アブソリュート・エゴ・レビュー

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かぐや姫の物語

2015-05-25 22:23:23 | アニメ
『かぐや姫の物語』 高畑勲   ☆☆☆☆

 日本版ブルーレイで鑑賞。さすがに丁寧に作られた、魂のこもったアニメーションという印象だ。ただし、宮崎駿作品のように尖った感性で突っ走るというより、監督の美意識と、大勢の観客に受けられるための配慮と、文部省推薦的な健全さがバランスよく配置されたウェルメイドな作品だと感じた。別に悪い意味ではなく、万人受けするアニメーションとして制作され、正しく目標が達成されたということだろう。大勢の観客に受け入れられるための配慮とは、たとえばところどころで見られるコミカルな演出や、捨丸とタケノコの現代的なラブストーリー要素などである。

 何はともあれ、全篇を彩る和の幻想美が良い。竹林の描写や、翁がかぐや姫を発見する場面の神秘性にはゾクゾクした。日本最古の物語である「竹取物語」は当然そうでなければならないし、私がこの映画にもっとも期待したのもそれだったが、期待は一応満たされた。村の風景、古代日本のめぐまれた自然、都の町並み、着物、贅を尽くした日本家屋など、美しく描き込まれていて、ちゃんと雅な世界に浸ることができる。しかし欲を言えば、この美しさに更なる深みとコクが欲しかったのも事実。光と闇を呑みこんだような日本的な耽美性、たとえば澁澤龍彦の『眠り姫』や溝口の『雨月物語』のような濃密さを、ひそかに私は期待していたのである。そうした方向性も時折ちらつくのだけれども、やはりコミカルな演出や現代的な口当たりの良さによって、薄められていたように思う。私的には、「竹取物語」にコミカルな軽みはいらなかった。

 万人受けを意識した、ウェルメイド作品としての観客へ配慮というのはまさにそこで、特に原作にない「捨丸兄ちゃん」とのラブストーリーは、現代日本の観客を感情移入させやすくするためのテクニックだろう。それは商業映画を作る姿勢としては間違っていないのだろうが、個人的にはそんな配慮は二の次にして、和の美意識と物語の妖しさを追求したなりふり構わぬアニメーション表現が観たかった。ジブリがそんなもの作れないよ、という人もいるかも知れないが、手塚治虫だって『クレオパトラ』みたいな異形のアニメーションを作ったのだ、決して無茶な注文ではないと思う。

 このラブストーリー要素についてもう一つ言うと、ラスト近くのタケノコと捨丸兄ちゃんの再会シーンは物語の流れからまるで浮き上がっていて感心しなかった。「おれと一緒に逃げよう!」「無理だわ」なんて会話はまったくメロドラマの常套であり、「竹取物語」にはどう考えても不要だ。

 話題になっていたユニークな映像表現についても、そこまでの斬新さは感じなかった。確かに素朴な手書きの絵が動いているような味があり、一つの趣向ではあると思うけれども、従来の表現手法を覆すような何かがあるわけではない。たとえばかぐや姫が酒宴から逃げ出すシーンのように極端なデフォルメもあったが、一部の味付けに留まっている。またまた引き合いに出してしまうが、手塚治虫の『クレオパトラ』の方がよっぽど映像表現上の冒険や実験をしていると思う。

 なんだかんだと辛口に書いてしまったが、最初に書いた通り丁寧に作られた高品質のアニメであることは間違いなく、私もしっかり愉しませてもらった。画面の隅々まで神経が行き届いているし、声優も素晴らしい仕事をしている。音楽は久石譲だが、宮崎駿作品とは明らかにアプローチを変えてある。高畑監督は音楽を付けるにあたり「登場人物の気持ちを表現しない」「状況に付けない」「観客の気持ちを煽らない」の三点を求めたという。そのせいか、音楽があまり耳に残らない。

 ともあれ、このように日本古来の美しさを表現するアニメが登場するのは、喜ばしいことである。




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