アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

小説作法

2008-07-09 21:49:52 | 
『小説作法』 スティーヴン・キング   ☆☆☆★

 マンハッタンの紀伊国屋書店で見かけて購入、約二日で読了。ハードカバーとしては普通の厚さの本で、つまりキング本としてはずいぶん薄いことになる。

 キングは今となっては最高に好きとは言えない作家だが、昔はハマッた。『キャリー』『呪われた町』『シャイニング』『デッドゾーン』『ファイアスターター』『クリスティーン』『ペットセメタリー』『クージョ』あたりは文庫で熱に浮かされたように読みまくったし、『ミザリー』『トミーノッカーズ』『ダークハーフ』『ニードフルシングス』あたりは高い金出してハードカバーを買った。なんといってもリーダビリティがすごいし、あの納豆のように粘りまくるしつこい文章、これでもかと書き込まれるディテール。休日や秋の夜長の友として重宝させてもらった。が、いつごろからかトレードマークのように出てくる「邪悪な存在」に底の浅さを感じ始め、長々と書き込んで迫力を出すという物量作戦にも興味を失った。たまに思い出したように『骨の袋』とか『ドリームキャッチャー』とか読んでみたがもはや面白いとは思えず、最後に買った短編集はつまらなくて途中で放り出した。魔法は解けた。

 というわけですっかり遠ざかっていたキングだが、『キャリー』や『ミザリー』の裏話も書いてあるというのでなんとなく購入したのが本書である。構成としては前半が自伝、後半が小説の書き方のレクチャーになっている。本書執筆中に交通事故に遭って死にそうになり、そのことも最後に書いてある。ついでにいうとアル中とヤク中になって死にかけたことも書いてある。

 自伝部分はあまり期待してなかった。例の調子で長々と親戚の話でもやられたら付き合いきれないと思ったが、これが読んでみると面白い。まず、「どうしたんだよキング」と言いたくなるぐらい簡潔である。テンポがいい。そしてユーモラス。「親愛なる読者諸兄姉よ、私はスティーヴン・キングである」というあの重々しい調子が独特のユーモアを醸し出す。それからやっぱりキングだなと思うのは、痛みや恐怖についてのエピソードが多い。特に耳の病気で鼓膜穿刺をされた話は抱腹絶倒。おまけに読んでて痛い。

 それからキングはかなり貧乏した苦労人のようで、ついに『キャリー』でブレークする話は実に劇的だ。6万ドルぐらいで売れればと夫婦で夢を膨らませていたら、なんと40万ドル。20万ドルが懐に入る。「良かったなあ、スティーヴ」とエージェント。その後アパートを歩き回りながら震えが止まらなかったらしい。奥さんは感極まって泣いたとか。夢がかなう瞬間というのは素晴らしいものだなあ。

 後半の小説作法の部分も結構面白い。なんといっても驚いたのは構想しないという話。大枠は決めておくけれども、基本的に書きながらストーリーを考えるそうだ。まあ作風からそんな気はしていたが、よくそんなんで小説が出来上がるなと感心する。キングが言うには実際の人生にも構想なんてないから小説もなんとかなる、構想し過ぎると物語が不自然になる、そうだ。うーむ、すごいというかいい加減というか。ちなみにミラン・クンデラはエッセーの中で、事前に構想をすればするほど物語は自然になる、とまったく逆のことを書いている。さあスティーヴン・キングとミラン・クンデラ、どっちを信用するか。なんていうのはキングにフェアじゃないから止めておくとして、やはりこれは資質の問題だろう。どちらが正しいということではないのだ。

 他に面白かったのは、第二稿までしばらく寝かしておく(読みたくなっても我慢する)とか、第二稿は文章量を第一稿マイナス10%にするよう心がける、気取らないで最初に思いついた言葉を使う、書くのが辛い時も放り出さない(自分ではそう思わなくても意外といい仕事をしているかも知れない)、など。キングといえばとにかく饒舌、冗長という印象があるが、そんなキングも簡潔さを心がけているのだな、というのが良く分かった。しかしそれだけ心がけてあの長さかよ。
 それからおかしかったのが副詞と受動態への嫌悪。ほとんど感情的になって罵倒しまくっている。副詞はまあ分かるが、受動態をそこまで嫌う理由がどうもよく分からない。他の作家の意見も聞いてみたい。

 本書を読んだからといってキングみたいな小説は絶対書けないと思うが、小説を書きたいならとにかくコツコツ書くしかない、ということがとても良く分かる。


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