アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

殺しの挽歌

2011-07-13 21:59:53 | 
『殺しの挽歌』 ジャン=パトリック・マンシェット   ☆☆☆☆

 再読。クールなノワールである。マンシェットはいつもそうだが。

 今回の主人公は殺し屋ではなく、普通の会社員である。エリート管理職ジョルジュ・ジェルフォーは交通事故らしき状況である男を助け、それによって事情は何も分からないまま二人組の殺し屋から狙われるようになる。ジョルジュは妻と子供のもとを去って放浪し、殺し屋たちと殺し合いを展開する。ってなお話。

 マンシェットのノワールはいつも普通の犯罪小説とは決定的に異質であり、それは今回も同じ。凶暴で、ドライで、挑発的だ。初期のたけし映画に通じる空気を感じる。何がそうまで異質なのか。本作ではまず、素人のジョルジュが怒りにまかせて凶暴な反撃をし、殺し屋たちと互角の戦いをすること(もちろん自分もぼろぼろになるが)。普通の犯罪小説ではまずこういう展開にはならない。リアルではないからだ。が、マンシェットの即物的でスピーディーな文章、不条理な事件の連鎖、マリオネット的な人々の言動の中ではそれが奇妙なリアリティを獲得する。夢魔の論理である。

 それからジェルフォーをはじめとするキャラクター達が、衝動的に不条理な行動をとる。たとえばバカンス先の海岸で最初に襲撃されたあと、ジェルフォーは妻子のもとから本能的に遁走する。自分でもなぜだかよく分からない。そして撃たれ、人を殺し、骨折して山の中をさまよいながらも、どこか暗い開放感に浸っている。こういうところも夢の論理を感じさせ、定型フォーマットをはずれたマンシェットの純文学性を示すものだと思う。

 おまけにジェルフォーは二人の殺し屋を片付けたあと、復讐のために敵側のボスをわざわざ殺しに行く。「巻き込まれ型」の犯罪小説の主人公である平凡な市民が犯罪組織を相手に、普通はこんなことはしないだろう。しかも何の用心もせずに突っ走り、ゲロを吐きながら殺戮するのである。そしてこんな殺戮のあと、また妻子があって会社に勤めるという普通の生活に戻ってしまう。人間の不条理、矛盾、そして暗黒を描くマンシェットの面目躍如である。

 例によって文体はきわめてスタイリッシュだ。映画や小説の具体的なタイトルやジャズが出てくるのはハードボイルドの常道かも知れないが、マンシェットがやると冷たいオブジェのようでひときわかっこいい。このノワールの極北ともいえる美学に溢れたスタイルは、翻訳されている晩年の三作『眠りなき狙撃者』『殺しの挽歌』『殺戮の天使』に共通するものだ。本書『殺しの挽歌』は「巻き込まれ型」ということで他の作品より死ぬ人間の数が少なく、アクション場面は限られているが、突発的に吹き荒れる暴力の切れ味は素晴らしい。初期の『愚者が出てくる、城塞が見える』と比べるとシュールさは薄れているかわりに、より暗く、都会的な詩情が漂っている。



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