アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

告訴せず

2015-03-18 23:07:30 | 
『告訴せず』 松本清張   ☆☆☆★

 久しぶりに松本清張を読みたくなって購入。タイトルがいい。青島幸男主演で映画化もされていて前から観てみたいと思っているのだが、DVDが絶版で入手できない。

 選挙資金の裏金を盗んで逃げる男の話ということだったが、実際読んでみてびっくり。ストーリーの四分の三は、主人公がいかに小豆相場で儲けるかという小説である。小豆相場の買い方やら動き方やらが詳述され、主人公はその動きに一喜一憂する。彼の買い方の大胆さに代理店の担当者が驚いたりする。そういう話が延々と続く。いつになったら本題に入るのかと思って読んでいたら、これが本題だった。四分の三がこれということはそう言わざるを得ない。本書は手に汗握る小豆相場小説である。小豆相場で勝負しようと思っている人は最高に楽しめるに違いない。

 加えて、神社の占いについてもかなりページが割かれている。主人公はとある神社の占いを信じて小豆相場に手を出すのだが、その占いは松本清張が適当にでっち上げたものじゃなく、由緒ある占いを実際に取材し、細かく書いている。なんでここまでと思うほど細かくて、歴史好き、取材好きの清張の趣味がこんなところに出たらしい。

 それともう一つ、モーテル経営についても詳述されている。小豆で儲けた主人公がモーテル経営に乗り出すのである。ここでモーテルというのはラブホテルのことで、ラブホテル事業のうまみや注意点、立ち上げにかかる資金や準備の進め方などが詳しく語られる。これからラブホテル事業に乗り出そうという人は必読である。

 で、小豆相場とも神社の占いともラブホテル経営とも無縁の私は、いまいちテンションが上がりきらないまま四分の三まで読み進めたわけだが、最後の四分の一で畳み掛けるようなスリラーとなる。すべてがうまくいって順風満帆に思えた主人公の世界がガラガラと音を立てて崩れ始めるのだ。実はそれまでも、小豆相場小説でありながらも不吉な予感はどことなく漂っていて、それは田舎からの追っ手の影だったり相場をやってる怪しげな爺さんだったりしたわけだが、なかなか次に展開せず、予感のままに留まっていた。それらがついに牙を剥き出して、主人公に迫ってくる。

 『黒革の手帳』『わるいやつら』と似たパターンだが、不安の予兆が具体的にどういう形をとって現実となるのかがなかなか分からない。主人公のラブホが火事になったり、入院した主人公が部分的な記憶喪失と診断されたりと、かなり突拍子もない展開で読者の鼻面を引きずり回してくれる。このあたりはさすが松本清張だ。

 これから読む人のためにラストには言及しないが、非常に怖い結末である。読者の突き放し方に凄みがある。おまけに妙に現実的なのが怖さに拍車をかける。『ゴーンガール』も怖かったが、あれとはまた違う怖さである。特定の人間が怖いのではなく、この世の中とにかく誰も信用できないのだよと断言している怖さだ。特に女が怖い。あそこまで変わってしまうものか、と思うが、その一方でこんなこと本当にありそう、と思わされる。

 後で考えると、この「誰も信用できない」世界観の伏線は全篇通じて実に細かく張ってある。芸が細かい。小豆相場についてばかり書いてあるので途中で失敗したかなと思ったが、やはり最後には松本清張冴えてるなと思わせる。お見それしました。



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