アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

三つの棺

2014-05-20 08:11:15 | 
『三つの棺』 ジョン・ディクスン・カー   ☆☆☆

 名作と言われるカーの『三つの棺』を再読。私は昔からカーはどうも苦手で、あまり面白いと思ったことがない。カーといえば不可能犯罪、特に密室だけれども、個人的にはトリックのためのトリックのような、無理やり感のある謎解きが多い気がする。私はトリックよりロジック派、つまり派手なトリックはなくてもいいから美しいロジックで謎を解いて欲しい、という派なので、これがどうも合わない。それからおどろおどろしい怪奇趣味もカーの特徴だけれども、これもこけおどしじみて感じられる。

 この『三つの棺』も例外ではなく、墓場から出てくる男、監獄、吸血鬼、みたいなオカルティスムで味付けがしてあり、二つ起きる殺人はいずれもきわめつけの不可能犯罪である。特に不可能犯罪についてはウルトラC級の難度で、ちょっとこれ以上は考えられないくらいの不可能っぷりである。第一の殺人は密室で、入り口は複数の人間の監視下にあり、仮面の男=犯人と被害者が部屋の中に入ったことを目撃され、その後部屋の中から銃声が聞こえ、扉を破って中に入ると銃で撃たれた被害者が倒れていて他には誰もいない。かつ外には雪がつもっていて、雪の上には足跡一つない。建物をよじ上ったかと思うと屋根にも足跡はない。

 二つ目の犯罪はもっとあり得ない。被害者がある袋小路を歩いていて、その前を通りすがりの歩行者が二人歩き、後ろには警官がいる。その両者が被害者がたった一人で歩いているのを目撃し、ちょっと目を離した時、「二発目はお前だ!」という声と銃声を聞く。振り返ってみると被害者が撃たれて倒れている。検死の結果、銃は被害者本人は絶対撃てない角度で、しかもごく近距離から撃たれていることが判明する。つまり、遠くから狙撃されたのでもなく、自殺もあり得ない。誰かがそばに寄ってきて撃ったはずなのに、誰も犯人を見ていない。隠れる場所もない。

 こんなの絶対無理だろう、という殺人が二つだが、もちろん最後にフェル博士はこの謎を解く。どうやってこのあり得ない殺人が実現されたかが説明されるわけだが、かなり複雑精緻なパズルになっており、そういう意味では確かに感心した。傑作と言われるのも分からないではない。が、やはり相当無理があるのである。偶然がいくつも重なる必要があるし、そうはならないよねと言いたい点が色々ある。ネタばれになるので具体的には書かないが、読んだ人には意味は分かってもらえることと思う。これを、現実には無理だろうがとりあえず説明できたと感心するか、こんなこじつけみたいな説明じゃつまらないと白けるか、それが分かれ道だ。私はどっちかというと後者だった。もちろん、なぜその結論が導かれるのかというロジックはほぼゼロ。フェル博士は見てきたようにすべてを推測で説明してしまう。

 カーは多分こういう批判をたびたび受けていたのだろう。本書が名作と言われるもう一つの理由にフェル博士の「密室講義」があり、これはフェル博士というよりカー本人のミステリ論・密室論が詳しく解説されているのだが、ここでカーはこうした「あまりにも不自然」という批判に反論している。ざっくり言うと、驚異的なことが小説の題材になるのは当然のことであり、従って「めったにありそうにないからダメ」という批判は的外れだ、という趣旨だが、私に言わせれば説得力の問題なのである。要するに、謎解きというのはただ説明をこじつけただけでは面白くない。説明されて「なるほどそれは盲点だった、なぜおれは気づかなかったのだろう」という驚きがあってこその面白さ、だと思う。

 たとえばエラリー・クイーンの悲劇シリーズでは、レーンが鮮やかに謎解きをしてみせるとサム警部やブルーノ判事が茫然として「そんな明々白々なことに気づかなかったとは、おれたちはニューヨークきっての大ばか者だ」と呟く場面がよく出てくるが、これである。これが欲しいのだ。

 しかしまあ、これは私の趣味の問題なのだろう。日本の新本格ではそういう「無理がある机上の空論」みたいなトリックも多いが、それはそれで、リアリズムを度外視した奇想天外性を楽しむ、というスタンスで認めるファンも多いようだ。カーは黄金時代の作家だが、クイーンやクリスティに比べるとこういう奇想天外度が強い。私にはそこがB級っぽく感じられるが、カーのファンにとってはそれこそが魅力なのかも知れない。

 あと、この小説を読んでいて気になったのは、会話や描写が妙にガチャガチャしていて読みづらい。特に会話には非常に無駄が多く、登場人物たちはみんな説明下手で、かつ、ほとんど常にセリフを途中で言いやめるという苛立たしい癖がある。思わせぶりがわざとらしく、しかも分かりにくい。カーってみんなこんな感じなのかな、と思ったら、アマゾンのカスタマーレビューには本書の翻訳がひどいという指摘がある。一方、これは翻訳のせいじゃなくカー自身悪文家だという指摘もある。どっちが本当かは原文で読んでみないと分からない。

 そういうわけで、この『三つの棺』、ものすごい不可能犯罪の謎を説明してしまうかなり緻密なパズラーだが、メッチャこじつけやん! と思う読者もいることだろう。これをすごいと思うか思わないかは、あなた次第である。



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