アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ソーラー

2011-11-19 12:07:59 | 
『ソーラー』 イアン・マキューアン   ☆☆☆☆

 マキューアンの新作を読了。面白かったが、おそらく(特に日本では)評判は悪いだろうと予想される。なぜかというと、今までで一番ふざけた小説だからだ。もともとマキューアンにはこういうふざけたところがあって、傑作『アムステルダム』でもその精神は遺憾なく発揮されていたが、真剣な顔をしてブラックジョークを言う英国的態度のせいでなんとなく隠蔽されていた。しかし、本書ではかなりあからさまである。これを読んで作者がふざけていると思わない人はいないだろう。特に『贖罪』こそマキューアンの最高傑作という人にとって、本書は駄作としか思えないのではなかろうか。

 主人公はマイケル・ビアードというかつてノーベル賞を受賞した科学者で、禿でデブで小男、女性にもてる要素は何一つないにもかかわらずなんとなく女性にもてるというあの種族に属している。性格は自己中心的にして臆病。このマイケルが浮気して離婚したり、南極に行ってチ○チ○が凍ってとれそうになったり、事故を殺人に偽装したり、愛人に子供を生むと迫られたり、地球温暖化対策として人工光合成事業を立ち上げたりいろんなことをするのを、2000年から2009年という長いスパンの中で追っていく小説である。

 いってみればマイケルの「身の上話」的な、とりとめのないプロットではあるが、とにかくとんでもないことが次々と起こる。コミカルではあるがアイロニー満点で、マキューアンの描写は例によって解剖メス的精緻さなので引き込む力も十分だ。南極に行って分厚い防寒服を着た後おしっこをしたくなる、なんていかにもありそうな悪夢的シチュエーションを持ってきたりする。そしてマイケルは極寒のさなか、どうしても我慢できなくなって立小便をしてしまい(その間、引率者が背後で何か大声で怒鳴っている)、ほっとしてチ○チ○をしまおうとすると金属にくっついて離れなくなってしまう。たちまち頭の中がパニックになる。男なら誰しも、このパニックをわがことのように感じられるに違いない。ブラック・コメディ職人マキューアンの面目躍如である。こういう面白い場面があちこちにあって、本書の面白さは全体のプロットではなくディテールに宿っていると思う。地球温暖化やソーラー発電に関するくだりも詳細で読み応えがある。

 さて主人公マイケル・ビアードはお世辞にも道徳的な人物とは言えず、これがまた読者の感情移入を妨げ、本書の評価を下げるであろうもう一つの理由である。しかし訳者あとがきにあるように、モラルを欠いているにもかかわらずなぜかマイケルはあまり憎めない。それは多分、マイケルの自分勝手さというのは誰しも心の中に持っているものであり、またマイケルがそれに向き合う時そこに最低限の正直さが認められること(彼は自分の非を認めるにやぶさかでない)、その結果としての苦しみをちゃんと引き受けていること、また仕事上のプライドを持っていることや、なんとなくマヌケであることなどによるものだと思う。

 ふざけた話だなあ、と思いながら読んでいると、だんだんと破滅の予感が高まり(しかも仕事の面、私生活の面などあちこちの局面において同時並行的に)、ついにラストでとんでもないカタストロフが訪れる。読者が唖然となったところで、小説はブツッと終わってしまう。このエンディングのブラックさはすさまじい。とてつもないアイロニー、いってみればアルコール度数80%のリキュールをストレートであおるぐらいのアイロニーである。マキューアンが好きな人なら大笑いしながら(正確にいうとニヤニヤしながら)読了できると思うが、「なんじゃこりゃあ」となる読者も多いことだろう。

 また毀誉褒貶渦巻くことだろうな。私は好きですよ、これ。



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