイン』に触発されて高い知能を持った猫を創造しようとする話。非常にユーモラスかつスタイリッシュなファンタジー。学生の名前がフランク・アインシュタインでそのガールフレンドがラヴェンツァ嬢だったり、フランクが研究室に閉じこもっているところでカレッジに霧が立ち込めてゴシック小説風の雰囲気になったり、さらにスーパー・キャットにゴシック小説の語彙を与えるなど、妙にナンセンスで洒落のきいたディテールが良い。文章はすべて一人称の「ですます」調、語り手はゴシック文学好きの教授。荒唐無稽に広がった話につけられた見事なオチには爆笑した。最高。

「オレンジ・ブランデーをつくる男たち」 オラシオ・キローガ
 怪奇譚のイメージが強いキローガだが、これはユーモラスな普通の小説。片腕のない楽天的な男が、飲んだくれて落ちぶれた博士を巻き込んでオレンジ・ブランデーで一山当てようとする話。まあまあだが、話のポイントがしぼりきれていない印象を受けた。

「トロイの馬」 レイモン・クノー
 酒場で男と女と馬が会話する、としかいいようのない、ナンセンスで軽い話。

「死んだバイオリン弾き」 アイザック・バシュヴィス・シンガー
 この作家はポーランド出身でノーベル賞作家らしい。これは堂々たるゴシック物語で、悪霊にとりつかれた女の話。悪霊が一人じゃなく二人というところがミソで、町の人々が悪霊二人の口げんかを見物に来たり、悪霊同士で結婚することになったりユーモラスに展開する。しかも被害者の女の死んだ婚約者のエピソードも絡め、終盤はゴシック・ロマン的な味わいもある。なかなか面白かった。

「ジョバンニとその妻」 トンマーゾ・ランドルフィ
 やっぱりこの作家は只者じゃない。なんとこれは「音痴」がテーマの短篇なのだった。音痴の定義に始まり、オペラ狂の友人が音痴だったという衝撃的に笑える展開になり(「…演奏が始まった。いきなり私は身が凍りつき、耳を疑った…」)、さらにその妻がその音痴にピッタリ合わせてデュエットするにいたり、「私」は「音痴」について哲学的瞑想にふける。そして更なる展開で読者を唸らせる。たった5ページだけどこりゃすごい小説。

「セクシードール」 リー・アン
 人形と乳房に奇妙な執着をもつ女性とその夫の、エロティックで不思議な話。文学的なレトリックを駆使した、結構シリアスな作風である。

「金歯」 ジャン・レイ
 これは堂々のエンターテインメント。墓を掘って死人の金歯を盗むことで生計を立てている男が結婚することになる話だが、皮肉でユーモラスでちょっとコワイ展開がいかにも「異色作家短篇集」シリーズっぽい。

「誕生祝い」 エリック・マコーマック
 編者のコメントによれば「本アンソロジーで最もグロテスクな作品であり、どうしてこんなものを選んだんだ、と編者の趣味を疑われるかもしれない」という作品。確かに異様な作品だ。なんじゃこりゃ、となること必定。女性が読むのと男性が読むのとではかなり印象が違うのではないかと思われる。これ以上は書きません。

「エソルド座の怪人」 G・カブレラ=インファンテ
 本書の表題作、でもって一番面白くなかった作品。『オペラ座の怪人』のオマージュみたいな感じで、しかも作者は映画好きらしく映画『オペラ座の怪人』やデ・パルマの『ファントム・オブ・パラダイス』などを引用しつつ映画館とそこで上映される映画、という二重構造の面倒くさい短篇を書いている。書いてる方は楽しいかも知れないが、こんなゴチャゴチャした小説は読むのがうっとうしい。

 というわけで、『トリニティ・カレッジに逃げた猫』と『ジョバンニとその妻』は機会があったらぜひ読んでいただきたい。どっちもふざけた話です。


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