アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

冷たい熱帯魚

2011-11-21 18:58:28 | 映画
『冷たい熱帯魚』 園子温監督   ☆☆☆★

 最近とみに評価が高まりつつあるらしい園子温監督の『冷たい熱帯魚』をDVDで鑑賞。猛毒エンターテインメントという話なので、どれほどグロいのかと思いつつ観た。

 結果、予想したほどグロくはなかった。死体をバラバラに解体するシーンはあるが、血だまりに肉塊が飛び散っているぐらいで、残酷描写に耽溺するような病的な感じはない。ある意味クローネンバーグの方がグロいと思う。ただ終盤はとにかく血みどろで、かつ手ぶれカメラが多用されているので、ちょっと胸焼け気味だった。とりあえず、こういうのが苦手な人は注意した方がいいだろう。

 映画全体としては、ばりばりアート系かと思ったら結構エンタメだなという印象。普通に面白い。スパイスとして機能している血みどろ・エロを取り除いてしまえば、むしろオーソドックスな事件話といっていいんじゃないか。それと作劇とストーリーテリングについては、意外と荒い印象を受けた。冒頭の社本一家の描写や村田のキャラなど、マンガっぽいというか、やり過ぎ感がある。社本家の家庭崩壊はわかりやす過ぎるし、社本の妻が進んで村田に体を許してしまうあたりも予定調和的だ。ただしこのマンガっぽい極端さが、世間では逆に受けているのかも知れない。また、独特の才気はやはり感じられて、たとえば冒頭、社本の妻がインスタント食品ばかりを買ってきて全部電子レンジでチンして食卓に並べる、このテンポの良さ、ポップさ。始まりからグッと惹きつけられる。

 ストーリーは、小さな熱帯魚店を経営する社本(吹越満)というおとなしい男が、やはり熱帯魚店を経営する村田(でんでん)という男と知り合いになり、面倒見が良くてひょうきんなおじさんだと思っていたら実はすでに何十人も人を殺しているとんでもない奴で、すぐに豹変し、牙をむき出しにしてくる。社本の目の前で人を殺し、後片付けを手伝わせて社本を共犯にする。そして社本を顎で使いながら、次々と人を殺していく。まあ、そういう話だ。実話をベースにしているらしい。

 最初はいい人だと思っていたらだんだん異常な奴だということが分かってくる、という類のサイコ・サスペンスは個人的に大好きで、たとえば『不法侵入』なんかがそうだった。しかし大抵の場合このパターンで一番面白いのはだんだんおかしくなってくるその過程で、すっかり正体をさらけ出してからは意外とつまらなくなる。そういう意味でいうと、本作では村田がだんだんおかしくなる過程はほとんどなく、すぐに豹変する。変貌のスリルが味わえるのは、吉田に一千万出させようと説得する場面ぐらいだ。この場面の村田は非常にスリリングで、見ごたえがある。人懐こい笑顔と、異様な無表情が一瞬で切り替わったりする。しかし吉田が毒を飲んで苦しみ始めてからはもう正体むき出しとなり、単なる恫喝暴力男となる。個人的にはそこがちょっと物足りなかった。

 ただ、その後は面白くないかというとそうでもなく、正体むき出しにした村田が小心で言いなりになる社本を恫喝し、説教する、その迫力が見物となっている。そもそも人間誰しも暴力や恫喝というものには免疫がないので、これを立て続けにやられるとトラウマに近い衝撃を受ける。普通人である映画の観客はほとんどが社本に感情移入するはずで、その社本が村田にいいようにこづき回され、恫喝され、説教されることで、自分もまた激しく動揺することになる。キャッチフレーズの「猛毒エンターテインメント」には単に血みどろというだけでなく、そういう意味もあるのだろう。ただしこれは、映画の芸術性というものとはちょっと違うと思う。

 また村田は悪人ではあるが強烈なバイタリティの持ち主で、自分でもそれを誇っている。彼は社本に言う。「おれは悪いこともするが、解決策も出して、物事をスッキリさせてきた。お前が自分で何かをスッキリさせたことが一度でもあるか」こういうセリフが我慢しながら人生を送っている観客たちの胸に突き刺さり、ショックを与える一方で、村田に一種の魅力、カリスマ性を付与している。

 というわけで、荒いながらも独特の面白みはある映画だが、残念なことに終盤が弱い。じっと服従していた社本が最後にはじけるのだが、ここで暴力がピークに達し、同時に血みどろもピークに達する。ほとんどなんでもありの状態になるが、なんでもありほどつまらないものはないのだ。ショックはそれが常態になるとショックではなくなる。この手の、ショックをエスカレートさせていく映画はそこが難しいのだけれども、本作においては最後に抑制を失い、行き所を見失った感じだ。不自然でわざとらしい終わり方になってしまった。
 
 血みどろ趣味といささか安易なエロの氾濫も、映画に猥雑なパワーは与えているものの、微妙なB級感の原因ともなっている。まあこの監督の場合は、それも個性という受け取り方をされているようだが。というわけで個人的には、ネットで「大傑作」と言われているほどの映画とは思えなかった。ただし、園子温監督が独特のスタイルとアクを持った映像作家であることは分かった。そのうち他の映画も観てみようと思う。



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