アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

楢山節考

2005-06-22 09:50:07 | 
『楢山節考』 深沢七郎   ☆☆☆☆☆

 本日読了。いやあ、すごい小説だった。
 この人は文章はなんというか、ちょっともっさりした、無骨な感じのする文章だ。妙に「…である」が多い。素朴な感じだけれども、底に虚無感が漂っているような凄みのある素朴さだ。

 『月のアペニン山』でまず驚いた。夫婦の話だから、人情ものかなと思って読み進めていると、いきなりホラーになる。夜寝ていて電気をつけると、壁や天井が墨汁をまいたように黒くなっている。なんだと思ってよく見ると無数の蝿なのだ。背筋が凍る。このままホラー路線に突入するのかと思っていると、隣人は笑いながら、いつもこうだから蚊帳をつればいいなどど言う。このあたりからえもいえぬ深沢ワールドに引きずり込まれる。部屋の中でいきなり後ろから頭を叩かれるが、部屋の中には妻しかいない。確かに男の力だった。もうどういう話なのかまったく分からない。そして妻が急病と知らされ、前から精神病だったということが分かる。ここから夫婦愛の話になるかと思いきや、あっさり離婚となる。そして治ったはずの妻は太って性格も変わり、「あれはますますコレですよ」などと言われ、それを私は物陰からこっそり覗いているところでこの話は終わる。この話がなぜ『月のアペニン山』なのかというと、その変わってしまって、もはや憎しみも愛情も感じられない妻が月の光の中のアペニン山脈みたいなのだ。身も蓋もない。センチメンタリズムのかけらもない。

 これは怖い話だが、蝿とか精神病とかが怖いのではなく、人間というものが本来持っている得体の知れなさを描き出しているところが怖い。解説ではそれを人間の「物化」と呼んでいる。

 そして『楢山節考』。姥捨ての話だ。この村では食料の価値が何より優先する。歯の丈夫な年寄りはそれを恥じて石で歯を折る。白米を食べたいなどというと極道者と呼ばれる。曾孫の顔を見るまで長生きしたら恥になる。家族で子供を谷に捨てる話をする。食い物盗人は村人達に一家皆殺しにされる。年寄りを縄で縛り、山に捨てに行く。山奥まで行くのが面倒な場合は途中で谷に落として帰ってくる……そしてこういう唖然とするような行為のすべては恐ろしい悲惨の中でではなく、当たり前の心がけとして、生活の一部として行われる。ものすごい話だ。黒光りする鋼のような残酷さがこの短篇を貫いている。その残酷さは神や自然の残酷さに似ている。

 正宗白鳥は「…この作者は、この一作だけで足れりとしていいとさえ思っている。私はこの小説を面白ずくや娯楽として読んだのじゃない。人生永遠の書の一つとして心読したつもりである」と言ったそうだが、それも納得の恐るべき小説だ。そして解説を読んでぶっ飛んだ。なんとこれが新人賞の当選作だったのだ。そんなことがあり得るのか。

 『東京のプリンスたち』はそれほどでもなかったが、最後の『白鳥の死』がまた不思議な凄みのある短篇だった。解説者はこの作者をカフカと比較していたが、確かにカフカ的なところがある。この人の小説が海外に紹介されているかどうか知らないが、もしされたらかなりの評価を得るのではないだろうか。あるいは、日本人というのは恐ろしい民族だと言って糾弾されるか。


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