アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

事件当夜は雨

2010-07-31 20:00:13 | 
『事件当夜は雨』 ヒラリー・ウォー   ☆☆☆★

 これも日本で買ってきた本。ヒラリー・ウォーは昔『失踪当時の服装は』を読んで、地味なんだけれども妙な面白さがあった記憶があり、他のも読んでみたいと思っていた。ただ当時はAmazonで検索しても『失踪当時の服装は』しか出てこなかったが、今はぞろぞろ出てくる。再評価されているのだろうか。

 この『事件当夜は雨』も『失踪当時の服装は』と同じく警察小説で、警察署長が主人公だ。この署長のキャラクターや部下との会話の調子が『失踪当時の服装は』とまったく同じなので同じ主人公かと思っていたら、別人だった。読み終えてから気づいた。しかしまあ、実質同じキャラクターである。

 ヒラリー・ウォーのミステリは警察の捜査をリアリズムで描いたところに(当時としては)新しさ、良さがある、という風に言われることが多いが、本書あとがきで訳者がウォー本人の言葉を引用して異論を唱えている。いわく、実際の警察の捜査をただリアルに描いても面白いミステリにはならない。これは私もそう思う。『失踪当時の服装は』を読んで私が感じた独特の魅力は、確かに単なる捜査のリアリズムではない。それじゃ何かというと、一つは署長と部下のやりとりであり、また彼らが事件に取り組む態度である。憎まれ口や皮肉を含んだ会話がしゃれているというだけでなく、仕事として捜査をやっている感じがよく出ている。進展しないとうんざりしたかったるいムードになってくるし、無駄骨も多く、また無駄骨が多いことを分かってやっている。署長がいろんな仮説を立てて捜査を行うが、思いつきが結局駄目で前の仮説に戻ったりする。推理が行ったり来たりし、だんだん捜査の枠が狭まっていく感じがない。普通のミステリだと一つひらめいてある謎が解け、二つひらめいてまた別の謎が解ける、という具合にだんだん真相に近づいていくのが常道だが、ウォーの場合はひらめいて喜んだあげく振り出しに戻ってしまう、ということがある。そしてそういうことを「そんなもんだ」と思いつつやっている。この態度が妙にプロっぽくて渋いのである。

 本書でもそうで、署長のフェローズは色々思いついて捜査するが、結局半ば過ぎまで何の進展もない。まったくの五里霧中である。と思っていると、あることをきっかけに突然パタパタと犯人が分かる。非常にあっけない。この展開のあっけなさがある意味リアルを感じさせるが、これは捜査をリアルに描いた、ということとはまた別だ。

 それから本書では、犯人が見つかったあとに最大の趣向が凝らしてある。大きな問題が残ってしまうのだ。ネタバレしないように詳しくは書かないが、この部分であっといわせる仕掛けがある。犯人のトリックというより作者が読者に仕掛ける叙述トリックだが、これが鮮やかで非常に面白い。

 訳者は本書がウォーの最良の作品と書いているが、私は『失踪当時の服装は』の方が面白かったように思う。ただしかなり前のことなのでよく覚えていない。もう一度読み返してみよう。


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