アブソリュート・エゴ・レビュー

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美女と野獣

2014-05-28 21:52:03 | アニメ
『美女と野獣』 ゲイリー・トゥルースデイル/カーク・ワイズ監督   ☆☆☆☆

 ディズニーの『美女と野獣』をDVDで再見。これは日本でもアメリカでもかなりヒットして話題になり、普段はディズニー映画を映画館に観に行ったりしない私も行った記憶がある。そして予想以上に面白かった。私はディズニー映画で一番好きなのは昔も今も『不思議の国のアリス』なのだけれども、それに次いで好きなのは多分この『美女と野獣』である。

 何が良いかというと、まずこの「昔むかし…」という魔法のフレーズで観客を御伽噺の世界に誘い込む導入部、これが良い。王子がいて、魔法使いがいて、呪いや宿命が存在する世界。こういう御伽噺や神話の世界というのは、現代的なフィクションにはない、人間の無意識の中に下りていくようなスリルと陶酔を感じさせるものだ。本作では最初と最後にステンドグラスの絵が登場し、あの渋い男性ナレーターの囁き声とともに観客をたちまち物語の世界に連れ去ってしまうのだが、そこではさっそく傲慢な王子、人の心を試す美しき魔法使い、魔法の薔薇、呪いとそれを解くための条件、といった御伽噺ならではのモチーフが続出する。

 それからこの物語は、若くて正義感に溢れた青年が冒険に乗り出し、ヒロインと出会い、苦難に陥り、最後には克服して愛と栄光の両方を手に入れるというディズニー映画の王道パターンから逸脱している。主人公のビーストは、もともと清く正しい主人公が悪い魔法使いのために野獣に変えられたわけではない。冒頭ナレーターが説明するように、彼は「甘やかされた、傲慢な王子」であり、魔法使いは彼の中に一片の愛すら見出すことができなかった。だから魔法使いは彼を野獣に変えた。この物語はその「愛を知らない、甘やかされた、傲慢な王子」が、人を愛することを学ぶ物語だ。私は、欠点のある人間が変わろうと努力する話に弱い。

 それから、主人公のビーストは罰のために醜い野獣に変えられているが、その状況はまったく絶望的である。彼は人を愛することを学ぶだけでなく、その相手からも愛されなければならない。その相手から、野獣の外見をものともせずに真心で愛を勝ちとらねばならない。ほとんど不可能だ。ビーストは絶望の淵に沈み、自分の人生を呪っている。だから初めてベルに会った時も、彼は彼女の歓心を買おうともせず、冷淡に、残酷に接する。しかしその心の中には癒しがたい苦悩がある。屈託のない能天気な主人公が多いディズニー映画において、ビーストは珍しく苦悩する主人公として登場する。

 それからベルの運命の変転。最初にベルを襲う悲劇は、ビーストによって幽閉されることである。ビーストは彼女の前に不幸として、災難として、彼女を苦しめる魔物として現れる。彼女はそれまで、自分の平凡な生活、日々の決まりきった繰り返しに物足りなさを感じ、自分の人生にはこれ以上の何かがあるはず、何か素晴らしいことが起きるはずと憧れていた。ところが化け物のようなビーストの囚人となってしまった彼女は身も世もなく泣き崩れ、自分の人生はこれで終わったと嘆く。ところが実は、これこそベルの、本当の人生の始まりだったのである。彼女は最初にビーストを見た時悲鳴を上げる。彼女もやはり、美は外見にではなく内面に宿るものという真実を、学習しなければならなかった。

 このように、この映画にはアイロニーが満ちているが、それらはすべて、外見に惑わされてはいけない、美は外見にではなく内面に宿るものだ、というテーマに集約されていく。主人公のビーストが醜い野獣の外見で、悪役のガストンが村の娘たちから憧れられる美丈夫なのもそのせいである。とはいえ、これは子供も楽しめるディズニー映画なので分かりやすくなければならず、ガストンはルックスこそ悪くないもののかなり卑劣漢に描かれていて、ベルも最初から彼を嫌っている。まあこの映画を観て、ガストンの外見に惑わされる観客は皆無だろう。

 最後には城と村人達のバトルが見せ場として準備されているが、話の流れからしてもあれは完全な付け足しで、物語のプロットはほぼビーストとベルの心の変化、そして呪いを解くためのタイムリミットだけで成立している。ビーストとベルは最初の一時期を除いてすぐに惹かれあうので話は簡単そうに思えるが、ビーストは彼女を本当に愛してしまったがゆえに、彼女を解放する道を選ぶ。つまり彼はベルが自分を愛してくれるとはとても信じられないので、自分の人生と引き換えにしても、彼女を幸せにしたいと考えるのである。もちろん、ビーストがベルを本当に愛せば必然的にこうなる。そしてベルは、ビーストのタイムリミットが目前に迫っていることなど露知らず、本当はすでにビーストのことを愛していながら、これを口にすることなく、ビーストの城を後にするのである。この悲劇的な運命のアイロニー。子供向けにデフォルトされてはいるものの、ここにはやはり人の心を打つ気高さがある。

 こうしたテーマ性を別にしても、この映画には城の中の禁断の部屋、壊された鏡、引き裂かれた肖像画、魔法の薔薇、そして男たちの決闘の場に駆けつけるヒロインなど、元型的な、ロマンティックな、あるいは謎めいた意匠に満ち溢れて観るものを魅了するし、ルミエールやコグワースなどのサブキャラもよく活きている。やはりディズニー映画の中では傑出した出来だと思う。

 ところで私が持っているDVDはSpecial Editionと銘打たれていて、映画館で観た時にはなかった場面が追加されている。ビーストとベルの舞踏シーンの前、城の連中が「Human Again」を歌いながら城の大掃除をする場面である。その中には、ベルがビーストに本の読み方を教える短いショットも含まれている。
 
 それともう一つ、私はブロードウェイ・ミュージカルの『美女と野獣』も観たが、なんといってもびっくりしたのはガストンがアニメそのままだったこと。ほんとルックスも声もあのまんまで、ものすごい筋肉バディだった。最初に登場した時には観客にも大ウケ。よくまああんな俳優さんがいたもんだなあ。



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