アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

けものみち

2008-09-24 21:38:56 | 
『けものみち』 松本清張   ☆☆★

 松本清張ピカレスクもの第三弾、『けものみち』を読了。これで『わるいやつら』『黒革の手帖』『けものみち』と来たわけだが、おおまかな話の流れは似ているもののそれぞれ違う雰囲気で読ませるのはさすが巨匠である。焼き直しになっていない。

 さて、『けものみち』だが、ストレートに話が展開した『わるいやつら』『黒革の手帖』と違ってなかなか先が読めない。主人公の民子は確かに寝たきりの夫を殺した悪い女だが、どっちかというとまわりに流されて悪い道に足を踏み入れた感じで、彼女のまわりでうごめく男達の方が能動的に悪いことをしている。民子はその悪い連中の傍観者としての色彩が強い。また彼女の夫殺しに刑事が目をつけるが、この捜査もだんだんホテルの女殺しとか(これは民子は無関係)鬼頭というじいさんのきなくさい身辺の話にすり替わっていく。しかもそれらは傍観者である民子の目を通して描かれるので今ひとつ隔靴掻痒の感があり、何がどうなってるのか良く分からない。個人的には中盤は結構退屈だった。

 こういうもどかしさの一方でエロ描写がいやに充実している。民子は鬼頭じいさんの女中兼愛人となり、夜も日も告げず体を弄ばれる。そういう描写がいやに細かいのである。これはミステリ+エロ小説という試みなのか。民子は民子で、そんな生活をしながら鬼頭じいさんから遺産を分けてもらえることを当てにしている。その一方でホテルの支配人、後に骨董屋となる小滝を好きになりつきまとう。普段はクールな感じがする民子が、小滝に会いに行くと仕事を邪魔したり暴言を吐いたり自己チューな女子中学生みたいになってしまうが、これがまたどうも読んでいて違和感がある。

 女主人公が最後に悲惨な目に会うのは『黒革の手帖』と同じだが、ほとんどスーパーナチュラルな世界に片足を突っ込んだ『黒革の手帖』と異なり、こっちの方がリアリスティックだ。が、悲惨さでは負けていない。おそらく三作中もっとも壮絶な結末だろう。また悪い奴らの虚虚実実の駆け引きが描かれている点では『わるいやつら』と似ているが、『わるいやつら』があくまで個人レベルの悪の闘争だったのに対し、『けものみち』は政治の世界の権勢争いを描いている。より朦朧とした、つかみどころのない世界だ。まあそれだけ不気味ということはいえるかも知れない。

 個人的には主人公の民子の魅力は薄く、鬼頭じいさんの妄執っぷりが印象的だった。ストーリーの吸引力は『わるいやつら』『黒革の手帖』より劣ると思う。


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