アブソリュート・エゴ・レビュー

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かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日

2018-02-13 21:34:13 | 
『かなわぬ想い―惨劇で祝う五つの記念日』 今邑彩/小池真理子/篠田節子/服部まゆみ/坂東眞砂子   ☆☆☆☆

 この本は自分で買ってきたのではなく、誰かが持ってきたか何かでいつの間にか本棚に紛れ込んでいたのだが、ためしに読んでみたら思いの他良い。要するにホラー・アンソロジーなのだが、現代の女流作家ばかり集めてあるのが特徴。それぞれ個性があって、微妙に異なる味わいを楽しめる一方で、やはり女流作家ならではの共通する雰囲気もあり、適度な統一感もちゃんとある。なんといっても、各篇のレベルが高い。これは拾いものである。以下に、個々の短篇についての感想を書く。

「鳥の巣」 トップバッターのこの作品が、収録作の中で一番、いわゆる「怪談」らしい作品である。都会に住む若い女性が旅行に行って宿に着くと、見知らぬ中年女性が出てきて親切にされ…というストーリーで、最後に恐いオチがついて終わる。オチは予想できるが、まあこれは途中で分かってもいいように書いているのだろう。しかしいかにもフォーマットに沿った怪談で、軽いエンタメ調なので、私はこれを読んで「なるほど、まあこんなものだろうな」と思ってしまった。このアンソロジーが当たりかもと思ったのは二篇目を読んで以降である。ただ、この話を鳥恐怖症とくっつけて料理したのはなかなか面白いと思う。

「命日」 これも怪談の王道的作品だが、いかにもエンタメ・ホラーだった「鳥の巣」と比べると、より文芸の匂いがする。不安を掻き立てる情緒が微妙、繊細で、筆の運び方も抑制的である。姉が鬱病患者になってしまった妹が主人公で、彼女の一家は古い、何かいわくありげな家に引っ越す。すると…という展開だが、一家の生活感が出ていてリアリティがある。そのリアリティとむしろ緩やかな話の流れが、ストレートではなく搦め手で、じわじわと迫りくるものを感じさせる。

「誕生」 これは特に女性ならでは、と感じさせるホラーで、要するに水子にかかわる怪異譚である。収録作の中で、もっとも生理的な恐怖感を伴うものだろう。ただし中盤から結末にかけての流れはひねってある。現代に生きるキャリアウーマンの屈折した母性本能がクローズアップされ、いわゆる怪談のフォーマットからは外れていく。それにまた、仕事に忙殺される孤独な女性の心境、ブラック気味の職場、人の不幸にたかってくる祈祷師など、現代社会の色々な問題や病根もうまくちりばめてある。それにしても、あの祈祷師は本物だったのかインチキだったのか。非常に気持ち悪い。

「雛」 収録作品中もっとも和風のテイスト、かつ耽美的な一篇である。題材は雛人形だが、ガラスケースに入った小さなやつではなく大型サイズである。妙ないきさつでこれを買ってしまった画商と、その友人である表具屋と、雛人形を作った人形職人が主要な登場人物。やはり、すべて和の世界だ。さて、要するにこれは画商が買ったとても美しい人形が変貌するという話だが、これが非常に怖い。とてつもなくハラハラした。文字しかないのに小説ってすごいなと思うのはこういうものを読んだ時である。それから私はもともと人形や絵が変わるという話に弱く、楳図かずおのマンガに「怖い絵」という短篇があるがこれも異常に怖かった記憶がある。あと、この小説では当然人形の変化は超常現象だと思っていると、一旦合理的な説明がつく。意外だったが、更にそこから一ひねりあり、そこが巧妙だ。この服部まゆみという作者はファンタジー作家という印象だったが、こんなものも書くんだなあと軽く驚いた。

「正月女」 これも怖い。これは怪異譚の怖さというよりも人間の怖さである。古い因習がまだ生きている田舎が舞台で、不治の病にかかってもはや死を待つのみ、というかわいそうな境遇の人妻が主人公。彼女は病院から自宅に戻るが、自分の死期を知っているために何を見ても死を思わざるを得ない。そして、夫や家族は自分がこの世からいなくなった後もこうして何事もなかったように生活していくのだ、という思いが彼女を打ちのめす。夫を自分の知り合いの女に取られるという予感や、その女の変に含みのある言動が、彼女に耐えがたい苦しみを与える。それから更に怖いのが、姑の不穏な行動。なんだか気持ち悪いなと思っていると、愕然とするような怖ろしい行動に出る。怖い。そんな状況に更に「正月女」という田舎の因習が絡み、うそ寒い状況がどんどんエスカレートし、幾重にも屈折した結末に向かって落ちていく。まったく先が読めない。「命日」と並んで非常に巧緻な一篇だ。

 さて、収録作品に私なりに順位をつけると「命日」と「正月女」がいずれも隠微な怖さをきわめた逸品で、「雛」は耽美的な怪異譚として秀逸。この三つは甲乙つけがたい。次が「誕生」、最後が「鳥の巣」である。まあ、あくまで私の好みによる順位と思っていただきたい。



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