アブソリュート・エゴ・レビュー

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The Pursuit of Happyness

2007-05-31 00:19:37 | 映画
『The Pursuit of Happyness』 Gabriele Muccino監督   ☆☆☆☆

 この映画は最初日本へ行く時飛行機の中で観た。全然期待していなかったがびっくりするほど面白かったので、今回DVDをレンタルして再度鑑賞。やっぱり面白い。感動する。

 実話がベースになっているが、要は不運続きで困窮のどん底にある男が、なんとか生活を立て直そうと悪戦苦闘する話である。このクリス・ガードナーという人は実際に一時ホームレスにまでなったが、がんばって証券会社の社員になり、やがて自分の会社を興して実業家として成功したらしい。だからこの映画は彼の人生のサクセス・ストーリーをなぞっていくのかと思いきやそうじゃなく、どん底時代だけにフォーカスしている。だから全編不幸なエピソードの連続である。奥さんは去って行く。5歳の息子を抱えてアパートを追い出される。モーテルも追い出される。医療機器のセールスマンをやっているが商品は売れない。と思ったら商品を盗まれる。売れそうになったら商品が壊れる。税務署に銀行預金を取られる。駐車違反で捕まる。最後は証券会社のインターンシップを終え、20分の1の難関を突破して採用されるところで終わる。

 別に突拍子もない夢をかなえるような話じゃない。売れない医療機器を抱えて困っているセールスマンが証券会社に採用されるだけの話である。はっきり言って地味だ。しかしこの地味な物語のスリリングなことといったらない。たとえばインターンシップに応募しようとする。申し込みをするがなしのつぶてなので、採用担当者を待ち伏せし、ルービック・キューブのおかげで自分を印象づけることに成功し、面接にこぎつける。ところが前日に駐車違反でつかまり、金が払えないので逮捕されてしまう。釈放されるのは面接の45分前。留置所から全力疾走で面接場へ。ところが格好はペンキで汚れたパンツとランニングシャツ姿のまま。その格好でなんとか面接を切り抜けたと思ったら、インターンシップでは給料が出ないことを知らされる。息子と二人、数ヶ月間どうやって生きていったらいいのか。

 とにかく一難去ってまた一難。観ているだけでも「あーこりゃもう駄目だ」となってしまうが、クリスは諦めない。投げ出さない。失望の連続で挫けそうになりながらも、必死に可能性にすがりついていく。その姿には本当に感心する。

 非常にシンプルな構成の、ある意味ベタな物語だが、過剰にお涙頂戴にならない抑えた演出がいい。ウィル・スミスのナチュラルな演技もいい。例えばランニングシャツ姿で面接に行くシーン。名前を呼ばれる。クリスはすぐに答えず、じっと座っている。この姿で面接に行くべきかどうか、最後の瞬間まで逡巡しているのであるが、このほんのちょっとの間がリアルだ。それからモーテルから締め出されるシーン。帰ってくると廊下に荷物が出されていて、ドアは開かない。「どうしたの? どうして荷物が出されてるの?」と問う息子。クリスは答えない。青くなり、無言でまず鍵をためし、次に窓をガチャガチャやってみるが、その手つきは弱々しい。どうしたらいいのか途方に暮れているのだ。
 最後の、正規採用を通知されるシーンも素晴らしい。表情はあまり変わらない。むしろこわばったような表情で必死に感情を抑えているが、目から涙がこぼれる。感動的な演技だ。いや、ウィル・スミスうまいよ。

 ネットで検索してみると、この映画では幸せ=金みたいで釈然としないという意見があり、またデイケアに預けてばっかりでそれが本当に子供の幸せかという声もあるようだ。首をかしげてしまう。子供と一緒にホームレスになり、駅のトイレで子供を抱いて夜を明かす父親の心中を想像すれば、まずは最低限の生活を確保するために生活費を稼がねばと思うのは当たり前だと思うのだが。子供をデイケアに預けたくはないに決まっている(DVD特典映像でクリス本人が本当に辛かったと語っている)が、あの状況でそれをしないで事態を変えられるだろうか。私だって別に証券会社で働くのが即ち幸福だとは思わないが、彼の場合はそういう方法で幸福に近づこうとしたということだ。

 クリスは完璧な人間じゃないし、聖人君子でもない。映画の中でも、タクシー代を払わないで逃げるシーンもあるし、女性を押しのけてバスに乗り込むなんてシーンもある。去って行った妻にはまた別の言い分があるだろう。しかし彼の努力と、どんな状況になっても諦めないガッツは誰にでも真似できるもんじゃない。とはいえ、彼は現実離れしたタフガイでもない。挫けそうになり、失意に泣き、動揺する。けれども彼は自分にできる範囲内で、常に最善を尽くそうとする。諦めない、ただそれだけのことの大切さと難しさを彼は教えてくれる。そしてこの映画は、そういう彼の肖像を充分に感動的に描き出していると思う。
 


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