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『大いなる離婚』 ヴァレリー・マーティン ☆☆☆☆
『燃える天使』収録の短編がわりと好みだったので、数少ない邦訳長編である本書を購入してみた。文庫だし。
なかなか変わった話である。あとがきに幻想的とあったが、実は幻想味はそれほど強くない。一応動物の変身譚のモチーフが織り込まれていて、その部分だけは幻想的といえば幻想的だが、錯覚や精神異常とも解釈できるように書いてある。他は緻密な書き込みと鋭利なリアリズムで、登場人物の内面に読者を引き込むというトラディッショナルなスタイルである。
三人の女性が平行して描かれる。獣医であるエレン、飼育係のカミーユ、そして19世紀に地主の妻となったエリザベート。エレンとカミーユは現代の女性で、実生活も二人の職場である動物園を軸にリンクしているが、エリザベートだけ時代が違い19世紀の物語だ。ただし歴史学者であるエレンの夫が、エリザベートが夫を殺したという殺人事件を学者としての興味から調査し、そこで繋がりが出てくる。
三人とも辛い境遇である。エレンは夫のポールと離婚することになる。ポールが若い女に心を移してしまったせいである。緻密な心理描写によって離婚というものの辛さがひしひしと伝わってくる。エレンはもちろんのこと、離婚を言い出したポールの方もあまりの辛さに身をよじる思いだ。それからカミーユは結婚していないが、男にだまされてひどい目にあう。これも痛ましい話だが、彼女はなぜこうも自暴自棄なのだろうかと苛立つほど投げやりな行動をとる。そして三人目、19世紀のエリザベートの話もひどい。多分、これがもっとも読者の憤怒をかき立てる話である。彼女が夫殺しで死刑になることは最初から分かっているのだが、なぜそうなったのかをストーリーは解き明かしていく。いやまったく、この夫は最悪だ。時代が時代なので、現代では考えられないようなことをこの夫はやるのである。
というわけで、いわばそれぞれの「離婚」を描いているから「大いなる離婚」なのだろうが、もう一つは自然と人間の「大いなる離婚」という意味もかけてある。獣医であるエレンの目から見た自然観、現代における「自然」というものへの誤解や偽善性があちこちで論じられる。たとえば、意外にも自然界において母親が子供を愛するのは限られた条件下であること、野生動物にとって死とはどういうものか、自由とはどういうものか、などなど。こういうところも結構面白い。
知的な作風だけれども、ストーリーも普通に面白い。定石を外れたユニークなプロットが最初はどこに向かっているのか掴めず、また描写が緻密なためスロースタートではあるものの、だんだんページを繰る手が止まらなくなってくる。登場人物(特にエレンとポールの夫妻)がインテリであり、そのプロフェッショナルな世界観が描かれていること、怜悧で緻密な心理描写などは同じ英国作家のイアン・マキューアンを思わせる。マキューアンのファンならいけるんじゃないだろうか。
『燃える天使』収録の短編がわりと好みだったので、数少ない邦訳長編である本書を購入してみた。文庫だし。
なかなか変わった話である。あとがきに幻想的とあったが、実は幻想味はそれほど強くない。一応動物の変身譚のモチーフが織り込まれていて、その部分だけは幻想的といえば幻想的だが、錯覚や精神異常とも解釈できるように書いてある。他は緻密な書き込みと鋭利なリアリズムで、登場人物の内面に読者を引き込むというトラディッショナルなスタイルである。
三人の女性が平行して描かれる。獣医であるエレン、飼育係のカミーユ、そして19世紀に地主の妻となったエリザベート。エレンとカミーユは現代の女性で、実生活も二人の職場である動物園を軸にリンクしているが、エリザベートだけ時代が違い19世紀の物語だ。ただし歴史学者であるエレンの夫が、エリザベートが夫を殺したという殺人事件を学者としての興味から調査し、そこで繋がりが出てくる。
三人とも辛い境遇である。エレンは夫のポールと離婚することになる。ポールが若い女に心を移してしまったせいである。緻密な心理描写によって離婚というものの辛さがひしひしと伝わってくる。エレンはもちろんのこと、離婚を言い出したポールの方もあまりの辛さに身をよじる思いだ。それからカミーユは結婚していないが、男にだまされてひどい目にあう。これも痛ましい話だが、彼女はなぜこうも自暴自棄なのだろうかと苛立つほど投げやりな行動をとる。そして三人目、19世紀のエリザベートの話もひどい。多分、これがもっとも読者の憤怒をかき立てる話である。彼女が夫殺しで死刑になることは最初から分かっているのだが、なぜそうなったのかをストーリーは解き明かしていく。いやまったく、この夫は最悪だ。時代が時代なので、現代では考えられないようなことをこの夫はやるのである。
というわけで、いわばそれぞれの「離婚」を描いているから「大いなる離婚」なのだろうが、もう一つは自然と人間の「大いなる離婚」という意味もかけてある。獣医であるエレンの目から見た自然観、現代における「自然」というものへの誤解や偽善性があちこちで論じられる。たとえば、意外にも自然界において母親が子供を愛するのは限られた条件下であること、野生動物にとって死とはどういうものか、自由とはどういうものか、などなど。こういうところも結構面白い。
知的な作風だけれども、ストーリーも普通に面白い。定石を外れたユニークなプロットが最初はどこに向かっているのか掴めず、また描写が緻密なためスロースタートではあるものの、だんだんページを繰る手が止まらなくなってくる。登場人物(特にエレンとポールの夫妻)がインテリであり、そのプロフェッショナルな世界観が描かれていること、怜悧で緻密な心理描写などは同じ英国作家のイアン・マキューアンを思わせる。マキューアンのファンならいけるんじゃないだろうか。
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